包帯ぐるぐる! おおいそがし!
翌朝の午前九時。目を覚ますと、私は白い部屋のベッドで横になっていた。
……ここって、もしかして病室?
「あっ、なぎこちゃん。気がついた?」
香子が心配そうな顔で私をのぞきこむ。
あれ? 私、なんでこんなところにいるの?
私が事態をのみこめず、ボーっとしていると、香子が説明してくれた。
「昨日の夜、なぎこちゃんは倒れたんだよ。サムライ学部から文学部の校舎へと歩いて帰る途中で、『私、もうダメ。疲れた』と言ったかと思ったら、バッターンって。私、おどろいちゃったよ……。それで、医学部まで私がなぎこちゃんをおんぶして運んだの」
「そっか。ありがとう、香子。おかげで助かったわ」
「おや? もうお目覚めですか? 思ったよりも元気でよかった」
病室のドアがガチャリと開き、頭をまるめた少年が入ってきた。
「僕は医学部五年生の杉田玄白です。気分はどうですか、清少納言先輩。先輩はサムライ学部で大変な目にあって、疲労で倒れたんですよ。二十キロ近い十二単で暴れまわっていたのが原因だと思います。でも、運動をしてもうちょっと体力をつけたほうがいいですね」
杉田玄白といえば、江戸時代のお医者さんだ。オランダ語で書かれた医学書『ターヘル・アナトミア』を前野良沢たちと協力して日本語訳し、『解体新書』を書いた人として知られている。彼は初代・杉田玄白のDNAを持つ偉人のたまごなのだ。
「玄白くんはお医者さんなのに白衣じゃないの? 頭を坊主にして茶道の先生みたいな羽織を着ているけれど……」
「ああ。これは江戸時代の医者のかっこうなんですよ。僕が羽織っているこの上着は十徳といいます。……どれどれ、脈も正常みたいですね。もう大丈夫です」
「ありがとう。医学部の子たちは偉人活動大変だろうね。こうやって病人の診察をしないといけないから」
「……実は、ここに運ばれてくるのは、病人よりもケガ人が圧倒的に多いんです」
さっきまで気さくな笑顔で私を診察してくれていた玄白くんが、少しげんなりした表情になってそう言った。
「うちの学園、そんなにケガする子が多いの? どうして?」
「それが……」
「玄白先輩! 大変です! サムライ学部から大量のケガ人がまた運ばれてきました!」
ドタバタという足音とともに、軍服のうえに白衣を着た男の子が病室にかけこんできた。
「あっ。昨日、漱石くんと一緒にいた森鴎外くんだ」
香子がそう言って、私も思い出した。鴎外くんは小説家になりたいのに、医学部に入れられたせいで、国語の勉強ができずに困っていたのである。そこで文学部の漱石くんに漢字を教わっていたのだ。軍服を着ているのは、初代・森鴎外が軍医だったからである。
「またか! 運ばれてきたのは何人だ?」
「今川義元先輩とその子分たち二十一人です。手術室も病室もいっぱいなので、ロビーで手当てを待っています」
「多いな……。他のみんなもサムライ学部の生徒たちの手当でおおいそがしだから応援は頼めないし、困ったぞ」
玄白くんは、坊主頭をボリボリとかきながら、「困った、困った」とうなった。その様子を見ていた香子と私は顔を見合わせる。
「今川義元くんって、信長くんと戦っていた子だよね」
「だれにやられたのか知らないけれど、昨晩、あんなにドンパチやっていたのに、朝っぱらからまた合戦ごっこをしていたなんて、あきれてものも言えないわ。でも、これで医学部にケガ人がたくさん運びこまれる理由が分かったね。サムライ学部と医学部はとなり同士だから、合戦ごっこでケガしたサムライの生徒が治療を求めて次々とやって来るわけよ」
「すっごく迷惑な話だよね。二十四時間、休むひまがないよ……」
香子はとても想像力が豊かな子だ。自分が医学部の生徒になって、ケガ人の治療におわれて寝る時間もない毎日をすごしているのを想像したらしく、盛大なため息をついた。私もつられて想像してしまい、何だか玄白くんたち医学部の生徒たちがかわいそうに思えてきた。
「玄白くん。私、手伝うよ」
「わ、私も……」
「え? でも、清少納言先輩はまだ安静にしていたほうが……」
「大丈夫よ。おかげさまですっかり楽になったし。それに、今は十二単じゃなくて身軽な学生服だから、倒れたりなんかしないわ」
「そうですか……。だったら、お願いします。患者さんに治療の手伝いをしてもらうなんて、医者のたまごとして恥ずかしいかぎりですが……」
「そーんなこと、気にしないの! 困った時は助けあわなくちゃ!」
明日の午後五時までに千八百人の署名を集めないといけない私たちには、本当はこんなことをしている時間はない。でも、困っている人がいるのに見て見ぬふりはできないのよね。
「痛い! 痛いぞ! もっと優しく包帯を巻いてくれ!」
「うるさいわねぇ! 私たちを焼き殺そうとしたくせに。手当てしてもらえるだけでも、ありがたく思いなさい!」
「わざとやったわけではないぞ。清少納言先輩たちが戦場のど真ん中にいたのが悪い……あいたーっ!」
今川義元くんが生意気なことを言うものだから、私は、戦いに負けて逃げる最中に転んで捻挫した義元くんの右足をペシンと軽くたたいてやった。義元くんは信長くんと同じ五年生だそうだ。最近の若い子は年上に対する口のききかたがなっていないんだから!
「あんた、どうして馬に乗らずに、輿に乗っているのかと思ったら、こんなにも短足だったのね。これじゃあ、サムライ学部の子どもたちが乗れるように品種改良された小型の馬にもまたがれないわ。ぷぷーっ」
「ぐ、ぐぬぬ~」
「清少納言ちゃん。ケガをしているのに、イジメたりしたらかわいそうだよ」
義元くんの子分の一人を手当てしていた香子が眉をひそめて私を叱った。
男子というのは本当に現金なもので、乱暴に手当てをする私を嫌がり、親切丁寧に手当てをしてくれる香子にサムライ学部の生徒たちの人気は集中して、
「紫式部先輩。オレ、火傷しちゃったんです」
「こいつのは軽傷です。それよりも、オイラの腕を見てください。骨折しているかも」
「あいたた! あいた~! 紫式部先輩! 早く、早くこっちに来てください! 先輩が手当てしてくれなかったら死んじゃう~!」
たいした重傷でもないのにおおげさなことを言って香子に優しくしてもらおうと見え見えの芝居をしている連中がいた。
「……あいつら、なんであんなに香子にアピールしているのよ」
なんだか、ちょっと面白くない。私が、義元くんの左腕にきつーく包帯を巻きながら(何か悲鳴が聞こえたけれど、無視、無視)、そうぶつぶつ言うと、そばで別の生徒の治療をしていた玄白くんがクスクス笑いながら教えてくれた。
「サムライ学部は、武士のDNAを受けついだ男子ばかりの学部です。男子校みたいなものですから、たまに女の子と会うと、舞い上がってしまうんですよ」
「私も女なんですけれど?」
「それは清少納言先輩の性格が男みたい……げほ、げほ……。いえ、なんでもありません。先輩みたいな頼もしい人がタイプだという男子もきっといますよ」
そう言われて、信長くんの顔が私の頭をよぎった。
――なぎこはオレの彼女になる。これでどうだ?
い、いやいや。あいつのことなんか、何とも思っていないし。玄白くんが変なことを言うから、思い出したくもないことを思い出しちゃったじゃない。
「そ、そういう玄白くんは好きな女の子とか医学部にいないの?」
自分の動揺している気持ちをまぎらわすため、私は話題の中心を自分から玄白くんに移した。玄白くんは「いいえ」と真面目な顔をして頭を左右にふり、こう言った。
「僕には、心に決めた相手がいますので」
「え! だれ、だれ?」
玄白くんって、けっこう純情なタイプなのね。私はドキドキして聞いた。
「ガイコツです」
「…………はい?」
うっとりとした表情をしている玄白くんの顔を私はまじまじと見た。
「僕は、ガイコツの模型が大好きなんです。あの白く、美しい造形……。『解体新書』にのっていたガイコツの絵を見て以来、僕はガイコツの魅力にとりつかれてしまいました。僕にとって、ガイコツこそが永遠の恋人なんです」
「そ……そうなんだ。へ、へえぇ……」
変わり者が多い偉人学園の中では、玄白くんは普通の人だと思っていたのに……。
玄白「次の投稿予定は7時です。もう朝ですね」