第1話 転生した俺とツンデレな妹
本作には、皆さんもよくご存じの漫画やゲームなどの作品が多数登場します。
ただし、主人公が暮らしているのは、私たちの世界とは異なる世界の日本です。
そのため本作では、主人公が前世(元の世界)の記憶にある作品を、この世界で再現していくという設定になっています。
作中の設定上、主人公が他人の作品を盗作しているわけではありません。
この点については、本作独自の設定としてご理解いただければ幸いです。
「月に代わって、あなたを成敗するわよ! キュピーン!」
テレビでは、90年代に放送されていた魔法少女アニメが流れていた。
ちょうど高城家の夕食時だった。
食卓では、一人の金髪の少女がテレビに夢中になっていた。目をキラキラさせて、楽しそうだ。
普段は滅多に見せないその集中ぶりに、高城涼介はつい何度か視線を送った。
「何、その目。気持ち悪いんだけど」
金髪の少女はその視線にすぐ気づいた。
ついさっきまで無邪気に輝いていたその目を、たちまち鋭く細めて涼介を射抜いた。
「ちっ」
涼介は口元をほんの少し引きつらせると、すぐに視線をそらし、黙って食事を再開した。
親同士の再婚で一緒に暮らすようになってから、妹からの嫌悪や警戒にはもうある程度慣れていた。
「凌乃。お兄ちゃんに向かって、なんて口の利き方だ」
高城勇夫の厳しい声が響いた。食卓の空気が、一瞬にして凍りつく。
「何よ、お父さん。私が悪いの?」
高城凌乃は声を荒らげた。「先にじろじろ見てきたのは、そっちじゃない!」
「兄が妹を気にかけて何が悪い。人を大切にしろと、小さい頃から言ってきただろう」
勇夫は厳しい口調で言った。
「だって、こいつは本当の兄じゃないし。ただの他人で……」
凌乃の声が、次第に小さくなっていく。
父親の表情が徐々に険しくなってきたからだ。
「もう、そのくらいにしてあげて、勇夫さん。あまり子供を責めないで。これから少しずつ、仲良くなっていけばいいんだから」
隣に座っていた高城美恵子は、険悪になった空気を察し、慌てて夫のグラスに酒を注いだ。
「一緒に暮らすなら、お互いをわかり合わなきゃダメだ。そうしなきゃ、うまくやっていけないだろう。涼介はいいやつだ。俺は二人に仲良くなってほしい」
勇夫は酒の入ったグラスを置き、真剣な口調で告げた。
その言葉を聞き、涼介は心の中でため息をついた。義父が自分の味方をしてくれていることは、よく分かっている。でも、これからこの家族がうまくやっていくためには、ああいう言い方はよくない。
涼介は空気を和らげようと口を開きかけたが、一歩遅かった。凌乃は不機嫌そうに箸を置いた。
「もうごちそうさま!」
椅子を引くと、少女は小走りで二階へ上がっていく。しばらくして、二階から扉を閉める音が響いた。
「まったく、あの子は……」
勇夫は困った顔をして、義理の息子に目をやった。
「すまないな、涼介。俺が今まで甘やかしすぎたんだ」
「大丈夫ですよ、父さん。そのうち、きっとうまくやっていけますから」
涼介は笑みを浮かべ、そのまま食事を続けた。
◇
こうして第二回高城家食卓会議は、平行線のまま幕を閉じた。
涼介は自分の部屋へ戻り、机の前に腰を下ろした。
十二歳の誕生日に、前世の記憶が蘇って以来、涼介は大人たちから「手のかからない子」だと思われるようになった。成績も優秀で、素直で、反抗期らしい反抗期もない。体育が苦手なことを除けば、欠点らしい欠点が見当たらないほどだった。
けれど、記憶が蘇ったばかりの頃、涼介はひどく苦しんでいた。
突然頭の中に流れ込んできた他人の記憶によって、自分が二つに引き裂かれるような感覚に襲われた。
今暮らしている世界は、記憶の中にある世界とよく似ている。
その一方で、明らかに異なる部分もあった。混ざり合った記憶は、長いあいだ涼介を苦しめ続けた。
たとえば、妹の高城凌乃が夢中になっている魔法少女アニメ。その映像表現や物語の展開は、前世の日本で見た『美少女戦士セーラームーン』と驚くほど似ていた。しかし、キャラクターデザインをはじめ、細部には無視できない違いがあった。
歴史も似通っていた。
この日本でもバブル経済は起きているが、その時期は涼介の記憶にある時期より二年遅い。
当時、アメリカとの交渉を担った首相も、記憶にある人物とは違い、女性だった。
そう。この世界の日本では、すでに90年代に女性首相が誕生している。涼介の記憶にある歴史より、三十年近くも早かった。
高城涼介の身に起きたことをあえて言うなら、彼は並行世界の日本へ転生したことになる。
しかも、そこは2026年の日本ではない。
並行世界の、1996年の日本だった。
大きな歴史の流れは変わっていない。日本は日本だ。
しかし細部では、本来いるはずの人物がおらず、起こるべき出来事が起きていない。
そうした記憶の中の歴史と現実との食い違いは、転生直後の涼介を長いあいだ苦しめた。
高校に入ってから、涼介はこの世界の歴史を学び直し、自分が生きている現実を一から理解しようと努めた。
その積み重ねで、ようやく混乱は少しずつ和らいでいった。
もちろん、涼介はこの転生を嫌っているわけではない。
前世の彼は孤児だった。
今の人生では、十四歳のときに両親が離婚してしまったものの、母親にかつてないほどの愛情を注がれた。
二年前、母親が高城勇夫と再婚してからは、勇夫も涼介を大切にしてくれている。
その再婚によって、涼介には妹までできた。
それが高城凌乃だ。
今の境遇には、十分満足している。
衣食住に困ることもなく、母親も人生を共にする相手を見つけられた。
涼介自身も理想の家族を得て、記憶の混乱に苦しめられることもなくなった。
すべてが、少しずつよい方向へ進んでいる。
新しくできた妹から歓迎されていないことなど、それに比べれば些細な問題だった。
夕食を終え、自室へ戻った涼介は、小さく息を吐くと机の引き出しから一束の原稿用紙を取り出した。
びっしりと文字で埋め尽くされたその束の表紙には、こう記されている。
『キノの旅Ⅲ』
涼介の記憶にあるライトノベルだった。
2000年に日本で時雨沢恵一によって発表された作品。
一話完結形式で綴られる、寓話的な味わいを持つライトノベルだ。
主人公のキノは、自国を離れ、師匠のもとで旅に必要な技術を身につける。その後、言葉を話すモトラド・エルメスと共に、様々な国を巡っていく。
涼介の記憶では、シリーズ累計800万部を超える、長く愛された名作だ。
この『キノの旅』を書き始めてから、もう半年になる。
あらかじめ国語や文学を中心に勉強してきたとはいえ、記憶だけを頼りに完璧な形で再現するのは、やはり簡単ではなかった。
この作品を選んだのは、一種の挑戦だった。
今の時代は、だいたい記憶にある日本の90年代と重なっている。ちょうどアニメやゲームの文化が本格的に広がり始めた頃だ。
しかし、涼介が持つ知識は約30年後のもの。
約30年後には受け入れられていた価値観や作風が、この時代の読者にも通用するとは限らない。
その点、『キノの旅』は文章の雰囲気も題材も比較的受け入れられやすい。
本当なら『スレイヤーズ』や『ロードス島戦記』あたりのほうが、この時代にはさらに合っていたかもしれない。
だが、そのあたりは記憶が曖昧で、完全に再現するのは難しかった。
そんな中、数日前に一通の返事が届いていた。
『キノの旅』第一巻と第二巻が新人賞の選考を勝ち抜き、書籍化が決定したという知らせだった。
最初は「AII Media Wrk」という出版社名に聞き覚えがなかった。だが調べてみると、それは間違いだった。
AII Media Wrk――電撃文庫を擁する出版社だった。
今では東京の出版業界でも有数の大手出版社だ。
手紙には、出版に関する打ち合わせのため東京へ来てほしいと記されていた。
涼介は原稿を封筒に丁寧にしまい込む。
「ちょうど冬休みだし、出版の話もまとめて、そのついでにネットの知り合いにも会ってこようかな」
そんなことを考えながら、今日は早めに休もうとした、その時――。
コンコンコン。
ドアをノックする音が響く。
「涼介、まだ起きてる? 入ってもいい?」
部屋の外から、美恵子の声が聞こえた。
「うん、大丈夫」
返事をすると、美恵子はドアを開け、静かに部屋へ入ってくる。そのまま後ろ手でドアを閉めた。
「夕飯のことだけど……あまり気にしないでね。
凌乃はまだ子供なんだから。あなたのほうがお兄ちゃんなんだし、少し大目に見てあげて」
美恵子は涼介の隣に腰を下ろし、優しく手を取る。その目には、母親らしい温かさと、わずかな申し訳なさが滲んでいた。
「分かってるよ、母さん」
涼介は肩をすくめる。
母さんの性格はよく知っている。こんな時間にわざわざ部屋に来たのは、慰めるためだけじゃないはずだ。
「何かお願いがあるなら、遠慮しないで言ってよ」
「ほんと、この子は……さすが私の息子ね」
一瞬きょとんとした後、美恵子はふっと笑った。
「実は、一つお願いしたいことがあるの」
「勇夫さんが警察で働いてるのは知ってるでしょ? 最近、凌乃の様子がちょっと気になってて、あの人もずっと気にしてたんだけど……」
そこで美恵子はいったん言葉を切る。
「さっき凌乃がお父さんに、明日友達と東京へ遊びに行くって話したの」
涼介は首をかしげた。
「心配なの? でも、東京へ行くのなんて初めてじゃないよね」
高城家は千葉県にあり、渋谷までは30キロ余りだ。
まだ開通していない路線もあり、交通の便は前世の記憶にあるほど良くないが、それでも電車なら片道2時間ほどで着く。
しかも、涼介の知る限り、おしゃれ好きの凌乃は休日になるたび東京へ遊びに行っている。むしろ、自分よりずっと詳しいはずだった。
「それに、僕が一緒に行ったところで、凌乃は嫌がるんじゃない?」
そこが一番の問題だった。もともと関係は最悪だ。
両親の監視役みたいについて行けば、ただでさえ悪い凌乃との関係が、もっと悪化するだろう。
「勇夫さんもそれは分かってるの。でも、最近の凌乃はちょっと様子がおかしくて……」
言い淀む美恵子を見て、涼介は眉をひそめた。
「まさか、ヤクザ絡みとか……闇金から借りたとか?」
思わず最悪の可能性が頭をよぎる。
「ち、違うわよ。変なこと言わないで」
美恵子は慌てて首を振った。
「凌乃はそんな子じゃないもの」
「じゃあ、何?」
美恵子は少しだけためらってから、小さな声で答えた。
「部屋を掃除していたとき、ベッドの下で大きな箱を見つけたの」
「その中に、現金がぎっしり入っていたのよ」
「ちゃんと数えたわけじゃないけれど……」
「少なく見積もっても、百万円以上はあったと思うの」




