49・薄闇の家
魔術省を出ると、ひやりとした風が頬を撫でた。
街は茜色に染まっていて、城下町の方へ続く石畳には長い影が伸びている。
私は黙ったまま、アルフレッドの後ろをついて歩く。
人が行き交う通りを歩きながら、アルフレッドがぽつりと口を開いた。
「お前がいなくなってから、本当にうちは大変だったんだよ」
「……手紙にも、書いてありましたね」
少し前に、アルフレッドから送られてきた手紙の内容を思い返す。
たしか、領民が減ったことや義両親の機嫌が悪いこと、家の中が荒れていることが書いてあったはずだ。
「ああ。お前は返信をくれなかったけどね。家はぐちゃぐちゃで回らなくなって、父さんも母さんも荒れていった」
アルフレッドは道の先へ視線を向けたまま、淡々と語る。
その声には、誰に向けたものかは分からないが恨みのようなものが混じっているように感じられた。
「父さんたちは役にた……いや、やつれてしまってたから、家のことも金のことも全部俺が背負うことになった」
アルフレッドの言葉に、胸の奥がちくりと痛む。
まるで、私が結婚しようとしていることが悪いと言われているような気分だ。
あの手紙を読んだときに抱いた、嫌な焦燥感がよみがえる。
「お前がいたら、違ったんだろうな。きっと以前のように支え合ってさ」
付け足されたその言葉に、反射的に私は顔をしかめてしまった。
(私の給料を全部家計の当てにするのが、支え合い?)
お金も自由もすべて管理され、厄介者扱いされた日々を思い出す。
あの、真綿で首を絞められ続けているような息苦しい日々が、支え合いなのだろうか。
(そんなわけない)
アルフレッドは歩く速度を緩めて私の方へ視線を向けた。
「お前は、ずいぶん綺麗になったな。服も、顔色も……。あの男の元で、いい暮らしをしているんだろう? 俺の手の届かないところで」
(……何が言いたいの?)
アルフレッドの口調は、私を責める響きを宿していた。
確かにアルフレッドの言う通り、私は恵まれた暮らしをさせてもらっている。
シリウス様はもちろん、マーサもオリバーも優しくしてくれる。
毎日の食事だって、栄養が整った美味しいものを出してもらえる。
貧しいバクスター家にいた頃よりも血色がいいのは当然だ。
シリウス様には感謝しかない。
だけれど、綺麗になったことや顔色が良くなったこと、いい暮らしをさせてもらっていること……。それらは、私がアルフレッドから責められるようなことだろうか。
まるで、私が幸せに過ごしていること自体が罪だと言われているようで、胸がざわつく。
もやもやとした気持ちを抱えたまま、私は一言も発さずに黙っていた。
義両親の体調が気がかりな今、下手にアルフレッドと揉めることは避けたい。
歩くほどに人影はまばらになり、街のざわめきが遠ざかっていく。
気づけば、いつの間にやら城下の外れにまで来ていたらしい。
夕日は沈みこみ、周囲は薄闇に包まれ始めている。
「ここは……?」
アルフレッドが立ち止まったのは、小さな一軒家の前だった。
ずいぶんと年季が入った家だ。壁はひび割れ今にも崩れそうで、古びた木の扉には隙間が見える。
「俺は今、ここで暮らしているんだ」
「え……」
「お前がいなくなったあと、バクスターの家は領地を返上することになった。もう、あの屋敷も土地もない」
「そんな……」
言葉が出なかった。
まさか、ここまで状況が悪くなっているとは思わなかったのだ。
「お前が出ていってから、すべてが崩れたんだよ」
アルフレッドは鼻で笑いながら言うと、上着のポケットから鍵を取り出して扉を開けた。
ぎいいと軋みながら開いた扉の先は、薄暗くてよく見えなかった。
ぼんやりと家具の輪郭が浮かぶだけで、妙な静けさがただよっている。
「ほら、父さんと母さんの様子を見にいってやれよ」
扉の横に立ったままのアルフレッドに促される。
明かりもついていない家の中へ、私は恐る恐る足を踏み入れた。
「お義父様、お義母様? セレフィアです。体調はいかがですか……?」
薄暗がりへ向けて、そっと声をかけた瞬間だった。
バタン、と背後で扉が閉まり、鍵をかけられる音が響いた。
「……え?」
「ふ……っはははは」
振り返れば、薄暗い室内でアルフレッドが身体を折るようにして笑っていた。
背筋が凍るような冷たい笑い声が、薄闇の中へじわりと広がっていく。
「まさかこんな簡単に上手くいくなんてな」
鍵をくるりと指先でもてあそびながら言うアルフレッドの声は、私が知る彼のものではなかった。




