第四話 冒険者ギルド
街の大通りをしばらく歩くと、それらしい建物が見えてきた。
「……あれが?」
「ああ。冒険者ギルドだ」
石造りの大きな建物。
入口の上には、剣と盾を模した大きな看板が掲げられている。
彰人は、その看板を見上げた。
「…………」
胸が高鳴る。
ゲームの中で何度も見てきた。
冒険者ギルド。
酒場が併設されていて、昼間から酒を飲む冒険者。
壁には依頼書が大量に貼られている。
受付には綺麗な女性。
そして――
冒険者登録。
(……本当にあるんだ)
46歳。
サラリーマン。
妻と二人の子供を持つ普通の男。
そんな自分が、今から冒険者になる。
「なんか……すごいな」
「何がだ?」
「いや、なんでもないです」
彰人は苦笑しながら扉を開けた。
――ガヤガヤガヤ。
「…………!」
一気に喧騒が押し寄せてきた。
「おい! 昨日の報酬、俺の取り分が少ねえぞ!」
「だから魔石の数を確認しろって言っただろ!」
「今日の依頼は薬草採取にするか?」
「朝から酒飲んでんじゃねえ!」
笑い声。
怒鳴り声。
食器の音。
酒の匂い。
そして、あちこちに座っている武装した人々。
剣士。
弓使い。
魔法使いらしきローブ姿の人物。
さらには、彰人が見たことのない種族らしき人物までいる。
「…………」
彰人は目を輝かせた。
(うわ……)
(本当にゲームみたいだ)
思わず周囲を見回してしまう。
壁際には依頼書。
受付カウンター。
その奥には何人もの受付嬢。
そして――
カウンターの一番端。
栗色の髪をした女性が座っている。
笑顔が可愛らしく、いかにも「冒険者ギルドの受付嬢」という雰囲気だ。
「どうした?」
「いや……なんでもないです」
彰人は慌てて視線を戻した。
冒険者が苦笑する。
「初めて見るものばかりか?」
「……はい」
「なら、まず登録だ」
「お願いします」
二人は受付カウンターへ向かった。
「こんにちは。冒険者登録でしょうか?」
受付嬢が笑顔で尋ねる。
「はい。この人を登録したい」
冒険者が彰人を指す。
「かしこまりました」
受付嬢は彰人を見る。
「お名前をお願いします」
「杉石彰人です」
「スギイシ……アキト様ですね」
「はい」
受付嬢は紙に名前を書きこんだ。
「では、こちらに手を置いてください」
カウンターの上に、透明な水晶板が置かれた。
「これは?」
「冒険者登録用の魔導具です。年齢、適性などを確認します」
「……魔導具」
彰人は呟いた。
いよいよだ。
ゲームで言えば、ステータス確認。
もしかしたら――
(俺にも、とんでもない能力が……)
少しだけ期待してしまう。
「それでは」
受付嬢が水晶板に手を添える。
「お願いします」
彰人も手を置いた。
――ピィィィン。
水晶が淡く光った。
受付嬢の表情が変わる。
「……え?」
「どうしました?」
「いえ……」
水晶の表面に文字が浮かび上がる。
年齢。
性別。
そして――
職業。
受付嬢はその文字を見た瞬間、完全に固まった。
「…………」
「…………?」
彰人も水晶を見る。
そこには――
【名前】杉石 彰人
【年齢】20
【種族】人族
【職業】――――――
「……職業のところ、何も書かれてませんね?」
彰人が首を傾げる。
受付嬢は、しばらく黙っていた。
そして。
「……申し訳ありません」
「はい?」
「こちらの職業欄については……」
受付嬢が困ったように微笑む。
「マル秘、となっております」
「…………は?」
彰人は目を丸くした。
「マル秘?」
「はい」
「なんで?」
「私にも分かりません」
「…………」
受付嬢は水晶を何度も確認する。
しかし結果は変わらない。
【職業】――閲覧不可――
「この魔導具で職業が表示されないなんて……」
受付嬢が小さく呟いた。
そして。
ギルドの奥にいた職員を呼びに行く。
「少々お待ちください」
「え? あ、はい」
彰人は取り残された。
周囲の冒険者たちも、何事かとこちらを見始めている。
「おい、何だ?」
「登録で揉めてるぞ」
「職業が出ないってよ」
「そんなことあるのか?」
ざわざわと声が広がる。
彰人は頭をかいた。
(いやいや……)
(俺、普通のサラリーマンなんだけど)
その頃。
ギルドの奥では、職員たちが慌ただしく動き始めていた。
「本当に表示されないのか?」
「はい」
「魔導具の故障じゃないのか?」
「確認しました。正常です」
「なら……何なんだ?」
やがて、一人の初老の男性が姿を現した。
ギルドマスターだった。
彼は水晶を確認し、彰人を見る。
「……ほう」
「何か分かりますか?」
彰人が尋ねる。
ギルドマスターは答えなかった。
ただ、しばらく彰人を見つめていた。
そして。
「杉石彰人」
「はい」
「お前は――」
ギルドマスターが水晶へ視線を戻す。
「この世界で、初めて確認された職業を持っている」
「…………え?」
彰人は言葉を失った。
「そんな職業、あるんですか?」
「だからこそ……」
ギルドマスターは低く呟く。
「職業名そのものが、まだ登録されていないのだろう」
「…………」
彰人は水晶を見つめた。
そのとき。
胸の奥で、何かが弾けた。
(……初めての職業?)
(俺が?)
46年間。
どこにでもいる普通のサラリーマンだった。
特別な才能もない。
剣も使えない。
魔法も知らない。
ただ――
小さい頃から、ずっとRPGが好きだった。
そして今。
異世界で初めての職業を得た。
彰人は、まだ知らない。
この「マル秘」と表示された職業が。
やがて、この世界の常識そのものを揺るがすことになるとは――。
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