番外1:グリムとカクテル講座「特殊な飲み方編」
「ところでグリムさん。プース・カフェは混ぜて飲むのではなく、一層ずつ飲むのが正しい飲み方ですよ」
青汁を飲む勢いで、えげつない色になったプース・カフェを煽って飲み干したあたしに、ポツリとあいつが言った。
「先に言いなさいよ! って言うか、あれをどう一層ずつ飲めっていうの!?」
「言う前に私からバースプーンを奪って混ぜましたよね」
カウンターにグラスを叩きつけて抗議すると、あいつは営業用のいい笑顔で即答。
せめて、呆れを表情に混ぜなさいよ!
完璧な営業笑顔がまた腹立つ!
「飲み方は、ストローを使ってですよ。ストローを静かに差して、好きな層から飲んでいくんです」
ついでに行われた説明で、納得する。
なるほどね。確かにそうしたら、ほとんど混ざらずに飲めるわ。
……あたしはいったい、なんであんなえげつない色と味のものを飲んだのかしら。いえ、飲んだことに後悔はしてないわよ。ただ、ほんと、何でわざわざ、自分でよりまずくしてるのよ、あたし。
「まぁ、シロップやらリキュールの原液ですから、どの層から飲んでもあれは相当きついですよ。何の罰ゲームなんだかって感じになりますね、確実に」
「あたしは結局一人罰ゲーム執行!?」
飲むって決めた時点で、あたしに逃げ場がなかった!
自分のマヌケさというかバカさというか、そういうもので頭が痛くなってカウンターに突っ伏すと、頭上でクスクス笑う声が聞こえる。
「笑ってないであんたはさっさとあたしにカクテル作りなさいよー」
「申し訳ありません。……けど、意外です。グリムさんにも、カクテルで知らないことはあるんですね」
その言葉に、顔を上げる。
「どーゆー意味?」
「グリムさんはうちに来るようになって長いですし、ずいぶんと前から他のお客様にカクテルについてのことを私の代わりに色々と教えてくださるようになりましたから、もう、カクテルについての知識は私と同じくらいあると思っていました」
少しだけ嬉しそうで楽しそうな笑顔で、あいつは言う。
カクテルにうんちくやら雑学は醍醐味とか言うだけあって、こいつは人に何かを説明するのが好き。だから、説明不要レベルかと思っていたあたしに、まだ説明する余地があると知って、それが嬉しいのでしょうね。
「あたしは味が重視だからねー。ああいう、見かけ重視な奴は興味ないから、全然知らなかったわ。
それに、あのスタイルのカクテルって、比重の違いが重要だから、リキュールがベースで甘ったるい系が多いじゃない? 甘いのは好きだけど、ここに来るときはガツンと酔ってしまいたい場合が多いから、あまり頼まないから余計に知らなかったのかもね」
「そうですね」
あたしの自己分析に同意して、あいつはまずカウンターにコースターを出す。
「……せっかくですから、本日は特殊な飲み方をするカクテル講座でもしますか。
こちらも、初級ですが特殊と言えば特殊ですし」
そんな思いつきを語りながら、トンとコースターの上に置いたのは、パフェを盛るのに使いそうな大きなグラス。
中身は、細かく砕かれた氷、クラッシュ・ド・アイスと、牛乳っぽい液体。
グラスの縁には、パイナップルやオレンジ、チェリー、そしてハイビスカスが飾られた、ものすごい華やか南国仕様。
「チチだ! これ好き!」
レシピは確か、ウォッカ、ココナッツミルク、パイナップルジュース、店によってはカルピスも加えるはず。
南国リゾートとかで飲むドリンクの見本みたいな仕様で出てきたのは、みたいじゃなくてまさしくその代表、ハワイ生まれのカクテル、チチ。
「で、これがあたしにぴったりなカクテル?」
好きなカクテルが出てきてテンションが上がったけど、あたしの職業柄、このカクテルがぴったりってのはいかがなものよ。
頭が万年、南国極楽ってか。極楽はある意味あってるけど。
「グリムさんにぴったりというより、本日のグリムさんに飲んでいただきたいカクテルですね。
残業の疲れを癒そうとせっかくいらしてくださったのに、後味の悪い思いをさせてしまいましたから、南国のカクテルでいつもの騒々しくて明るい雰囲気を取り戻していただきたくて、お作りしました」
「一言多い!」
ちょっときゅんときて、じわっと感動したあたしの純粋な気持ちを返せ!
「さて、グリムさん。ここで問題です」
あたしの抗議をさらっと無視して、あいつはカクテルにストローをさした。
さされたストローは、二本。
「チチに限らず、このチチの元である、ピニャ・コラーダ、チチと同じく南国のカクテルの代表、ブルーハワイ、グリムさんがよくかき氷のようにかっ込んで、アイスクリーム頭痛を起こしている、フローズン・ダイキリ。これら、クラッシュ・ド・アイスを使うカクテルやフローズンカクテルには、ストローが二つ、使われます。
その理由をご存知ですか?」
あんたはどうしてあたしに対しては絶対一言多いの!?
そう突っ込んでもどうせさらっと無視するか、「事実を語っただけです」と言われるだけなので、あたしは無言でチチを手にとって、正解を見せつける。
あんた、自分で言ったでしょ? あたしがここに通うようになって長いって。
その通り。あんた程じゃなくても、あたしはカクテルについては結構詳しいのよ。
だから、これくらい余裕よ。
「正解です」
あたしの飲み方を見て、あいつは満足そうに笑って軽く手を叩く。
あたしがやった飲み方は、二本のストローを二つとも加えて飲む。
あいつが言ってた、クラッシュ・ド・アイスを使ったカクテルや、フローズン・カクテルに使うというのは、説明じゃなくてヒント。
このストローは細かく砕かれた氷が、ストローの中で詰まっても、もう一つのストローで飲めるようについてる。
だから、二つとも咥えて吸うが正解。
……決して、バカップルのために、二本つけてるんじゃないわよ。確かに、チチならグラスが大きいから、バカップル二人で飲むのにはちょうどいいかもと勘違いしそうだけど。
そこまで考えて、ふと湧いた疑問をそのまま口に出してみる。
「ねぇ。このストローの使い道を間違えてるバカップルって見たことある?」
「あー……。うちはだいたいお一人でご来店されるお客様がほとんどなので、あまりないですけど……ごくたまーに……」
いるのね。ごくたまにでも、一つのグラスから二人で飲みあうバカップルが。
「それ、飲み方を教えてるの?」
縁に刺さってるパイナップルを齧りながら尋ねると、ものすごい営業用笑顔を向けられる。
「想定した使用法とは違いますが、私にそれを強要する権利などありません。何より、私はカクテルを美味しく飲んで、楽しいひと時を過ごしていただくことが、バーとバーテンダーの存在意義だと思っています。
愛する恋人と至福のひと時を過ごしている最中に、そんな野暮で無粋な真似は絶対にいたしません」
素晴らしいご高説ありがとう。
でも、あたしは訊くわよ。
「ふーん。で、本音は?」
「せめてこちらからも他のお客様からも見えない個室でやれ、ですかね」
本音の時も完全完璧な営業笑顔を崩さなかったのは、さすがだなと思った。
好きなカクテルで、自分でまずくしたプース・カフェの後味をさっぱり消し去ったのはいいけど、さすがにこの季節に南国仕様の良く冷えたカクテルは、暖房がきいてる部屋でもちょっと寒い。
「あー、美味しかったけど、さすがにちょっと体が冷えたわね。ホット系のカクテル頼もうかしら?」
「グリムさん、今日は特殊な飲み方をするカクテル講座をすると言ったでしょ?」
あたしがメニューに手を伸ばすのを制して、あいつはやっぱり営業笑顔で、客商売にあるまじきことを言い出した。
「ちょっ!? あたしに選ぶ権利なし!?」
「はい」
良い笑顔で即答してんじゃない!
そう叫ぶ前に、あいつはカウンターにカチャリと置いた。
グラスではなく、カップを。
ほかほかと湯気の立ったコーヒーが目の前に置かれた。
あたしが寒くなって、あったかい飲み物を所望するのは予定通りだったのね。
「……さっすが。何これ、アイリッシュコーヒー?」
「それは別に、特殊な飲み方などしないでしょう? こちらは、カフェ・ロワイヤルです」
初めて聞く名前に首を傾げる。
アイリッシュコーヒーと違って、名前からレシピの想像もつかないし、匂いを嗅いでみても、コーヒーの良い匂いしかしない。どういうカクテルなのかしら?
「見たとこ普通のコーヒーだけど、これ、特殊な飲み方があるの?」
「飲み方自体は普通ですよ。そして今は、正真正銘ただのブラックコーヒーです」
あたしの質問に返された答えが意味わかんなすぎて、あたしの首がさらに傾く。
「どういうことよ?」
「こちらにまず、これを添えます」
意味を問うとあいつは角砂糖を乗せたティースプーンを、コーヒーカップの縁に橋のように渡す。
「そして、このスプーンの上にこちらを注ぎます」
お洒落な飾り方ね。でもそれがどうしたの? と思っていたところで取りだされたのは、ブランデー。
それを慎重に、コーヒーの中に零さないように、小さなスプーンの中に注ぎ、砂糖にブランデーをたっぷり染み込ませる。
ようやくカクテルらしくなったけど、これだけ? 飲むとき、砂糖をコーヒーの中に落として混ぜて飲むじゃダメなの?
「そして、最後の仕上げです」
あ、まだ続きがあったのねと思って、視線をコーヒーからあいつに移すと、あいつがにこやかに手にしてるものが目に入る。
……何でマッチ?
「これをこうして、こうすれば、はい。カフェ・ロワイラルの出来上がりです」
軽やかに言いのけて、そして手も軽やかに動いてマッチを擦って、その火はブランデーをたっぷり吸った角砂糖に。
スプーンの中で、小さな青白い炎が上がった。
おおっ!
この演出はいいわね。単純に綺麗なのと、こういう火はなんか、誕生日ケーキの蝋燭をなんか彷彿させて、妙に気分を高揚させる。
「お気に召されました?」
「えぇ。ただの火ってわかっていても、ロワイラルの名前にふさわしい演出ね」
予想外の演出と初めて見るカクテルにウキウキしながら、早速飲んでみようとしたけれど、カップに指をかけて気付く。
……火、どうしよう?
チラリと上目でカウンターの向こうのあいつを見てみるけど、あいつはただニコニコ笑ってあたしを眺めてる。
うん、まずは自分で考えろってことね。
火が消えるまで待つと、注いだブランデーもスプーンの上に乗った角砂糖も台無しになるから、これはバツでしょうね。
吹き消す? その場合はカップにスプーンを置いたまま? スプーンを手に取って?
いや違う。どっちにしても吹き消したら、スプーンの中のブランデーも飛び散っちゃう可能性が高い。
……なら、こうだ!
「えい!」
あたしが選んだ方法は、火が点いたままスプーンをコーヒーの中に沈めること。
そしてそのままぐーるぐーるとかき混ぜて、コーヒーの中に香ばしくなった砂糖とブランデーを溶け込ませる。
「お見事です」
チチのストロー二つより少しだけ大きな音を立てて、あいつから拍手が送られる。
まったく、普段は本当に一言多くて、あたしをからかい倒す癖に、褒める時はシンプルに一言、まじりっけなしで褒めてくるなんて。
客商売の鑑なのか、そうじゃないのか。
しかしあいつからのめったにない称賛は、気持ちがいいものね。
「ちょっと考えればわかることでしょ」
「それもそうですね」
だからちょっとドヤ顔で胸を張りつつも謙遜してみたら、即答で同意されて、あたしは口付けたコーヒーを盛大に吹き出した。
光速で掌返しすんな!
あたしがコーヒーを吹き出しても、笑顔で「大丈夫ですか?」と訊きながら、嫌な様子一切見せずにカウンターを拭くのは本当に客商売の鑑だけど、あんたのせいよ。
香ばしい砂糖とブランデーが溶けて、いい深みと甘みが生まれたコーヒー、カフェ・ロワイラルは文句なしに美味しかったのに、そのせいでほとんど飲めなくてムカつく。
って言うか、初めのプース・カフェ以外、美味しいけど度数が低い奴ばっかりだから、そろそろガツンと強い奴が飲みたい!
その旨を伝えてみると、やっぱり揺るがない笑顔であいつは答える。
「大丈夫ですよ。お次のカクテルはよくききます」
言いながら取りだしたのは、リキュールグラス。三〇ミリリットルくらいしか入らない、縦長のワイングラスと言えば想像がつくかしら。
それになみなみとまではいかないけど、たっぷりとあいつはブランデーを注ぐ。
こんな小さなグラスに直接、しかも他のも混ぜるとしたら容量一杯になりそうなぐらい入れて、一体どんなカクテルを作るのかしらと思っていたら、あいつはそのグラスをいったん横に置いて、冷蔵庫を開けた。
そこから出てきたのは、あらかじめカットしておいたスライスレモン。
それをグラスの上に、蓋のように置く。
カットしたレモンをグラスの縁に差す、カクテルピンに挿して飾る。グラスの中に沈める。主なレモンの飾り方とは全く違う、雑な飾り方にあたしが驚いている間に、あいつは砂糖瓶を取りだして、レモンの上に盛った。
グラスの上に蓋のように乗せたレモンに、砂糖を山盛った。
そしてそれをあたしの目の前に置いて、メンクイなら間違いなく恋に落ちる笑顔を浮かべて、言う。
「どうぞ。ナイトキャップ・カクテル、ニコラシカです」
「雑くない!?」
混ぜてないわよ! いえ、それはさっきのカフェ・ロワイラルも一緒だけど、見た目が素晴らしくよかった分、こっちの雑さが際立つんだけど。
「雑ではありませんよ。正真正銘、このカクテルはこういうものです。
……まぁ、確かにこの砂糖はリキュールグラスの底を使って固めてから盛る方が、綺麗な半球状になるので、そこを手抜きだと言えば手抜きですけど」
笑顔に少しだけ、「心外」と言わんばかりの怒りを混ぜて言うけど、客を前にして手抜きをカミングアウトしてんじゃないわよ。
「やっぱり雑なんじゃない」
「見た目重視で綺麗な半球にすると、砂糖が多めになってしまうんですよ。味重視のグリムさんなら、見た目が多少劣っていても、美味しい方を選ぶでしょう。
どちらにしろ、珍妙な見た目のカクテルであることは間違いないのだからいいじゃないですか」
そう言われると、文句はこれ以上つけられない。こいつの言うとおり、見た目が多少綺麗で味が劣るものよりあたしは、見た目が劣っても味が勝ってる方がいい。カクテルに限らず食べ物なら全般的に、その考えよ。
うん、手抜きで雑ってことは撤回しよう。
で、これ、どうやって飲むのよ?
カフェ・ロワイラルの時と同じように一応、あいつの顔を窺って見るけど、全く同じ笑顔しか見えない。
普通に考えたら、砂糖をブランデーの中に入れてから、レモンを絞るってとこかしら?
でも、マドラーは添えられていない。こいつが必要なものを添え忘れることも、わざと添えないなんてアンフェアな真似をするなんて有りえないから、必要ないと考えた方が妥当ね。
マドラーを使わずに、砂糖を混ぜて溶かすにはどうしたら……。
「グリムさん。わかりましたか?」
あたしが顎に手をやって、ニコラシカを睨みつけてそこそこ時間がたったのか、あいつが話しかけてきた。気が長い奴だから、痺れを切らしたんじゃなくて、あたしの方がわからなくて苛々してきたのを察したんでしょうね。
あたしが「降参」と素直に言えば、素直に言った奴に追い打ちをかける奴じゃないから、向こうも素直に飲み方を教えてくれるのはわかりきっていた。
それが、無性に気に入らなくて、素直に降参するのが癪で、あたしは言った。
「わかったわよ! わかるに決まってるでしょ!
マドラーがないってことは、この砂糖をグラスの中に入れた後、レモンで蓋してシェイクするんでしょ!」
「それやったら、出禁にしますよ」
笑顔で、言われて当然のことを言われた。
「わからないのなら、素直に言えばいいのに……。何故そう、墓穴の底で落とし穴を掘って自分で落ちるような真似をするんですか?」
「……掘った先に温泉や石油があるような気がしたからよ」
やや呆れた笑顔でなかなか聞かない表現をしてきたので、その表現に乗った表現で返してみたけど、我ながら意味がわかんない。
「はいはい、拗ねないでくださいよ。ほら、グリムさん。あーん」
頬杖をついてそっぽ向くあたしに、予想外のことを言い出すあいつ。
びっくりしてあいつの方を見たら、ニコニコ笑ってあたしの口に何かを突き付けてる。
それは、間に砂糖が挟まった、二つ折りのスライスレモン。
ニコラシカの上に乗っていた奴。
眼を見開いて唖然としているあたしに、レモンでつんつんと唇をつつき、あいつはもう一度言う。
「グリムさん。あーんしてください」
予想外すぎるセリフと行動に頭の中は真っ白になっていた。だからそのせいだ、きっと。
素直に口を開けてしまったのは。
軽く開いたあたしの口に、あいつは砂糖を挟んだレモンを半分くらい入れた。
そこまで入れられたら、吐き出す訳にもいかないので、そのまま口の中に全部入れる。
「そのまま、甘酸っぱくなるまで噛んでください」
カウンターの向こうであいつは、両手で頬杖を突きながら、やたらと楽しそうな笑顔で指示を出す。
指示通りに、あたしは何度か噛んでみる。
皮ごとスライスレモンを口にしたので、初めはひたすらに酸っぱくて苦かったけど、噛めば噛むほど砂糖と混ざって、程よい甘酸っぱさになっていく。
これだけでも十分美味しいかもと思っていたところで、今度はリキュールグラスをあいつはあたしに差し出した。
ブランデーがたっぷりと注がれた、ニコラシカ。
「そのまま、こちらをどうぞ」
この状態で飲めってか!
あたしが目でそう訴えると、やっぱり楽しそうなまま頷くあいつ。
もうヤケクソであたしは、リキュールグラスのブランデーを煽った。
煽って、口の中でレモンと砂糖、ブランデーが混ざり合った瞬間、目を見開く。
量が少ないとはいえ、何も混ぜてない、薄めていないブランデーだからキツイかと思ったら、そうでもない。口の中の砂糖とレモンが、アルコールのきつさを中和して、いい感じの甘みを生み出す。
でも度数自体は高いから、体がポカポカしていい気分。
そう言えばこれ、ナイトキャップ……寝酒の一種だって言ってたっけ。
あぁ、確かにこれはいいわ。きついけど飲み口はすっきりで、よく眠れそう。
「お気に召されたようですね」
空になったリキュールグラスをあたしから受け取り、あいつはにっこり笑顔で言う。
うん、悔しいけどこれはあたしのお気に入りカクテルの仲間入りね。
「えぇ。これは確かに、混ぜてから飲んでじゃダメね。自分の口の中でいい感じの甘酸っぱさを作ってからじゃないと、本領発揮しないわ」
あたしがあの雑と感じたレモンの置き方や砂糖の盛り方、何で初めに混ぜないの? と思った疑問が一気に解決された。
「あー、いいお酒飲んでいい気分になってきたー」
あたしの好きなチチに、見た目が良ければ味もいいカフェ・ロワイラル、そして新たなお気に入りのニコラシカですっかり上機嫌になる。
「そうですか。それは良い事ですが、今日はもう、これ以上はお勧めしませんよ」
「えー! 何でー‼」
なのにあいつは、ムカつくくらい爽やかな笑顔で、ストップをかけてきた。
「私が今までどれだけ、あなたがお酒を口にするのを見てきたと思ってるんですか?
グリムさん本人以上に私は、あなたの酒量の限界を把握してますよ。だから、今日はもう駄目です」
笑顔も口調も柔らかいくせに、口答えを許さないと言わんばかりのオーラを出して言い切られても、もちろんあたしは素直に言うことを聞く訳がない。
「いいじゃなーい! あたしだって子供じゃないんだから、もうちょっと飲んで酔っても自己責任くらい取るわよー」
カウンターをバンバン叩いて、駄々をこねるあたしに、あいつは苦笑を浮かべて溜息を吐きいてから、あたしに顔を寄せた。
「!」
「子供じゃないから、困るんですよ。私が」
「!?」
いつもより低めの声で、でも脅すようなとかじゃない、なんていうかその……い、色気を含んだ声で言われて、思わず椅子を引いて立ち上がる。
生娘でもないのに、なに初心な反応してんのよあたしは!
自分の反応に穴掘って埋まりたい羞恥を感じながらも、あたしは怒鳴ろうとする。
なのに、声は出ない。金魚みたいにぱくぱくと口を開閉させるだけで、「どういう意味よ!?」とは言えない。
そんなあたしに、あいつはいつもの営業用笑顔で言った。
「酔いつぶれてタクシーまで運ぶのは私ですからね。グリムさんは細くて軽い方ですが、最低でも四〇キロある人をタクシー乗り場まで運ぶのは面倒です。ここからだと乗り場は遠いですし」
…………ほほう。大人だからあんたが困るってのは、そういう意味ですかい。
「っっっこんの、セクハラエロバーテンダぁぁぁぁーっ‼」
「おや、私の言葉をそんな意味に取ったんですか?」
あたしの渾身の叫びも罵倒も、そんな言葉と楽しげな笑顔で流された。
番外編です。たまにこういうカクテルの飲み方や作り方、名前に由来などのうんちく編も投稿していこうと思って、第一弾は特殊な飲み方編。
ついでにグリムさんとバーテンさんの関係をここでちょこちょこ出していけたらいいなと思って書きました。
「お前らはよ結婚しろ」「あ、そういやこいつら結婚どころか付き合ってすらいなかった」と皆さんに思ってもらえるように書いていきたい。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございます!