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フィーア様の誕生日パーティーにそなえて準備をしていると、伝書鳩がパタパタと飛んできた。家の紋章が足の筒に付いてるから、父さんからだ。
「ありがとう」
「クルルッ」
手紙を開くと、簡潔に書かれていた。
『私が使っている関所が、安全対策とやらで移動制限されている。少し時間を置いてから帰る。契約書3枚は書いてもらえた。後日、また手紙を送る』
契約書3枚にサインしてもらえただけでも、十分な成果だ。これで、後日交渉する余地ができた。王家に提出できれば、踏み倒されることはない。
ただ、関所が封鎖されているのは、気がかりだ。
「母さん、父さんから手紙が来ました。関所が封鎖されてるみたいです」
「そう……心配ね。でも、あの人に仕事をかかえさせるくらいなら、暫く関所で休んでもらった方が良いわ」
この数日で、母さんは父さんの仕事に対して、強い不信感を抱いている。夫としては頼りになるけど、仕事面においては、この雑すぎる帳簿を見てガッカリしたようだ。気持ちは分かる……。10万以下を端数として切り捨てるのは、流石に酷い。
「父さんに伝えたい事ってありますか?」
「これから雇用をつくるから、その8000万は意地でも回収しなさいって書いといて」
「分かりました」
母さんの目が、事務員の目になってる。……前世の頃によく見てきた目だ。
社畜の目ともいう。
「はぁー、全然仕事が終わらない! 人を雇いたいのに、あの人が全部貸しちゃったから雇えない! 借金をしたら、この家なんて足を掬われるに決まってるし、どうすればいいの!?」
そして嘆きがもう完全に事務の人だ。今の俺なら分かる、事務作業って辛いね……。公務員がいつもイライラしていたわけだ。終わりが見えないし、書類1つ整理するごとに、別の問題が出てくるし……。
「資金調達の件なんですけど、1つ提案があります。8000万には満たないですけど、多分上手く行けば、数百万くらいなら稼げるかもしれません」
その秘策を、俺は母さんに耳打ちした。あまり大きな声で言える作戦ではないので……。
「もう私の頼りはエルクだけよ! ああんっ、ホント生まれてきてくれてありがとう!」
……そこまで感謝されるとは、想定外でした。
そして書類整理、剣の鍛錬、書類整理、魔法の授業、書類整理という毎日を繰り返し、ようやく帳簿が見やすくなってきた頃に、誕生日パーティーに参加する日が来た。
「……今日は今日で、大変そうね」
「母さん、当主代理として頑張ってくださいね」
「やめて! ……本当にこういうの苦手なのよ……」
簿記は得意だが、対人が苦手のようだ。簿記は何度もチェックして書き直すことができるけど、対話や交渉は、喋りが大事だからなぁ。
でもこういうのにはコツがある。基本的な事だけどね。
「俺はフィーア様と話すことになると思いますが、なるべくフォローに回れるようにします。多分子供がいれば、ルマーレ辺境伯の態度が柔らかくなると思うので」
「お母さん気絶しちゃうかもしれないから、その時はよろしくね」
「気絶しないでください……」
一応気付け薬を持っていくことにした。
我がラウルス家には、致命的な欠陥がある。
それは、メイドが一人しかいないことだ。見た目は小さい子供に見えるが、既に年齢は50歳を超えているらしい。本人は何も言ってないけど、多分人間じゃないんだと思う。まあ、この世界なら珍しい話じゃない。魔族や妖精なんて、どこにでもいる。書類を見て分かった。
それと、とても優秀な人なんだけど、
「じゃあイザベラ、家の事はお願いね」
「ルーミア様も気を付けるのですよ? ちゃんと襟元を正して……ああほら、ブローチが曲がってます。肩に糸くずまで……。はぁー、こういうところまでしっかり気を配らないと、後でどんな噂を流されるか……。大体ルーミア様は──」
チクチクと小言を言ってくるのが、玉に瑕だ。
「子供の前でやめてよ!」
「私は心配しているのです。ほんの10年前まで、走り回ってドレスを泥まみれにしていた訳ですから」
「その話はやめて! もうそんな事しないわ!」
母さんが幼い頃から、世話係をしているそうだ。
「……相手方に失礼のないようにしてくださいね、エルク様もですよ?」
「くれぐれも、気を付けるよ。ただ今回はフォーマルな場じゃない。礼節は弁えるとしても、固すぎると向こうに気を遣わせてしまう。多少リラックスして参加するつもりだよ」
「……さすが、エルク様は心得ておられますね」
これでも一応、おじさんなんでね。
馬車に揺られていると、辺境伯の城に辿り着いた。
「……本当に城なんですね」
「侯爵や辺境伯以上の貴族は、国防のために城を持つことを許されているのよ」
城といえば王様のイメージだけど、必ずしもそうとは限らないようだ。言われてみれば、日本でも大名達が、各地に城を構えてたな……。
「母さん、落ち着いてくださいね」
俺の手を握る母さんの手が、小さく震えていた。
「……絶対フォローして」
「任せてください」
8000万の回収困難な債権。
これがどうなるか、それはこのパーティーの結果によって左右される。




