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女官リセル、冤罪で死罪寸前!?助けてくれたのは無口な女騎士でした  作者: 百合物理
「不器用な女官と、不真面目な魔導士の、真剣な話」
11/11

祝福と告白、そしてふたりの未来へ



控室の鏡の前で、私は自分の髪を整えていた。


指先に触れる髪は、あの頃より少し伸びて、寝癖もつきやすくなった気がする。湿気を帯びた空気が、静電気のように髪をふわりと揺らした。


——ここは、リセルとクラリスの新しい居場所。

私とザビーネを招いてくれた、あたたかな辺境の村。


それでも、心の奥には、まだ少しだけざらついた気持ちが残っていた。


学生時代、曖昧なままの関係で過ごしてきた。

卒業してからは、それぞれ王宮の職を得て、立場も、責任も異なる日々に身を置いた。

私は女官、ザビーネは魔導士。

誰にでも「おめでとう」と言ってもらえる関係じゃない。

常識的に考えれば、認められるはずもない——そんなことは、百も承知だった。


だから、ザビーネはこれまで、はっきりと関係を求めてきたことは一度もなかった。


私が距離を取ろうとしても、彼女は魔法で勝手に部屋に現れては、懐にするりと潜り込んでくる。


真面目な私は、いつも「ちゃんとしなくちゃ」と思っていたはずなのに。


——どうして、こんなにも、受け入れてしまっているんだろう。


後ろからふと視線を感じて、鏡越しに目を向ける。


やっぱり、そこにいた。


「……ほんと、変わらないわね、あんた」


紫がかった銀の髪に薄い笑みを浮かべ、椅子の肘掛けに片肘をついて、ザビーネが私を見ていた。


相変わらず飄々とした態度。けれど、あの頃と違って、その眼差しはどこか優しくて、どこか深い。


「君だって。だけど、昔よりずっと綺麗になった」


鏡の中で視線が交わる。


私はふいに目を逸らし、櫛を持った手を止めた。


胸の奥が、あの図書室の匂いを思い出したように、ほんの少し熱を帯びる。


「……今日はリセルとクラリスの主役の日よ。からかわないで」


「うん、そうだね」


彼女が笑う。あの夜と同じ、優しい笑みで。


控室の外では、太鼓と笛の音が混ざり合って、祭の幕開けを告げていた。


⸻⸻⸻




祝福の鐘が、澄み切った空へと高く響いていた。


広場には手作りの飾りが風に揺れ、野花で彩られた祭壇の前で、クラリスとリセルが並んでいた。


村人たちは肩を寄せ合いながら見守っている。どこかの子どもが、リセルに手を振り、別の子が小さなブーケを掲げて飛び跳ねている。


——こんなにも自然で、こんなにもまっすぐで。


このふたりは、誰の許しも待たず、誰の顔色も窺わずに、ただ“好き”の気持ちだけでここに立っている。


羨ましいと思った。

同時に、自分がどれだけ“枷”に縛られてきたかを思い知らされる。


私は立場を守っていた。

常識に従っていた。

周囲にどう見られるかを、常に気にしていた。


ザビーネと過ごす時間に、甘えていたくせに。


関係を問いただされたら、曖昧に笑ってやり過ごすくせに。

少し距離を取ったほうがいいと、思っていたくせに。


それでも。


気づけばいつも、彼女の傍にいた。

追い払ったはずなのに、気づけば私の世界の中に居場所を作っていて、まるでそこが最初から彼女の席だったみたいに。


……本当は、私のほうこそ、離れたくなかったんじゃないの?


心の奥に蓋をしていた感情が、少しずつ、溶けていくのがわかった。


「……いいなぁ、ああいうの」


ふいに隣から聞こえた声。


ザビーネが、どこか遠い夢を見ているような目で、祭壇を見つめていた。


そのまま、何気なく私の手を取ろうとする。


「な、なにしてるのよ……!」


私は慌てて手を引いた。


「祝福の場だよ? こういうときくらい、素直に気持ち伝えてもいいじゃない」


「ば、ばか……!人前で……」


そう言いかけて、言葉が止まった。


ちょうど、クラリスとリセルが互いに手を取り合い、誓いの言葉を交わし終えた瞬間だった。


——そして、キス。


鐘が、再び高く空に響く。


視界がじんわりとにじんでいく。胸の奥からせり上がるものが、どうしようもなく溢れてくる。


頬に冷たいものが伝った。

思わず手で拭おうとして、自分が泣いていることに気づいた。


「……泣いてる?」


ザビーネの声がそっと届く。


私は首を横に振った。けれど、それはもう、意味のない否定だった。


「違う……ちょっと、目に光が……入っただけ……」


「うん、光だね……君の中にある、綺麗なやつ」


彼女はそれ以上、何も言わなかった。

ただ静かに、私の手に触れる。


今度は、私はもう拒まなかった。


その手のぬくもりが、過去の迷いをそっと溶かしていくようで、私は目を伏せたまま、そっと指を絡めた。


——怖い。でも、離れたくない。

本当に欲しかったのは、こんな風に隣にいてくれる誰かだったのだと、今さら気づく。


鐘の音が、祝福の空をまだ鳴らしていた。




結婚式は、笑顔と涙に満ちた祝福の中で終わった。


村の広場にはまだ余韻が残っていて、歌と笛の音、祝いの酒が人々の間を巡っていたけれど——

私とザビーネは、そっとその場を抜け出していた。


誰にも告げず、ただ自然に、ふたりだけで。


村の裏手にある、小さな丘。

登りきると、そこには一本の大きな木があった。


夜風が梢をさらさらと鳴らし、草の香りが肌を撫でていく。

空には星が静かにまたたき、まるでこの瞬間を見守ってくれているようだった。


「ここ、いい場所ね」


「でしょ。昨日、下見のときに見つけたんだ」


ザビーネが先に木の幹に腰掛け、私に手を差し出す。


「おいで」


ため息まじりに小さく息を吐きながら、その手に応える。

膝の上に身を預けると、彼女の腕がそっと私の背にまわされた。


「ほんと、好きね……このポジション」


「君がいると、落ち着くんだよ」


「……うそばっかり」


そう言いながらも、私の声はどこか緩んでいた。


しばらく、静かな時間が流れた。

星の光だけが、彼女の髪にやわらかく降り注いでいる。


「ねえ、ミレイユ」


彼女の声が、風の音に紛れそうなほど穏やかに響いた。


「私ね、ずっと君のことが好きだった。

 でも、それだけじゃ足りない。いまの私は……君の未来に責任を持ちたいと思ってる」


「ザビーネ……?」


「君の立場も、仕事も、全部わかってる。

 王宮で働くには、私たちみたいな関係は“なかったこと”にするのが一番楽だって。

 君はずっと、私のことを守ってくれてた。立場を壊さないように、距離を保ってくれてた。

 でも、それじゃだめなんだ。私はもう、傍にいたいだけじゃ足りない。

 遊びじゃない。曖昧なままじゃ、もういやだ」


ザビーネが、初めて、まっすぐに私を見る。


いつもの飄々とした仮面はそこにはなくて——

ただ、ひとりの女性として、私に向けられた真摯な瞳だった。


「君がこれまで、すべてを守ろうとしてくれてたこと、ちゃんとわかってる。

 でも、私はもう、君の後ろに隠れていたくない。

 君の隣で、ちゃんと、未来をつくっていきたい」


ゆっくりと、彼女の手が私の手を包み込んだ。


「ミレイユ。結婚しよう。

 いろんなものを手放すことになるかもしれない。

 でもそれでも、私は、君と生きていきたい」


……心が、揺れた。


彼女はこれまで、はぐらかしてばかりだった。

本気の言葉なんて、ほとんど口にしたことがない。

でも今は、怖いくらいに真剣な目をしていた。


私は、思わず顔を背ける。


「……そんなこと、言わないで」


「どうして?」


「だって……私がその言葉を受け取ったら、もう、後戻りできないじゃない……」


仕事、立場、未来。

全部、変わってしまう。


「私は……きっと、王宮では働けなくなる。女官は、誰より清廉でなきゃいけないの。

 私たちの関係が、認められるわけがない。

 あなたまで、巻き込むことになる」


だから、今までどおりがよかった。

ふわりと交わす言葉だけで、なんとなく傍にいられたなら——

それでよかったはずなのに。


……でも。


あの時、クラリスとリセルが手を取り合って誓い合った姿が、脳裏に焼き付いて離れなかった。


誰に許されなくても、誰にどう言われても、

彼女たちは迷わず“好き”を選んだ。


その姿を見て、心の奥がどうしようもなく熱くなったのを、私は知っている。


……ああ、もう、ずるい。


こんなにも真っ直ぐに言われて、私が、断れるわけないじゃない。


「……あなたって、本当にずるいわね」


「……どういう意味?」


「こういうときだけ、ちゃんと真面目な顔して……私を泣かせるのよ」


「泣いてたの?」


「……泣いてない」


「ふうん。じゃあ“目に星が入った”ってことで」


「……バカ」


くすっと笑ってしまった。


私の指は、彼女の手にそっと絡む。


「……私からも言わせて」


彼女が少し首をかしげる。


「これからも、私のそばにいて。

 誰にどう言われても、私は……あなたと生きていく」


ザビーネの顔に、ゆっくりと笑みが広がる。


「……うん。じゃあ契約成立」


「契約?」


「そう。呪文と同じで、契約にはちゃんと証がいるんだよ」


そう言って、ザビーネが私の頬を両手で包み込む。


「……ちょっと、まさか——」


「うん、もちろん」


そして、彼女の唇が、そっと私の唇に触れた。


星空の下で交わしたキスは、まるで魔法のように、すべての不安を溶かしてくれた。


「……これで、もう逃がさないからね」


「……最低」


「でも、笑ってる」


そう言われて、私は反論できなかった。


そして——私はもう、逃げるつもりなんて、なかった。





⸻⸻⸻



朝。


村の宿屋の一室は、夜の余韻と温もりをまだ残していた。


白いレースのカーテン越しに差し込む朝日が、淡く色づいた空を背に、木枠の窓辺に朝露の宝石を並べている。


私は、柔らかな寝具の中でゆっくりと目を覚ました。


すぐ隣には、まだ眠るザビーネの姿。


銀糸のような髪が枕の上に広がり、かすかに動く胸元からは、静かな寝息が聞こえる。


昨夜、彼女が囁いた言葉も、交わしたキスも、すべてが夢のように思えて。


けれど、腕の中の温もりは確かで——


ああ、私は本当に、この人を愛しているのだと、思った。


私はゆっくりと体を起こし、寝台の中から彼女の頬にそっと手を伸ばす。


指先でふれる肌は、夜明けの光に照らされて、まるで陶器のように繊細だった。


「……好きよ、ザビーネ」


まるで風にまぎれるような小さな声で、私は囁いた。


「どれだけ距離を取ろうとしても、結局あなたに戻ってきてしまう。あの時から、ずっと……」


その瞬間——


「ふふ、やっと素直になった」


ぴくりとまつげが揺れ、ゆっくりとザビーネの瞼が開いた。


琥珀色の瞳が私をまっすぐ見つめる。


「なっ……! 聞いてたの!?」


「もちろん。こんな可愛い独り言、聞き逃せるわけないじゃない」


彼女はにやりと微笑んで、私の腰に腕をまわし、そのまま布団の中へと引き寄せてくる。


「ちょ、ちょっと! 何するのよ……!」


「惚気くらい、堂々と聞かせて。寝起きからこんなに嬉しいなんて、人生で初めてかも」


私は枕をつかんで彼女の顔に押し当てるけれど、その笑い声は枕越しに響いていた。


そのとき、コンコンと控えめなノックがドアを叩いた。


「おはようございます。朝食の用意ができましたよ」


宿の女主人の柔らかな声。


「はーい、ありがとうございます」


とザビーネが答えると、私の肩越しにささやくように囁いた。


「きっとバレてるね。昨夜、戻ったの遅かったし」


「……言わないでよ、そういうこと……」


「だって、私たちもう、ただの“昔の同級生”じゃないんでしょ?」


私は反論しかけて、それでも口を閉じた。


胸の奥にある確かな温もりが、すべてを語っていたから。


ザビーネがふと私の頬に唇を寄せて囁く。


「いい朝だね、ミレイユ」


——本当に、そう思った。






⸻⸻⸻


村の広場では、朝の光が石畳を照らし、昨日の祭の名残がまだ風に揺れていた。


パン屋の店先からは焼きたての香ばしい匂いが漂い、子どもたちは今日も元気よく駆け回っている。


「ねえ!“魔法の図書室”って本当に作るの!?ほんとに!?」


昨日の晩、村人との何気ない会話が、あっという間に広まっていた。


「もちろん」


ザビーネが子どもたちにウィンクして答える。


「でもまずは寝室から、ね」


「……この変態」


私は呆れたように言いながらも、口元が緩んでしまう。


その様子を、すれ違った村の店主が目を細めて見ていた。


どこか嬉しそうに、あたたかく。


私は、その視線にも、もう目をそらさなかった。


「私たちは、変わったのよね」


「うん。でも、いい方向に、ね」


ザビーネがそう言って微笑む。





——⸻⸻


村のはずれ。


古びた小屋の跡地に、私たちは並んで立っていた。


草の匂い、まだ柔らかい土の感触。


「ここが……例の場所?」


「そう。ふたりの始まりになる場所」


私はそっと、ザビーネの手を握る。


「これから、いろんなことがあると思う」


「うん。王宮での務めは責任が重いし、私たちの関係を受け入れてもらえるような環境とは言いがたい。


貴族社会もまた、形式と面子に縛られている……でも」


彼女の瞳が、真っ直ぐに私を捉える。


「でも、一緒なら、何とかなる気がする」


「……私も、そう思う」







——⸻⸻



馬車が、静かに村を出発する。


木の車輪が土の道をゆっくりと転がり、わずかな揺れとともに景色が後ろへと流れていく。


私は、窓の外に小さくなっていく風景を見つめていた。


石畳の広場、野花の咲く道端、軒先に干された洗濯物——昨日までの音や香りが、まだそこにあるように感じる。


パン屋の前では、小さな子どもが一人、こちらに手を振っていた。


ザビーネが、それに気づいて笑いながら手を振り返す。


すれ違った村人たちが、静かに立ち止まり、けれどどこか誇らしげに私たちを見送ってくれていた。


私はそっと、手の中のぬくもりに目を落とす。


指が、ザビーネの指と絡まっていた。


「王都に戻れば、また忙しい日々が始まるわ」


「うん。でも……それも、悪くないよ」


「え?」


「だって、これからは、私たちの意思で進める。


誰かに与えられた役目じゃなくて、選び取った場所で、選び取った人と」


その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「……今まで築いてきたもの、全部失うかもしれないわよ」


「それでも、君と生きていくほうが、よっぽど価値があると思う」


窓の外、遠ざかる村の空が、まるで未来の青のように澄み渡っていた。


私は最後にもう一度、振り返るように景色に目を向ける。


この村の空気、匂い、人の笑顔——すべてが、私の中に確かに残っていた。


「いつかまた……ここに戻ってきたいわね」


「戻ろうよ、ふたりで。


ふたりの“居場所”が完成したら、招待もしないとね」


「……誰を?」


「未来の私たちの、大切な誰かたちを」


私は小さく笑って、彼女の肩に寄り添った。


——これが、私たちの始まり。


どんな困難が待ち受けていても、もう、逃げるつもりはなかった。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


『不器用な女官と、不真面目な魔導士の、真剣な話』、これにて完結です!


本作は、『女官リセル、冤罪で死罪寸前!?助けてくれたのは無口な女騎士でした』のサイドストーリーとして執筆しましたが、主役が変わっても、彼女たちの人生には確かに“続き”があるのだと感じながら綴りました。


これからも、こんなふうに「優しくて、あたたかくて、ちょっぴり切ない百合」を描いていきたいと思っています。




次は、過労死した元OLが異世界で目覚めたら――

なぜか皇女の婚約者にされて!?

合理主義OL×最強の将軍皇女、ぶつかり合いながら少しずつ近づく、政務と百合の物語です。


今回もAIも活用しながら、試行錯誤して物語を組み立てています。

半分くらいまで書き進めており、完成次第また毎日投稿を再開する予定です。


次回作も、どうか楽しみにお待ちいただけたら嬉しいです。


ここまで読んでくださった皆さまに、心からの感謝を込めて——

また、どこかのページでお会いしましょう!

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