商談不成立からの転生
思いつくまま書いていこうと思います。気軽に楽しんでいただけたら幸いです。
「では、今回の取引の件ですが、一旦持ち帰らせていただきます」
「はい、是非ご検討のほど、よろしくお願いします」
笑顔を作りながら、会社を出て……ため息を吐いた。……契約できないかもなぁ。流石に8年もやってると、感覚で分かってくる。
「今月は3件か……。ちょっと良くないな」
また上司にどやされる……。無理だって、売れないときは売れないよ、コピー機なんて。
そろそろ昼だ。ちょっとうどんでも食べに行くか。
「いらっしゃいませー」
カウンター席に座ると、適当に食券を買い、釜玉うどんを頼んだ。
時間があったので、次の商談の資料を見直す。ここは、以前購入してもらった会社なので、今回は使用感と問題点の確認だ。解決方法を提示できそうなら、こっちで示すつもりだ。
「お待たせ致しました、釜玉うどんです」
「ああ、ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
うどんを啜りながら、今度はメールのチェックをする。はぁー、メールの処理をしてくれる人がほしい。
「メモリ機能の不具合か。型番は……あ、これ10年前のやつじゃん。じゃあ経年劣化だよ、その不具合は……」
新しいコピー機の資料をまとめとくか。でも下手に勧めると、御社のコピー機は壊れやすくてかなわん! とか言われそうだなぁ。
えっと、どこの会社だ?
「うわ、国松田建設だ……」
この間行ったとき、メッチャクチャ古い電話とか、明らかに昭和製の電卓とか使ってたんだよなぁ。あんまり新品には食い付いてこなさそうだなぁ。修理系の資料をまとめたいけど……10年前のコピー機だから、パーツを手に入れるのは絶望的だ。それと保証期間もとっくに切れてる。
うぅーん……ダメ元で新品の、比較的コストが掛からないやつを案内してみるか。
それか、新古品で倉庫に眠ってるのがないかなぁ。
「ふぅー、食べ終わった」
考え事をしていたら、食べ終わってしまった。あっという間だったな。
「行きますか」
さーて、午後の戦いだ。
「ありがとうございましたー、お仕事頑張ってくださいね」
「あ、はい。がんばります」
大学生くらいの女性店員に言われて、少しだけ元気が出た。ホントやーね、おじさんって生き物は単純なんだから。
しかし、俺が次の取引先に辿り着くことはなかった。
「きゃあああーっ!」
女性の悲鳴が聞こえた。
正面で、横断歩道を渡ろうとして転んだ女性に、トラックが迫っていた。あのトラックドライバー、寝てやがる!
「危ない!!」
俺は思いがけず道路へと走り、ヒールが折れて立てない女性を、突き飛ばした。
「きゃっ──」
よかった、
──ドムッ!!
犠牲になったのが、俺だけで。
薄れゆく意識の中、俺はなんとなく、取引先に行けなくなったことを、申し訳なく思っていた。
◆
「困るなぁ、沢田君。引き継ぎは済ませたのかい?」
「先輩、そこの会社、俺が先に契約を取り付けました。いや〜、すみませんねぇ〜」
「難しい顔してますね、沢田さん。契約取れなかったんですか?」
「また課長から怒られたの?」
「書類ですか? もう少し待ってください。今、手元がパンクしてて……あの、少し手伝ってもらえませんか?」
「契約先に迫られたからって、変な契約結ばないでください! こんなの無理ですよ」
「君ねぇ……取引先を1つ潰したって簡単に言ってるけどさぁ、どれだけの損失が出るか分かってんの?」
「また残業っすか、俺も付き合います」
「沢田さんって、真面目な方ですよね。……過労死しないでくださいよ?」
「お仕事、頑張ってくださいね」
──。
「はっ!!」
目が覚めると、さっきまで流れていた走馬灯が、消え失せていた。……仕事しかないのか、俺の前世は。
「エルク!?」
「ぅえ?」
随分と美人なお姉さんがいた。安心したように涙が落ちると、ガバッと抱きついてきた。ちょ、な、何!?
「よかった……目を覚まして、本当に良かった……!」
あれぇ……? こんな美人さんと出会った記憶は……うっすらあるな。
その記憶によると、この人は……
「かあ、さん?」
「そうよ、エルク! 意識を取り戻したのね!」
自分で言いつつも、疑問が残る。俺の母親は米農家の娘だ。よく米をお裾分けしてもらっていた。それにこんな美人さんではなかった。天パで髪がもじゃもじゃとしていて、遠目からはアフロに見える人だった。ご近所さんからは、その髪型からモジャ美さんと呼ばれていた。
「ごめんね……エルクから目を離しちゃって……私がそばにいれば、階段から落ちずに済んだのに」
それに、俺の名前も……沢田勤だった筈だ。
でもエルク・ラウルスという名前も記憶にある。
おかしいな……30歳の営業マンとしての記憶と、男爵家に生まれた5歳児としての記憶が、それぞれ混在している。
確かあの時、交通事故に遭って……
「転生、したのか……」
「てんせい?」
仕事の引き継ぎ、してない。
まあ無理だったとはいえ、小松課長、絶対ブチギレてる。ごめん、課長。そして、今までありがとうございました。説教がねちっこいので、貴方のことはとても苦手でした。
「いえ……なんでもないです」
もうここに職場はない。今はただの5歳児として、この自由を謳歌しよう。
と、意気込んだものの……
「落ち着かない……」
仕事をしていない日常に、違和感がある。
やることといえば、まずは勉強、次に剣の稽古、そして、最後に魔法の練習。
それぞれ頑張っているが、脳みそがおじさん仕様なので、「よくできましたねー」とか「えらいえらい」と言われると、恥ずかしくなってくる。
あと母さんが俺の前世の年齢より若い。まだ21歳。16歳で俺を産んだようだ。……嘘だろ? 俺なんて、30歳過ぎても童貞だったのに。
自分よりも若い子の腹から産まれてくるって、なんだろう、この背徳感……。ごめんなさい、貴方の息子さん、前世では童貞営業マンでした。
なんて言える訳がない。この事実は墓場まで持っていこう。
うーん……。
一向に魔法が使えるようにならない。そもそも、どうやって魔法を使うのか、皆目見当がつかない。これはもしや……無能というやつなのでは?
この世界で働けるのかな……。
いやいや! のんびりしようよ、俺! 何でまた働こうとしてんの?
「火、水、土、風……そのどれにも、才能がないようね」
田舎暮らしの変わり者の魔女、べスティア先生がため息をついた。
「もしかしたら、四元素以外の力を持ってるのかもね。魔力はあるみたいだから、魔法なしってことはないでしょうね」
「そうですか。……魔法ってそんなに便利なんですか?」
そう聞くと、先生は呆れた顔をした。
「便利どころか、生活の殆どを魔法に頼ってるのよ、私達は」
先生は、指先に炎を灯した。
「この炎で、お風呂のお湯を沸かして、料理を作ってるのよ。水も、井戸水だけじゃなくて、水の魔法石から湧き出した水を使うこともあるの」
炎を魔法でつけることが出来るなら、エネルギー問題はほぼ解決できるな。ボイラーと車輪の開発をすれば、汽車を走らせる事ができるだろう。
物流が安定すれば、飢饉や移動で苦労することはなくなる。
汽車のおかげで移動が自由になると……将来、俺の仕事が増えそうだ。じゃあ馬車のままでいいね、うん……。
「そうだ、錬金術でもやってみる?」
「錬金術、ですか?」
実はよく分かっていない。
「簡単に言うと、魔力を使った金属加工技術ね。鍛造してないから、品質の高いものを作れる訳じゃないけど、覚えておけば、食いっぱぐれないわ」
手に職をつけるようなものか。確かにそういうのがあると、将来の不安が減る。職人は安泰かもな。
職人さんかぁ。気難しいイメージがあるけど、実際にはそこまで面倒な人は多くない。お役人さんの方がよっぽど気難しくて、面倒くさかったなぁ……。
いやそんな事はどうでもいいんだよ。
錬金術か。覚えておいた方が良さそうだ。
「あと、魔法薬の作り方も教えてあげる。怪我や病気、呪いは魔法薬で治すの」
薬ってことは、内科か。外科って概念はないのかな。まあ、衛生管理や精密な道具、麻酔技術がないと、外科は無理だよな。
「さあ、勉強することが増えたわね。頑張りましょ」
「は、はい」
異世界といえど、勉強の日々だ。
果たして俺は、前世の反省を踏まえて、緩く楽に生きることができるのだろうか……。
い、いや、大丈夫だ! 日本より厳しい労働環境なんてない筈!
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