28・魔術師長、バラされる
エリゼ様に手伝ってもらいながら試着していたドレスから着替えたあと。
エリゼ様を見送るため、エントランスに立っていた。
エントランスには夕方の鮮やかな光が差し込み、気落ちしているせいもあってか、余計に物寂しく感じられる。
マーサはシリウス様を追いかけたまま、まだ私の方へは戻ってきていなかった。
「それじゃあ、一旦あたくしは帰らせてもらいますわ。ウェディングドレスは保留ってことにしておきますけど、気持ちが落ち着かれたらいつでも連絡してくださいね」
「はい。……本当に、ごめんなさい」
頭を下げると、エリゼ様は表情を曇らせたまま心配そうに私を見つめた。
「セレフィア様」
「はい?」
「あなたは、シリウス様のことをどのような方だと思われていますか?」
「え? えっと」
突然のエリゼ様からの問いかけに戸惑いながらも、私は頭の中にいつものシリウス様の姿を思い浮かべた。
「シリウス様は……氷狼の魔術師と呼ばれるくらい強くて、自分にも他人にも平等な人です。厳しいのと同じくらい、優しい人です」
私が静かに答えるとエリゼ様は小さく頷き、柔らかい微笑みを浮かべた。
「そうですね。でもあの方はね、あなたが思っているよりも不器用な人ですよ」
そっと労わるように、エリゼ様の手のひらが私の肩に置かれる。
「だから、あなたが不安に思っているようなことはないはずです。セレフィア様はご存知でしょう。いつものあの方を」
「……はい」
(シリウス様は、私を傷つけるようなことはしない)
これまでのシリウス様の態度から、わかっている。
だから、先のシリウス様の発言にはきちんとした理由があるのだろう。
頷いた私に、エリゼ様はそれ以上何も言わなかった。
軽く会釈をして、エリゼ様が屋敷から出ていく。
気持ちを切り替えるように息を深く吐き出して、私は自室へ戻ろうと踵を返した。その時だった。
マーサとオリバーに両脇を固められたシリウス様が、こちらへと向かってきていたのは。
「あっ! 奥様! エリゼ様は!?」
私の姿を見つけたマーサが、真っ直ぐに駆け寄ってくる。
その後ろでは、オリバーがシリウス様の背を押しながらこちらへ近づいてきていた。
「……今帰られたところよ。ドレスについては、また連絡してほしいと……」
「そうでしたか。奥様一人きりでお見送りをさせてしまって申し訳ありません」
私が答えると、オリバーが深く頭を下げた。
マーサも、申し訳なさそうに眉尻を下げている。
「……セレ、フィア」
その横で、シリウス様は視線を泳がせ、気まずそうにしていた。
「シリウス様……?」
私が名前を呼び返すと、シリウス様は視線を逸らし、落ち着かない様子で唾を飲み込んだ。
「……あの……先ほどは、その……失礼しました」
シリウス様の口から発せられる言葉がぎこちない。
いつもは淡々としているのにまるで別人のようだ。
見ている私の方が戸惑ってしまう。
「マーサとオリバーに叱られ、気づきました。私は、あなたを傷つけてしまったかもしれないと」
シリウス様の声音には、後悔がにじんでいた。
「い、いえ、そんな……!」
「あなたを傷つけるような意図はなくてですね……ただ私は、耐えられなかっただけなんです」
(……耐えられないって何?)
シリウス様に悪気がないことは十分にわかったが、「耐えられない」の意味がわからない。
ドレスがあまりにも似合ってなかったことを、マイルドに伝えようとしているのだろうか?
「……ドレス姿が見るに堪えなかった、という意味ですか?」
自分を卑下するつもりではなく、単純に疑問だった。
私がぽつりと尋ねると、シリウス様の肩が跳ね上がった。
「違います! そんなわけがないでしょう!」
強くシリウス様から否定されて、私の方が驚いてしまう。
言葉を探すシリウス様を見かねたのか、マーサが口を開いた。
「そんなわけないですよ! だって旦那様、奥様のことが大好きですもんね! ドレス姿の奥様が可愛すぎて、理性が耐えられなかったんでしょ? はっきり言わなきゃ!」
「え?」
言われた内容が信じられず、ぽかんとしてしまう。
「マーサ!」
シリウス様が裏返った声でマーサをたしなめる。
だがマーサは構わず、得意げに胸を張って続けた。
「わたくし知ってますもん。これでもこの家に仕えて十年以上なんですから! この5、6年の間、旦那様が奥様にさんざん縁談を送りまくってたこと、知ってるんですからね!」
マーサの発言に、シリウス様の顔が一気に真っ赤になっていく。
そんな反応をされると、まるで事実のようではないか。
(え、え、ええ?)
混乱し始めた私へ、今度はオリバーが口を開いた。
「おやおや、では僕からも少しだけ。旦那様は昔から奥様のことになると判断力が落ちるようでしてね」
「オリバーまで! やめなさい!」
シリウス様が珍しく声を張っている。
オリバーは涼しい顔をして続けた。
「普段は氷狼の魔術師長なんて呼ばれて恐れられているそうですが、中身はただの不器用な方なんですよ」
「や、やめなさいと言っているでしょう!」
シリウス様は真っ赤な顔のまま叫ぶように言い放つと、私の方へ向き直った。
「セレフィア」
その瞳には、何かを決意したような色が宿っているような気がした。
「手を失礼」
「え、ちょっ、シリウス様!?」
「ここでは二人の横槍が邪魔であなたと話せません。移動します」
私が返事をする前に、シリウス様は私の手をとった。
強引な言葉の割には、私の手をつかむ力は優しい。
「旦那様ファイトー!」
「僕たちにここまで言わせたんですから、頑張ってくださいね」
見送るマーサとオリバーのそんな声を背中に聞きながら、私はシリウス様に手を引かれていた。




