マリー先生の授業 実技編
お昼を食べ終え、午後の授業がはじまることとなる。
アイリスたちは今、野外にいる。そこは建物がある場所よりそこそこ離れた場所であった。
地面は砂と小石が散らばり草木は一切生えておらず、目の前には壁のように切り立った崖があった。
魔術を練習をするならば、最適の場所と言えるだろう。
「よし、それじゃ午後からは実技だ。オレが直々にお前らを見る。どこが良くて、どこが悪いかしっかり見るからな」
マリーは身長と同じ長さの杖を持ち、アイリスと弟子たちに言った。
これは別に杖が長い訳ではない。ただたんに、マリーの背が小さいだけなのだ。そして、それを彼女に決して言ってはいけない。
マリーの話が終ると弟子たちは準備をしはじめた。あるものは杖を持ち、またあるものは手を前にかざした。
一番弟子であるソーラも、また魔術を発動させる準備をしていた。
「右手に火を……左手に風を」
彼女は両手を下に伸ばし、ぼそりとそう呟いた。
すると右手が赤く、左手が緑に光輝く。そして彼女は両手を前にかざし魔術を発動させる。
「……はっ!」
その声と共に、ソーラの手から炎が大きく渦を巻くように放たれた。
それはただの炎の魔術ではない。その放たれた炎の渦は、地面を削りながら崖の方へ向かっていった。
炎と風を合わせた、上級魔術でも高度な魔術。複合魔術であった。
その渦は壁にぶつかると、爆風が巻き起こった。すると壁は、ソーラが放った渦の大きさ分削られていた。
「……す、すごい。上級魔術を軽々と……」
その凄さにアイリスは唖然とした。
ちなみに魔術を使うのにソーラみたく、詠唱が必要ということはない。詠唱はあくまで、その魔女が精神を集中させる補助的なものや大規模な魔術を使う場合のみだ。
いちいち魔術の名前を言ったり、詠唱を行うのは相手に放つ魔術を教えるようなもののため好ましくない。
「さてアイリス」
「は、はいっ!?」
ソーラの方を見ていたアイリスは、突然マリーに話しかけられ背筋がゾッとする。サボってると思われ、怒られるのだろうかと震える。
「……肩の力を抜け。別にとって食おうってわけじゃねぇ」
なぜアイリスが怯えているのか分からないマリーは、少し首を傾げ安心させるように言った。
別に怒ってるわけではないらしい。それがわかりアイリスはホッとする。
「おまえ、初級魔術しか扱えないみたいだな」
「はい……」
ライアに聞いたんだろう、マリーはアイリスが初級魔術しか使えないのを知っているようだった。
「とりあえず見せてみろ。話はそれからだ」
それだけを言いアイリスはマリーの指示に従った。
アイリスは杖を構え、初級魔術の基本とも言える放出型の火の玉を放った。
それはやや不安定ながらも真っ直ぐに壁の方へとぶつかった。
マリーはその光景をただずっと見守っていた。
「ふむ……」
「ど、どうでしたか……」
「ま、悪くはねえが……おまえ、撃ってる最中も上級魔術が使えるようにって事ばかり考えてるだろ」
「えっ……どうしてそれを」
図星であった。言われた通り初級魔術を放ちはしたが、出来れば早く上級魔術の事についていろいろ教えてもらいたい。そればかり考えてた。
「魔術ってのは精神的なものが影響してくるからな。勢い、威力、精密さで何となくわかる。一応正確に放ってはいるが余計な事を考えてんのか、ぶれが見えるぞ」
普通、ほんの一瞬でそこまでの事が分かるのだろうか。アイリスから見ればなにも変わらない。普段通りにしか見えなかった。
その洞察力は、たくさんの弟子を持つ大魔女だからと言うべきか。
「あとこの際言っておく。おまえに上級魔術が使える可能性はほぼない」
「そんなっ……!」
マリーからの予想外の発言にアイリスは目を見開いた。
自分に上級魔術は扱えないと言うことは、昔から諦めがついてた事ではある。
それでも大魔女であるマリーなら……もしかしたらと思った。
もし駄目だとしても、まさか初級魔術を一回見せただけでそこまで言われるとは思いもしなかった。
「そう落ち込むんじゃねぇ……別にこれ以上強くなれないって言ってるんじゃねーんだ」
「上級魔術が使えないって、つまりそう言うことじゃないんですかっ」
落ち込んでるアイリスに対して、マリーはフォローをかけるように言うが聞く耳を持てなかった。
「まぁ落ち着け。そうだな……たとえばの話だが、大剣を持ってるやつと短剣を持ってるやつがいたとする。攻撃した場合、どっちが強いと思う?」
「それは……やっぱり、大剣を持ってる方じゃないんですか」
なぜそんな事をいま聞くのだろうか。アイリスは不思議に思った。
「そうだな。だが、それはあくまで攻撃が当たった場合の話だ。大剣は威力は強いが攻撃するのが遅い。逆に短剣は威力は弱いが、素早く攻撃することが出来る。
戦いにおいて攻撃の強さよりも、相手よりいかに速く、攻撃出来るかってえのが大事だ。強い力を持ってても、それが相手に当たらなきゃ意味がねぇ。……魔術においてもそれは同じだ」
その言葉でアイリスは、マリーの言いたい事がなんとなく分かってきた。
大剣は上級魔術で短剣は初級魔術と言うことだろう。上級魔術も初級魔術と比べると発動に時間が掛かるものだ。
その理論で言えば確かにそうではある。
だが……
「それは一理ありますけど……。でもそれは武器の場合はじゃないでしょうか?武器なら威力が弱くても、急所に当てれば相手に致命傷を与えられます。ですが初級魔術じゃ相手によっては致命傷にならず、上級魔術を発動されますよ」
そう、初級魔術というのはあまりにも威力が低い。火の魔術ならせいぜい火傷を負わせるくらいだろう。
「ああ、だからおまえには初級魔術でも、相手に致命傷を与えられる技術を教える」
「そんなものが、あるのですか?」
「ま、見てろ」
そう言ってマリーはアイリスの前へと出た。そして杖を崖の方へ向けてちょこんと振る。
「これはっ!?」
その後の光景にアイリスは驚愕する。
なんとマリーの杖からは火の玉が立て続けに素早く放たれたのだ。
その早さ、その数は直視することが出来なかった。
「これは杖を小刻みに振動させ、放出型の初級魔術を連続して発動させる技だ。使い方次第では上級魔術を使うよりも強い。おまえは初級魔術の扱いは悪くないから使えるはずだ」
その威力は確かに凄かった。連続して放たれたそれは、壁を黒く焦がしていた。
この隙のない攻撃ならば上級魔術に通用するかもしれない。
だが果たしてこんな技をアイリスは使いこなせるのだろうか。
「私、初級魔術一つ撃つのでも時間が掛かりますよ。それを連続なんて……」
「それはおまえが丁寧に、魔術を撃とうとするから遅くなってるだけだ。この技は素早く、魔術を放つ事からはじめるんだ」
素早く撃つだけなら出来ないわけではない。だがそんな魔術は適当で、使いものにならないはずだ。
「威力とか精密さは二の次、後からついてくる。試しにやってみろ」
「……分かりました」
そんなアイリスの考えを知ってか知らずか、マリーはそう言っては実際にやるのを急がせる。
渋々、アイリスは杖を構えて言われたようにやってみることにする。
まず普通に、杖の先に魔力を溜める。
そして小刻みに杖を振動させ、魔術を放つ。
威力は弱くていい。
方向も適当になってもいい。
とにかく素早く魔術を発動させ続けるのだ。
「あっ……」
コロンと、アイリスの杖が地面に転がった。
素早く三発目を発動することが出来たが、振る振動、魔術を発動させる反動で手から杖が落ちてしまった。
発動させた火の玉は、いつもの半分くらいで、壁に当たることもなく消えていった。
予想はしていたがやはり難しい。
「ま、はじめはそんなところだ。三発素早く撃てただけ素質はある」
「私に素質が……」
自分に素質がある。
その言葉を聞いたのはいつぶりだろうか。
はじめて初級魔術を使いこなせるようになった日以来だ。
そして今日また、初級魔術によって自分に素質があると言われた。
思ってもいない言葉にアイリスは内心喜びを隠せなかった。
「そうだ。おまえはこれから上級魔術じゃなく、初級魔術の技術を上げることを意識してみろ。そっちの方が手っ取り早いはずだ」
厳しい目付きをしていたマリーだったが、アイリスには少し口元が緩んでるように思えた。次第にマリーにたいする恐怖心も無くなっていった。
その想いを、感謝をアイリスは伝えることにする。
「分かりました。ありがとうございます」
「あぁ、オレは他のやつのところを見てッ……!?」
マリーが話してるとき、その声が遮られるほどの轟音がした。
巨大な爆発がする音だった。
いったい何事か。見てみると崖の一部が完全に崩壊し、崩れていた。
その威力はマリーの弟子たちが使う上級魔術よりも遥かに越えていて、桁違いの破壊力を持っていた。
その近くにはライアがいた。
「おい、てめぇなにやってんだッ!」
マリーはすぐさまライアのところへ怒鳴り声を上げて近づく。
マリーはアイリスと話してたため、こんな事をする余裕はない。だから犯人は分かりきっているのだ。
「あははは……みんなが魔術バンバン撃ってるの見てたら、わたしも撃つ気分味わいたくって。大丈夫、実際には何も壊してないから」
ライアは苦笑いをしながらパチンと指を鳴らしす。すると崩れていた崖は元に戻り、何も起こらなかった状態になっていた。
分かってはいたが幻だ。だが、逆に言えば本来のライアならば、これくらい簡単にやれてしまうのだ。
そんなライアを見てマリーは深くため息をつきひとこと言った。
「おまえがいるとろくなことがねぇ……」




