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氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~  作者: 雨宮羽那
第2章

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18・関係の証拠


「えっ!? ちょ、シリウス様……っ!?」


 視界が一気に高くなり、見あげればすぐそこにシリウス様の顔があった。

 あまりの近さに、呼吸さえためらってしまう。


 (無駄に顔がいい!!)


 こんな近さにいるというのに、毛穴さえ見えないのはどういうことなのか。

 などと妙なことを考えて意識をそらそうとするものの、なかなか顔の熱さがひいてくれない。


「暴れないで。少し我慢してください」


 囁くように言うと、シリウス様の足元がふわりと浮かび上がった。

 空気を蹴るようにして地面からどんどんと離れていく。

 それと同時に、私たちをのせてきた馬車が代わりに大量のドレスやら小物を乗せ、元来た道を帰っていく姿が目に映った。


「わわ……っ」

 

 魔術で浮かび上がった私たちに、大通りを行き交う周囲の人々がざわめき、息を呑む音が聞こえる。

 気が付けば、私たちは屋根の高さを通り越しているようだ。


 (うわああ、飛んでる……!)


 頬を撫でる風と不安定な足元に、私は思わずシリウス様の首へしがみついていた。

 慣れない浮遊感に、胃の奥がきゅっと縮こまる。

 けれど、私の身体に回るシリウス様の腕は、驚くほど安定していた。


 (魔術ってこんな高く飛べるの!?)


 幼い頃、父に抱えられて空を飛んだことはある。けれど、ほんの短い時間だけだ。

 この魔術は持続するための魔力消費が激しいと父は言っていた。

 それがまさか、こんな高さまで来られるとは思ってもみなかった。


 (……空がきれい)


 街並みはあっという間に小さくなり、足元には何もない。

 こんな高さから空を見たのなんて初めてだ。


 (ん? あれ……?)

 

 私たちの向かう先には、街の中央にある時計塔がそびえ立っている。

 その上部のレンガの外壁に、半透明に光る扉のようなものが浮かんでいた。


「シリウス様……! あれはなんですか?」


「……さすが。魔力持ちしかこの足場も扉も見えないはずですが、あなたには見えるようですね」


 言いながら、シリウス様はためらいもなく半透明の扉の方へ近づいていく。

 扉の目の前には、半透明の足場があるようだった。


 シリウス様は足場へ降り立つと、私をそっと下ろした。

 目の前にあるのは、半透明な扉だ。

 近くで見てもうっすら透けていて、レンガの壁が見える。

 

 困惑する私をよそに、シリウス様は扉へ手を伸ばすと軽く押し開けた。


「ここは?」

 

「魔術師専用の宝飾店です。魔力のない人間には見えませんし、ここに来れるだけの魔力がない人間はそもそも立ち入ることができない店です」


 扉の先には、外観からは想像できないほど静かで広い空間が広がっていた。

 窓がなく陽の光の入らないはずなのに、店内は薄暗さを感じさせない。それは、壁に埋め込まれた魔道石(まどうせき)のおかげなのだろう。

 きらきらと淡く光って反射し合い、店内全体を柔らかく照らしている。

 

「あれ、誰もいない……?」


 店内を見回すも、人の気配も人影も感じられなかった。

 けれど空気はどこか整っていて、まるで誰かが見ているような不思議な感覚がある。


「この店は少々特殊でして……すべてが魔術で管理されています」


 シリウス様は淡々とした口調で説明しながら、店の奥へと迷いなく向かっていく。


「こちらへ」


「は、はい」


 案内された先には、金細工でできた美しい台座があった。

 その上には小さな赤いクッションがあり、植物の種のようなものが一粒、宝石のように鎮座(ちんざ)している。

 

 (なんで、種? 宝飾店って言ってなかったっけ?)


 シリウス様は種をつまむと、私の方へ向き直った。


「セレフィア、左手を出してください」


「こうですか?」


 言われるがままに手を差し出す。

 シリウス様は種を持つ手とは反対の手で、私の手をすくい上げるようにとった。


 その仕草があまりにも自然で、一瞬どきりとしてしまう。


「静かにしていてくださいね」

 

 そう言うと、シリウス様はぐっと種を握りこんだ。

 シリウス様の魔力が種に注がれていくのが、空気の流れで私にもわかる。

 やがて手のひらが開かれた瞬間、ぽんと軽い音がして、種の(から)が花が咲くように割れた。


「わ、わわ……!」


 殻の中から細い緑のツタのようなものが伸び出てきて、まるで生き物のように私の指へ絡みついてくる。

 つるりとしたものが肌を滑る感覚がくすぐったくて、つい身動ぎをしてしまう。

 逃げそうになった私の腕を、シリウス様が掴んで止めた。

 

「セレフィア、動いてはいけません」


 シリウス様の声があまりにも落ち着いていて逆らえず、私はぴたりと動きを止めた。

 ツタは私の左手……、薬指の周りをぐるりと一周し、輪を描くように形を整えていく。

 やがて動きを止めたツタから、みるみるうちに色が薄れていった。

 緑のツタだったものは、銀色に輝く金属へと代わり、水色の小石がそっと埋められる。

 

「えっ、すごい……指輪?」

 

「この種は、魔力を注ぐと開花して魔力の持ち主が求めた形に変化するんですよ」


 シリウス様は、私の薬指に収まった指輪をじっと見つめていた。

 

「……私が求めているのは、あなたとの関係の証拠だ」


「……とは?」


 (どういう意味?)


 回りくどい言い回しをされるのは苦手だ。

 意味がわからず見上げると、シリウス様はわずかに眉を寄せた。


「……鈍い人ですね。これは婚約指輪ですよ」


「こ、婚約指輪……っ!?」


「それと、この指輪には私の魔力が込められています。あなたに何かあった時に、防御魔術が作動するでしょう。私がいないときでもお守りにはなるはずだ」


「……私にそんな危険なことなんて、そうそう起こらないと思いますよ」

 

 私よりも、魔術師団とともに危険な場所へ行くこともあるシリウス様の方がよほど危険だろう。

 私に起こりうる危険といえば、せいぜい魔術省で魔術研究の暴発に巻き込まれるくらいだ。

 

「それに魔力耐性もありますから、魔術の攻撃は一切効きませんし」

 

「たしかに、あなたは魔力には強いんでしょうが、物理的な攻撃には無力でしょう。普通の女性なんですから」


「う……。それは、まぁ……」


 シリウス様の鋭い指摘に思わず言い淀む。


 アステリエは治安のいい国家だが、事件や事故がまったくないわけではない。

 殴られたり刺されたりしたら、魔力耐性など関係なしに死ぬ。


「つけていてください。私がいないときにあなたに何かあったらと思うと、不安で仕方がない」


 その言葉に、胸の中が熱くなった気がした。熱がじんわりと、身体中に広がっていく。

 契約だからとか立場があるからではなく、シリウス様が私のことを、純粋に心配してくれているのだと気づいたのだ。

 

「……ありがとうございます。大事に身につけておきます」


「ぜひ、私のためにそうしてください」


 私は、薬指にはまった指輪をじっと見つめた。


 (シリウス様との関係の証拠、か)


 私たちは、契約で結婚する。

 けれど、互いへの感情がないわけではない。

 シリウス様は私を心配してくれるほどには心を寄せてくれているし、私だってシリウス様のことは嫌いではない。


 (嫌いではないどころか……好ましいと思っているわ)


 異性として好きかどうかはともかく、人として。

 嫌いなんてなれない。


『お前は、もっと大事にされるべきだよ』

 

 ふと、バクスターの屋敷を出る直前に、義兄から言われた言葉が脳裏によみがえった。


 (シリウス様は、私を大事に扱ってくれている。それならきっと、きっかけにどんな理由があろうとも、この契約は間違いじゃないわ)

 

「セレフィア」


「はい?」


「手を」


 呼ばれて顔をあげると、シリウス様が手を差し伸べてきていた。

 その表情はいつも通り淡々としているのに、どこか優しさがにじんで見える。


「帰りましょう。あまり遅くなってはマーサたちが心配します」


「はい、シリウス様」


 差し出された大きな手に、私は自分の手を重ねた。

 


 


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