32・恋愛相談
シリウス様に抱きしめられた日から、数日が経った。
あの日からずっと、私の胸の奥は落ち着かないままだ。
急ぎの仕事を片付けたあと、私は自分の席で休憩を取りながらも頭を悩ませていた。
事務室は珍しくも人が出払っており私しかいない。
……思う存分考え事ができるというものだ。
(……「好き」って伝えればいいだけなのに、どうしてこんなに緊張するんだろう)
結局私は、数日経った今もシリウス様に自分の気持ちを伝えられていないままだ。
シリウス様は、私の気持ちを聞いてこようとはしない。
だが、私もシリウス様のことが好きなのだから早めに伝えるべきだろう。
けれど、いざシリウス様の顔を見ると喉がきゅっと締まってしまい言葉が出てこなくなるのだ。
そのうえ、完全に言うタイミングを逃してしまった。
(やっぱり抱きしめられたあの時に、勇気を出せばよかった……!)
仕事をしていても、自室で休んでいても、ふと思い出しては後悔にさいなまれている。
なんであの時、私は勇気を出して伝えなかったのだろう。
後悔先に立たず、というやつだ。
私がため息をついていると、突然肩をぽんと叩かれた。
「セレフィア〜、お疲れ様〜! どうしたの? 百面相なんかして」
アリスはいつものように私の隣へ腰を下ろしながら、明るい声で尋ねてくる。
その明るさに、胸の中で渦巻いていた不安が少しだけ和らいだように思えた。
「お疲れ様。……私、そんな変な顔をしてた?」
「うん! 赤くなったり、青くなったり! さてはシリウス様となんかあったな〜?」
アリスに言い当てられて、ギクリとしてしまった。
さすが、この手の恋愛ごとに慣れているだけはある。
(……でも、アリスならどうしたらいいか相談に乗ってくれるかも)
「……アリス。よかったら、相談に乗ってくれないかしら」
私がそっと尋ねるとアリスは瞳を瞬かせ、ぱああと花が咲くように笑みを浮かべて大きく頷いた。
「う、うん! もちろん!」
任せて、と胸を張る姿がとても頼もしい。
私は恥ずかしさを押し殺しながら、意を決して口を開いた。
「実は――」
私から簡単な説明を聞くと、アリスは途端に瞳を驚きの色に染めた。
「えええええ!? シリウス様から告白された上に抱きしめられたぁ!?」
「ちょ、声が大きい……!」
いくら事務室に私たち以外いないと言っても、アリスの声はよく通る。
アリスの声が廊下にまで突き抜けていそうで、慌てて彼女の口を手で塞いだ。
けれどもアリスは興奮冷めやらぬ様子で、私の両手を掴むとぶんぶん揺らしてくる。
「ほらやっぱり、アリスが言った通り! シリウス様ってば、セレフィアのこと好きだったんじゃん!」
(そういえばアリスは、前から言っていたわね……)
当事者であるはずの私は察してすらいなかったのに、アリスはよく感じ取っていたものだ。
さすが、アリスは人をよく見ている子だ。
「それで? セレフィアはなんで答えたの?」
「……まだ答えられてなくて」
「どうして? だって、セレフィアも多分シリウス様のこと好きなんでしょ?」
「っ! え、ええ」
アリスに対して、私がシリウス様のことを好きになってしまったと名言した覚えはないのに、彼女は迷いもなく言い切られて戸惑った。
私はそんなにわかりやすいのだろうか……。
「でも、好きって言葉にするのが、恥ずかしくて上手くできなくて……」
「うーん、好きって伝えるのって簡単そうに見えて難しいもんね」
私の返答を聞いて、アリスは腕を組んで考え込む仕草を見せた。
その表情は真剣そのものだ。まるで自分のことのように考えてくれていることに、こちらの心が温かくなる。
「あ!」
しばし考えたあと、アリスが手をぽんと叩きながら声を上げた。
「じゃあさ、プレゼントとかしてみたらどう? すぐに気持ちを伝えるのが無理でも、プレゼントなら渡しやすくない?」
「プレゼント……」
アリスの言葉を反芻しながら私は考える。
確かにシリウス様にはいつももらってばかりだ。
バクスター家での居場所も、大量のドレスも、指輪も。それに、私へ向けられた真っ直ぐな気持ちも。
それなのに私は、自分が納得できるほどのお返しができていない。
「そうね、プレゼントは……したいわ」
「うんうん! その意気だよ、セレフィア! じゃあなにをあげよっか。シリウス様って何が好きなの?」
「……ええと」
アリスに問われて私は考える。
シリウス様の好きなもの……。
(……あれ? 私、シリウス様のことほとんど知らないのでは?)
考えては見たものの、シリウス様の好きなものも、嫌いなものも、具体的なものが思い浮かばなかった。
シリウス様の部屋に入ったことはあるが部屋にあったのは魔術書ばかりだったし、買い物に行った時は私のものしか買わなかった。
(魔術書……を贈るのは違う気がする)
あれはおそらく、仕事柄読んでいるものだろう。
必要なものではあるだろうが、私からシリウス様へ想いを伝えるために贈るものとしてふさわしいとは思えなかった。
「……分からないかも」
考えた末に目線を下げながら答えると、すぐに明るい声が振ってきた。
「じゃあまずはそこから調査だね! 贈り物って、相手のことを知るきっかけにもなるし、ちょうどいいじゃん!」
「そうね。ありがとうアリス」
前向きなアリスの言葉につられるように顔をあげる。
なんだか、心が軽くなった気分だ。
自分がするべきことが見つかったからだろうか。
まずは、シリウス様のことをもっと知るところから始めよう。
私は決意を固めるように、アリスに微笑み返した。




