31・幕間2(sideアルフレッド)
アルフレッドは薄暗い自室の机の前で、爪が食い込むほど拳を握りしめていた。
というのも、セレフィアに手紙を送ったにも関わらず、返信がないまますでに一週間以上が経過しているからである。
(どうしてだ。どうしてセレフィアは返信をくれない)
アルフレッドの知るセレフィアは、誰かに頼られればすぐに応えようとする優しい子だった。
家のためだと言えば家事をこなし、給料だってすべて差し出した。
(お前は、家のためなら自分の犠牲にできる人間のはずだろ?)
手紙を出せば、セレフィアは何かしらの反応をくれるだろうと思っていた。
だが実際はどうだ。
セレフィアから一週間以上音沙汰がなく、バクスター家は崩壊していくばかり。
両親は金を使うことにだけは熱心で、管理能力には乏しい。
二人の代わりに長年家計の管理をしていたアルフレッドには、今の状況がどれほど危険なのか痛いほどにわかっていた。
領民は一人残らず出て行った。
残っているのは、管理者のいなくなったわずかな土地だけ。
本も食器も家具も、母のドレスも、父のワイングラスも。売れるものはすべて売り払った。
当面の生活資金をどうにか捻り出したが、もうそれも尽きかけている。
階下のリビングでは、今日も両親の怒鳴り声が響いていた。
「最後の領民が出ていってしまったじゃない! どうするのよ! こんなことが陛下に知られたら終わりよ! どうにかしなさいよ!」
「知らない……! わしは知らない!」
「下級でも貴族だからって、仕方なくあなたと結婚したのに、こんなにダメだとは思わなかったわ!」
「さ、酒をくれ……酒を!」
聞くに絶えない両親の会話に、アルフレッドはため息をついて椅子から立ち上った。
リビングへ向かうと、父は空の酒瓶を抱えたまま床へ座り込み、母は部屋の真ん中でいらいらと髪をかきむしっていた。
(こうなったのも、セレフィアのせいだ)
領民が少しずつよその土地へと引っ越して行っていたのは、ずっと前からわかっていた。
父には領地経営のセンスがない。税を上げ、耐えきれなくなった領民が逃げていった。
その結果バクスター家の生活は苦しくなるばかりで父は酒に逃げ、母は浪費に明け暮れる。
それでもセレフィアがいた時は、まだ『家の中』だけでも回っていたのに――。
(セレフィアがいなくなったから、家の中まで壊れた)
バクスター家を支えていたのは、アルフレッドとセレフィアだけだったのに。
セレフィアはこの家と、そしてアルフレッドを見捨てた裏切り者だ。
そう思うと、胸の奥がひどく熱くなっていった。
怒りなのか、焦りなのか、アルフレッド自身ですら分からない。
「……父さん、酒は控えよう。金もないし体に触る」
アルフレッドは父から酒瓶を取り上げる。
隣でそれを見ていた母が、ふとなにかを思いついたように声を上げた。
「そうだわ、アルフレッド」
「どうしたの、母さん」
「お金が無いなら、あんたが稼いでくればいいのよ! 最悪領地を返上することになっても私たちは生きていかなくちゃならないんだから!」
それは確かに母の言う通りではある。
仮に領地を取り上げられても、爵位がなくなったとしても、生きていかなくてはならない。
そのために金は必要不可欠だ。
「……でも稼ぐって、どこで」
「それくらい自分で考えなさい! あんたは私に似て顔だけはいいんだから仕事なんていくらでも見つかるでしょ!」
「……そうだね。俺が、仕事を探してくるよ」
いつものように笑みを貼り付けながら、アルフレッドは身体のうちが煮えたぎるほど熱くなるのを感じていた。
先ほど以上の熱さだ。
(俺が、働く? 両親は何もしないのに? こうなった元々の原因は、両親が無能だからだろ?)
アルフレッドは生まれてからずっと、バクスター男爵家の跡取りとして生きてきた。
領地経営や家計管理の勉強はしていても、人の下で働いたことなど一度もない。
(セレフィア、お前はあの魔術師長のもとで何を思っているんだ? 幸せなのか? 俺を差し置いて?)
今、アルフレッドは不幸のどん底にいる。
もしもセレフィアだけが幸せだというのなら――。
(――俺はきっと、狂ってしまうな)





