薄青の魔女ごっこⅤ
この二人に男女のあれこれは一切ないことを保証します(!?)
あと小説媒体の販売もあるのでよろしければ。カラーイラストのご用意があります。
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エントランスを潜り抜けて五階の自分の家のドアを開ける。
「お邪魔します」
「キッチンはこっち」
家に入ると、たつとともが莉音を興味深そうに見ていた。
「猫飼ってるんだ……しかも2匹」
「あぁ、成り行きで拾ったんだよね」
キッチンに買った食材を広げていく。
そういえば食器類が最低限しかなかった気がするな。
「うわー、使ってない感じする」
いつのまにかともを抱えた莉音がキッチンを覗きにきた。
「あんまり使ってないからね。好きに使って」
キッチンを莉音に任せて荷物を片付けに部屋に戻ると、おかかがベッドの上に寝転がっていた。
「そこ好きだね。もうすぐでご飯だから行くよ」
されるがままのおかかを抱き抱えてリビングに行く。
キッチンでは莉音が鼻歌を歌いながらフライパンを振っていた。
「あ、お皿ある? ……って、まだ猫ちゃんいたの?」
「そこの好きに使って」
おれが指差した棚を開けた莉音の手が止まる。
「一人分しかないの?」
「一人暮らしだから。フォークは多分コンビニで貰ったやつのあまりあるからそれでいいよ」
「そういう問題じゃなくて……」
莉音が何か言いかけて、諦めたようにため息をつく。
一人暮らしならおれの分が揃っていれば困らないし、来客なんて滅多に無い。もし必要になったら買えばいいだけだと思うんだけれど。
「まぁいいや。お皿借りるね」
「どうぞ」
猫用の餌袋を開けながら返事をする。
カリカリと缶詰を混ぜると、待ちきれない様子でたつとともが足元をうろうろした。
「はいはい」
皿を置けば三匹が揃って食べ始める。
「猫のお皿は三枚あるのに」
背後からカルボナーラを持った莉音がぼそりと言った。
「三匹いるから」
餌皿分ないと喧嘩しちゃうしね。
「センパイってよくわかんない」
「おれは莉音がわからないけれどね」
わざわざ幸福の魔女を演じる理由とか。
二人で向かい合って席に着く。テーブルにはカルボナーラとサラダ、それからスープまであった。
「慣れてるね」
「いつも作ってるから。いただきます」
手を合わせてフォークを手に取る。
そういえばカルボナーラは自分でつくらないな。色々面倒だし。
「美味しい」
「ほんと? よかった」
素直に感想を伝えただけで莉音は嬉しそうに笑った。自分で得意って言ってたんだから自信持って出せばいいのに。
「本当に冷蔵庫に何にもなかったね。後で作り置き作るから、ちゃんと食べるんだよ」
「莉音っておれの母親だったっけ?」
「え? 違うけど」
でもまぁ作ってもらえるならそれを食べるだけだからいいか。
「そういえばセンパイは何で幸福の魔女の噂を追っていたの?」
「変な噂が広まった理由が気になったから?」
「何それ」
理由は割とすぐにわかったけれど。
それで今度はなぜそんな面倒なことをしたがったのかが気になって調べていたら、気付いたらこんなことになっている。
まぁ作ってもらったご飯は美味しいからいいか。
それから莉音は宣言通りいくつかの作り置きを作り出した。
キッチンは莉音に好きにさせ、明日出す課題を片付けるために部屋に籠る。
珍しく家に中で誰かの音が時折聞こえる中、二十二時を回った頃ドアをノックする音がした。
ドアを開けると荷物を持った莉音が立っていた。
「冷蔵庫に幾つか作り置き入れてるから、ご飯とかは自分で炊くんだよ」
「それくらいできるよ」
言われなくても必要だったらやるしね。
「じゃあ私帰るね」
お邪魔しました。と莉音が玄関のドアを閉める。
静かになった部屋に視線を巡らせる。
冷蔵庫には作り置き。
シンクには洗われた調理器具。
さっきまで聞こえていた物音ももう無い。
静かになった部屋の中で、そういえば一つ確認しそびれたことがあったのを思い出す。
莉音が会いたがっている幸福の魔女。あれは結局なんなのか。
少し考えてから鍵を手に取る。
今からなら追いつくだろう。
エントランスを出て大学と反対方向に歩いていくと、案の定一人で歩いてる莉音の後ろ姿が見えた。
「一個聞き忘れてたんだけれど」
おれが声をかけると、莉音は大袈裟なくらいに肩を震わせてこちらを振り返った。
「び……っくりしたぁ…」
「そんなに?」
「気配が無いって言うか……それより、聞き忘れたことって?」
「結局莉音の探している幸福の魔女って何」
おれが尋ねると、莉音は視線を少し彷徨わせてから少し困ったように笑った。
「話したら長いよ?」
「じゃあ歩きながらでいいよ」
「……センパイがいいならいいけれど」
二人で並んで夜道を歩く。
時間が時間なせいか、他に道を歩いている人間の姿はない。
「幸福の魔女はね、なんでもお願いを叶えてくれてみんなを幸せにしてくれるの」
「神様とは違うんだ」
「うん。魔女だからちゃんと魔法を使えるしね。学校でお願いを叶えてるのだって魔法だよ」
そう、それだ。
莉音は魔法だと言い切っているけれど、あれは結局莉音の人力だ。それは莉音自身が一番よくわかっているはずなのに、どうして頑なに魔法だの幸福の魔女の仕業だの言い張るのか。
「あれは莉音がやってるんでしょ。何で幸福の魔女とか魔法みたいに見せたがるの」
おれの指摘に、莉音はまっすぐ前を見たまま答えた。
「『いる』って信じたら本当にいるんだよって柘榴お兄ちゃんが言ってたの」
「柘榴?」
知らない人間の名前が出てきたな。莉音の兄だろうか。
大学生になる子にそんな出鱈目を信じさせるあたり、多分こっちも変な人なんだんだろうな。
「うん、従兄のお兄ちゃん。もうずっと会えていなくて、だから幸福の魔女にお願いして会わせてもらうの」
やっと見えた。これが莉音の動機か。
会えないだけなら、それこそ莉音がおれにしたみたいに家の住所でも調べて会いに行けばいい。身内なら簡単だろう。
けれどそれをしないということは多分、住所を持っていない。もっと言ってしまえば死んだ人間かもしれない。
そんな人間に会うために、わざわざ非現実の存在を呼び出すためにここまでやっているのか。
「ふぅん。それで柘榴って人に会えるの」
「会えるよ。幸福の魔女はどんなお願いでも叶えてくれるって柘榴お兄ちゃんが教えてくれたの」
内緒の話をする子どもみたいに莉音が笑う。
幸福の魔女も柘榴由来か。
柘榴という人間は何を思って莉音にこんなことを教えたのだろう。
「だから幸福の魔女の真似してるの」
「真似ってひどいなぁ。みんなは信じてるよ?」
犯行現場を見ていなければ信じ込ませることができる程度には出来はいいと思う。
少し考えればわかることではあるけれど、今大学ではすでに幸福の魔女が叶えてくれるという空気が支配しているわけだし。
「……だからね、センパイ」
一歩前に出た莉音が振り返る。
楽しそうに、無邪気な子どものように――実際幸福の魔女の話をしていると、どことなく幼く見える莉音が提案をした。
「手伝ってほしいな、幸福の魔女を見つけるの」
きっと莉音の中でこうすれば断られないという確信があるのだろう。
けれど。
「え? 嫌だよ」
「即答!?」
当然だった。おれにメリットなんてないし。
幸福の魔女の正体も、噂を広めた動機もわかったのならおれからしたらこの話はもう終わりだった。
「なんで?」
「逆に何でおれが頷くと思ったの?」
「幸福の魔女に興味ありそうだったし……」
「あぁ、もうわかったから大丈夫」
「大丈夫って何!?」
夜の誰もいない道で莉音の声が響く。
これうっかり通報されたらおれの分が悪くなりそうなんだけれど。
「第一、おれにメリット無いし」
「メリット!?」
「うん」
何をそんなに驚いているんだろう。
何かをするなら理由がいる。少なくともおれはそうだ。
「幸福の魔女を探したいのは莉音でしょ」
「それはそうだけど……」
だんだんしどろもどろになる莉音は、化けの皮が剥がれるみたいでちょっとだけ面白かった。
「おれは別に探したくないし」
「でも【怪異】は?」
「【怪異】?」
おれが聞き返すと、莉音はこくこくと頷いた。
「センパイ【怪異】に興味ありそうだし」
「別に」
「嘘だぁ」
即座に返される。失礼だな。
「興味があるというか、見つけたら対処するだけ」
「それを興味があるって言うんだよ」
そう笑った莉音が続ける。
「センパイって知らないものは興味あるでしょ?」
「まぁね」
これは事実なのでわざわざ否定する理由もない。
知らないものを知るのは楽しい自覚はあるし。
「だからね、面白いもの見せてあげる。その代わり手伝って?」
そう言って莉音が手を差し出す。
面白いもの、か。
別に全く興味がないわけではない。
「……わかった」
ただ、興味があるのは幸福の魔女そのものというよりはもっと別の。
「莉音が幸福の魔女に会うために何をするのか興味があるから」
差し出された手を見る。
「面白いと思う内は付き合うよ」
「本当!?」
わかりやすく莉音の顔がパッと明るくなった。
「その代わり」
「うん」
「つまらなくなったらやめる」
「なにそれ」
莉音が吹き出した。
でも条件としては妥当だと思う。
莉音はおれに面白いものを見せて、おれは莉音に手を貸す。
これなら双方にメリットがあると言って差し支えはないだろう。
「じゃあよろしくね、良乃」
「名前呼び?」
別にいいけれど。
「だってお互い協力するなら、先輩後輩じゃなくて対等でしょ。だったらセンパイ呼びしなくていいじゃん」
「好きにしたら?」
実際呼び方なんて自分が呼ばれていると分かれば何だって良い。
「こちらこそよろしく? 莉音」
握った手を離す。
幸福の魔女を探す契約。
冷静に考えるとかなり馬鹿げている。
けれど。
少なくとも今は自分で乗っかった程度には、面白そうだと思った。




