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可愛くない



 「姉ちゃん、」とチハルが真面目な顔で言う。「実際オレは今ここにいるオレしかいない」

「…」

「姉ちゃんは今、オレの言ってる事が信じらんねぇかもしれねえけど、ここにいるオレは姉ちゃんとずっと一緒にいたいと思ってて、それはほぼ家族になってからずっとそうだったけど、それでこの先もオレはずっとそうだって思ってる。今ここにいるオレは、これからもずっとそうだって言う。姉ちゃんがどんだけ信じなくてもな」

 


 「…チハル」

 おばあちゃんとお母さんもなんかそんな事言ってたよね…なんだっけ確実に感じる事が出来るのは『今』しかない、みたいな事。でも例え私自身もそう感じていたとしても、チハルが口にする先の事なんて軽々しく信じる事は出来ない。だってコイツまだ高1じゃん。私より年下のくせに。

 …それでも一生懸命言ってくれてるのは前よりはちゃんと伝わって来たような気がしてしまう。

 

 「チハル…」

 でもなんて答えていいかわからなくて、そして『うん』とも素直に言えなくてただ名前を呼んでしまうと、チハルは嬉しそうな顔をする。

「なに?オレの事すげえ呼ぶじゃん」

言ってさらに嬉しそうな顔で笑う。家族になった頃のような、ちょっと生意気だけどそれでも嬉しそうな顔をして笑う。

 いや、うん、呼び過ぎだよね。そんなに嬉しそうにされても。だってどうしたらいいかわかんないから。


 「そんな困った顔すんなよ。おもしれぇけど」

「…」え?

 今面白いつった?今の、二人のこの感じの流れで面白いとか言うって…

「なあ、じゃあもういいよ。仕方ねえから姉ちゃんはまだ姉ちゃんでいいよ。そのままオレのこと弟扱いしてても。姉ちゃんがちゃんと聞いてくれて、ちょっとは受け入れてくれたから。姉ちゃんがそうしたいんならな。オレはそれに合わしてうまくやるから」

 いや、受け入れかけたけど受け入れてないよね?


 違う。やっぱ受け入れてる。

 チハル、チハル、って何回も呼んで、頭撫でられてもそのままで抱きしめられても嫌がらなかったら、それは受け入れたって誰だって思う。

 でもまだ、私はチハルを弟だと思いたいのだ。その私に『合わせてうまくやる』って…

 なんか良いように丸めこまれてるような気がしてならないのはどうしてだろう。

 

 …いやどうかな…チハルだけを悪いように思っても、実際ヒロセとはもう元のような良い感じには戻れないと自分でも思っていたところに、チハルからヒロセと付き合うのは無理だって言われて、やっぱり無理なんだって気になってしまったけど、それでも私がヒロセの事だけを最初からちゃんと考えていたら、こんな感じにはなっていない。

 私が悪い。



 

 「なあ、もうしばらくここに二人でいたいんだけど」とチハルが言う。

 …いやぁ…どうかな…

 なんかコイツ…全ての事が許されたと思ってない?

「それか、」とチハルが続ける。「やっぱ部屋戻りたい?」

 …いやぁ…部屋に戻るのもな…

 チハルと二人で一緒に?一生に一度あるかないかくらいの重めの告白してくれた弟と一緒に、両親と祖母の待つ部屋に帰るって…しかも3人ともそれを知ってるって…そういうシチュエーション、相手が友達でもどうかと思うのに、親がそんな感じで待ってるところに当事者二人揃って帰るって…もう3人ともいっそのこと寝ててくれたらいいのに。



 じゃあもうしばらくここにいるしかないんじゃ…

「あんた…なんでそんな嬉しそうなの?なんでちょっと笑ってんの!?」

「そりゃあ嬉しいだろ。ずっと我慢してた事全部吐き出した感じする」

 

 やっぱりすごく怖い気がしてきた。それに私はどうするんだ明日から。こんな感じでヒロセにラインなんて絶対送れるわけない。送れなかったらまたヒロセが余計に心配してくれて、そしてまたさらに嫌な気持ちにさせる。そんな感じのまま旅行を続けて家に帰り学校へ行く事まで考えたらもうここから動きたくない。

 どうしたらいい…ほんとにどうしたらいい?私がこんなダメな感じでどうしたらいい。

「私先に帰るから」と言ってみる。「あんた後から帰って来て」

「だめだって」とチハルが言う。「一緒に帰ろ。普通にしよ」


 …普通ってなんだろ…

 なんだろう…

 なんだろうなんだろう…、確実に変な感じで丸めこまれてる気がする。

 明日からどうすんの明日っていうかホント今からどうすんの?

 私は…ここでチハルの話を聞いちゃいけなかったんじゃないかな。どう考えても本気で怒って怒って怒って、もう一生口を聞かないっていうくらいに怒って拒絶するべきだったんだと思う。

「じゃあ戻ろ」とチハルが言って私の手を当たり前のように握ってきた。



 「やっぱ部屋に戻るの、嫌だ」

 チハルの手を払いながらそう言うとチハルが笑う。「じゃあオレともう少し二人でいてくれんの?」

「違う。…なんかお母さんたちに変な目で見られるのが嫌」

「変な目って」と苦笑しながらチハルが握った手をぐいっと引っ張って躓きかけた私を抱きしめようとする。

「ちょっ…何すんの!?」

「いや、なんか言い方可愛いから」

「どこが!?…なに言ってんの!?」なに変なテンションになってんの?

「ほら、じゃあもういいや、部屋戻ろ」



 「ねえ!」とチハルを呼ぶ。

「ん?」

「ねえって!」

 大股に歩いて部屋に戻るチハルにまた手を掴まれて私は小走りだ。

「ちょっと!」

「ん?」

 私を見るチハルの顔はとても優しい。

「あんたホントは…なんとも思ってないでしょ?私が悩んだいろんな事とか、これからの家族の事とか!」

チハルは返事をしない。ニッコリ笑うだけだ。

「手ぇ離してよ」

「ダメ」と私の手をグン、と引っ張るチハル。「もうダメだって」



 


 部屋のドアに小さくノックをする前にさすがにチハルも手を離したが、ドアを開けてくれたのは父だった。

 父から目を反らしてしまう私と、「お父さん、すみません遅くなって」と謝るチハル。

「すみませんて…」と父がちょっと笑いながら答える。「まるで彼女を夜遅く送り届けた彼氏みたいだねぇ」

ハハ、とチハルは笑うが、なんで笑えるんだ?それにまず、なぜ父がそんな事を言う。私の方がビクビクするのが間抜け過ぎる。父の目が真っ直ぐに見れない。

 部屋の中へ入りながら「お父さん、」とまたチハルが言うのでドキッとする。

 余計な事を言うな、と思う私を尻目にチハルは父に続けた。

「旅行から帰ったらいろいろ話したい事があります」

「そうなの?」と父。「旅行から帰ってから聞けばいいの?今すぐ聞きたいな気になるから」

「あ~いえ、二人きりで話したいです」

「そっか。じゃあまあ我慢するけど」

 私の前でいろいろ話されるのも嫌だけれど、私がいない所で私の父に何をどんな風に話すつもりなんだろう止めて欲しい。

 


 母と祖母はもう布団に入っていて、布団の中から母が眠そうな声で目をつむったまま言った。

 「チナちゃん?さっき電話鳴ってたけど。そいでライン来てたかも」

「え、誰?見た?」

「見てないよ」むにゃむにゃと寝入りそうな声で答える母。

チラッとチハルを見てしまった。

 それで母がチハルとの事を何にも聞いて来ない。祖母も聞いて来ない。祖母はまるで動かないし、目も開けないんだけど絶対寝たふりだと思う。

「暑いお茶でも煎れてあげようか」と父が言う。

 父も今の私とチハルの状況を把握してるんだよね?しかも父も私たちが付き合う事を望んでるって…それでさっきの『彼女を送り届けた彼氏』発言て、実の父が怖すぎる。

「いらないよね?」とチハルに同意を求めて父のお茶を断り、今すぐスマホを見ようかどうか迷う。


 

 部屋に戻ったら3人にうるさいくらいいろいろ問い詰められるのだと思っていた。

 わざと?わざと知らんぷり?

 ていうかチハルが言ってる事が嘘なんじゃないの?だって有り得ないよね?家族中が義理の姉弟が付き合うのを望んでるなんて…



 父がトイレに行くと、チハルが私に近付いてこっそりと言った。

「父さんはやっぱすげえよな、ああやってコメントがいちいちオレを寛容に許しながらもすげえ注意してるっつうか」

チハルが近付いたのを母と祖母がこっそり見ていないか気になってそっちを見てしまう。なんで私がビクつかなきゃならないんだ。

 けれど母も祖母も微動だにしない。薄目さえ開けない。でも絶対に全神経を集中させて私たちの動向を伺っていそうだけど…



 そしてスマホ見るのが怖い。ヒロセからのような気がする。

 早く帰って来いって行ってくれたし、やっぱり夜中に電話して、とか言ってくれてたらどうしよう。

 父がトイレから出たのと交替でチハルがトイレに入ったのを見計らいスマホを取り出して見ると、サキちゃんと、そしてやっぱりヒロセだ。怖いのでサキちゃんから見る。サキちゃんはおばあちゃんの家にいるらしく、そこで宴会の後行き倒れたように眠るサキちゃんのお父さんとお母さんの写真も送ってくれていた。

 それからヒロセとのラインを開ける。ラインで電話もしてくれたけど通じなかったから、その後メッセージをくれていた。


 「キモトごめん」から始まる長いメッセージ。

 ふわぁぁぁぁ…読みたくない!

「あの後また電話したけど出なかったからラインでごめん。そいで旅行の途中でごめん。」

 いやだ、ごめんが多い。

「でもその旅行がな、やっぱあの弟と一緒だと思うとなんかもうダメで、イライラしてほんとダメだ。さっきは早く帰って来いとか言っといて。たぶんな、オレはこのままだときっとこれからもずっと同じようにイライラすんだと思う。それでそういうオレをキモトには見られたくない。この前も好きって言ったり、やっぱり無かった事にしてくれとか、かっこ悪い事ばっか言っててほんとごめん。オレが弟の事を気にし過ぎてるのが悪い。だから、これ言うのもカッコ悪いけど変な話、仕切り直したい。弟の事も知ってる今の段階を最初って事にして今からまた普通に仲良くしていきたい。ごめんな」

 ごめん多過ぎ!!

 もうイヤだ。

 『普通に仲良くしたい』って普通のただ仲の良いクラスメートに戻りたいって事だよね?


 そしてもう1コメッセージだ。

「旅行邪魔する感じになってほんと悪い。でも今言っておかないとどうしてもオレがダメで、余計学校でも話しもしにくくなりそうで、ほんと勝手でごめん」


 ダメなのは私だよね。そしてもう「私こそごめん」しか返せない。

 やっぱり最初からチハルの事話せば良かった。仕切り直すとか言ってくれてるけどもうどうやっても取り返しはつかない。それなのに、チハルにキスされた後で、それでまた告白もされた後で、まだヒロセにどうにか取り繕おうとしてた。あんなに嫌な気持ちにさせたのに、普通に仲良くしたいって言ってくれただけでも本当にすごい事だと思う。

 自分がすごく恥ずかしい。


 …それでもっと恥ずかしいのは、ヒロセからこういう風に言ってもらえて、もうどうしようって思わなくてすむと思ってる自分がいる事だ。




 寝よう。もう寝るしかない。チハルから一番離れた場所で寝よう。

 5つ並べてある布団の、テレビに近い所から2番目と3番目を祖母と母が陣取っていたので、私は一番テレビに近い布団にもぐりこむ。チハルはさすがに母の横には寝ないだろうから、母の隣には父、そして一番ドアに近い所がチハルだ。

 

 目を瞑ってももうグルグルグルグルグルグルグルグル、チハルとヒロセの事を考え続けるのは仕方ない。

「あれ?姉ちゃん?もう寝てんの?」

チハルが言うのが聞こえたが、私は背を向けたまま身動きをせず寝たふりをする。

「はえぇな」というチハルに、「僕たちももう休もう」と言う父。

 父がチハルに続けるのが聞こえる。「明日またいろいろ観たり、美味しいものたくさん食べよう。今日の卓球楽しかったよありがとう」


 いや父。と思う。

 それだけ?チハルに私との事を問いただしたり、帰ってから話すって言ってた事を今話して、とか言ったりしないの?話されても困るけど。



 父が電気を消して、二人も布団に入る気配。

 薄目を開けると消したばかりの照明がぼんやりとまだ薄白く部屋を濁している。

 ヒロセに嫌な事をまた言わしてしまった。

 チハルが言ってたな…『ヒロセはオレがいてもまだ頑張ってくれるのか』って。…私にそこまでの価値なんかないよ。だから余計に今ムキになっているチハルがおかしいんだよ。チハルもそのうち「あれ?」って思うよね。中学わざわざ離れて暮らした意味まで考えるよね。

 やっぱり帰ったら一番にヒロセにもう一度謝りたい。最初に言わないでごめんて。でもそれを言ったらまたヒロセを嫌な気持ちにさせそう。普通に仲良くしていきたいって言ってくれてるんだから。前に母にまできちんと話してくれた事にもありがとう、ってもう一度言いたいけど、ありがとうも言ったらダメかな。あざとくてわざとらしくて嫌な感じかな。でも母に言ってくれた時は本当に嬉しかった。今度もちゃんと『イライラしてる』って言ってくれて良かった。




 祖母の寝息が聞こえる。

 母か父が寝返りを打った。

 その向こうにいるチハルの気配は感じられない。

 静かに時間が過ぎる。私はいつまでも眠る事ができずに、それでも目を瞑って、やっぱりいつまでもグルグルグルグル考えるのだ。今日の事を、そしてチハルの入学式からの事を、離れて暮らした3年間の事を、一緒に暮らして初めて割と本物の姉弟ぽかった時の事を、そして父と母にお互い連れられて出会った時の事までさかのぼってグルグルグルグルグルグル…


 

 

 「姉ちゃん」

 頭の上の方でささやき声がしてビクッと目を開ける。

 グルグル考えているうちにいつの間にか眠っていたのだ。

 「姉ちゃん」と、聞こえるか聞こえないかのささやき声。

チハル?

 ビクッ、とはしてしまったが、その後私は息をひそめ、身動きもしない。私は起きてない事にする。


 それなのに、私の掛けている布団の上から肩の所をそっと揺すられてドキリとする。そしてまた、でも今度は耳の近くでささやく声。

「姉ちゃん。一緒に外行こ」

行かない行かない。何考えてんの!?そんな事したらみんな起きちゃうし、起きなくても後で気付かれたら余計に心配させてしまう。

 私は無視して寝た振りを続ける。


 そうしたら祖母がいる側とは反対の、今私が横向きになっている前の方へチハルが回り込んだ気配。

 なに!?何考えてんのコイツ!親がいるのに!すぐ後ろに祖母までいるのに。

 私はじっと寝たふりを続ける。諦めて早く自分の布団に戻れ!


 まだすぐそばにいるチハルの気配に、ただただ寝たふりを続ける。何してんの?私を見てんの?怖いわ。

 いくら家族中から付き合う事まで奨励されてたってキョーダイだからね、今のとこ。

 返事も動きせず、チハルが諦めて自分の布団に戻る事だけを願う私の耳元に口を寄せ、チハルが私だけに聞こえる声で呼んだ。

「チナ」

 うわ~~~~…近い近い近い近い!

 なんかもう…なにコイツ!

 他の3人が寝てても嫌だし起きていても嫌だ。


 「チナ」ともう一度耳元で呼ばれてこめかみにそっとキスされて息が止まる。


 心臓がウソみたいにドクドク鳴り出したし、部屋で二人きりの時の無理矢理のキスの感触もたった今されたかのように蘇ってきた。

 ダメだもう寝た振り出来ないどうしよう。小さな声で注意するのと、パッと起き上がってチハルを止めるのとだと、だめだどっちも他の3人が起きる。こんな場面今さらだけど見られたくない!

 最初呼ばれた時に寝たふりなんかしなきゃ良かった。寝たふりしてたのがバレたらチハルがすごくバカにして来そう。


 まだ姉ちゃんでいていいって言ったよね!?

 そのまましばらく動かずにいたら、もう呼びも触りもしなくなった。良かった。

 …え?

 私の布団の足の方の端に何かを布団の上から置かれたような突っ張った重みが…

 …え?

 徐々にそれは上の方までゆっくりと伸びてきて…コイツ!添い寝始める気?

 わぁもうダメだ起きよう、と思ったとたん、「ふう~~ん」とすぐ後ろから声がして、最大限にビクッ!とした。

 おばあちゃん起きた!?うわ見られたくない!

 が、祖母は寝返りを打っただけだ。


 その間に確実にチハルは横になって布団の上から私を優しく抱きしめた。

「チナ」と恐ろしいほど優しくまた囁かれる。

 チハルの指が私のこめかみへ振れた。

 あ、ダメだ、びくっとしちゃった…起きてんのばれたかも…さっきキスした所を今度は指でそっと撫でるので私は必要以上に目をぎゅっと閉じてしまう。

 撫でてそして今度は額にキスをしてきた。あ、ダメだ。きゅっ、と身も固めてしまった。

 きつく閉じた瞳にキスをされる。そしてほほにキスをされる。ダメだ!チハルの息が荒くなってきた!


 

 私も寝返り打とう!

「う、う~ん」とビミョーに呻いてちょっと動こうと思ったら動かない。

「チナ。何もしないから」とチハルが小さく囁いた。

したじゃん!今したじゃん!


 でもチハルはその後さっきよりも優しく私の頭をそっと撫でる。私を落ち着かせるようにそっと。ずっと優しく。ただ、ゆっくり、そっと撫でる。

 そのままずっと。

 これは夢かもしれない。だって、こんなに優しいチハルは初めてだ。

 


 

 私は夢を見た。

 チハルと出会う前、母になってくれるらしいタナカさんに子供がいると聞いて、「お兄ちゃんかお姉ちゃんだったらいいなあ」と思う私。「妹でもまぁいいけど、弟は嫌だな」。

 父と行った待ち合わせ場所に来たタナカさんが連れてきたのは中学の時のやたら感じの悪いチハルだった。その、チハルに小学生の私は言われるのだ。「ちっちぇじゃん。なにが姉ちゃんだよ。いらねえわ」

 でもその悪態をついたチハルは、父とタナカさんがどこかへ行ってしまって二人きりになると私の頭を撫でて来た。優しく笑いながら。



 

 「…ふわっ!」

変な風に声を出して私は跳ね起きた。

 明るい!朝になってる!

 まずい!チハルが私の横にいるのに!


 が、跳ね起きた私が見たのは、私以外の4人が、まだ敷かれたままの布団の上にこの辺りの観光地図を広げ、スマホで検索をしている姿だ。

「チナちゃん、おはよ」と母が言う。

「チナちゃん起きたからご飯食べに行こ」という祖母。

「顔洗っといで」と言う父。

 チハルが言った。「姉ちゃん遅ぇわ起きんの」

「…うん」

「おはよ」とチハル。

「…おはよう」

 チハルとおはようって言い合うのなんてどれくらいぶりだろう…

 でも夕べ私…

 夕べの事が一遍に蘇って来てぶんぶんと首を振る。母と父と祖母は地図を畳み、布団を軽く片付け始める。



 チハルと目が合った。

 チハルが笑う。私は笑えずにメチャクチャになっているはずの髪の毛を手で直す。

 そして夕べの、私の頭を撫でたチハルの手の感触を、思い出さないようにまた首を振った。

 だってあそこで私を見て優しく笑っているのは、私の、可愛くない弟のチハルだから。




 

 



 


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