楠野里高校:15
「良太!?」
比奈の緊迫した声で、我に返る。あまりに驚きすぎて思考が停止していた。
「だ、大丈夫。びっくりしただけ」
その場に固まってしまった足を無理矢理動かし後ずさる。少し振り返ると真っ青な顔をした比奈の顔が目に入った。
「大丈夫。怪我はしてない。」
「ほんとに大丈夫なの?」
「ああ」
怪我はない事を伝えても比奈の心配そうな顔は変わらなかったが、少し纏う空気は緩んだ。それを確認し、改めて目の前に落ちてきたイスに振り返る。
(どっから落ちてきたんだ?)
素直に思った疑問に答えるように頭上、外廊下に面した校舎から怒号や叫び声がしている事に気が付く。釣られて声のする方に顔を向けると3階の真上の教室の窓が割れていた。
「あそこから落ちてきたってことか」
良太と同じようなタイミングで、原因の教室を認識した馬場さんが、声にならない悲鳴をあげる。
「あの教室のこと知ってるの?」
様子に気が付いた比奈が馬場さんに質問した。すると比奈や良太に教室の窓を見ていた視線を移し困惑した表情になる。
「……あの教室は確か、まだ異世界転移を認められていない人を集めている教室だったはずです……」
馬場さんの口から語られたそれは、良太たちにとっても当然いるはずなのに認識しないようにしていた存在を再認識させられるものだった。
「ああ、そういうことか。なるほどねえ」
1人で勝手に納得すると、まだあまり頭が回っていないらしい比奈と前川君が怪訝そうな顔をした。
「つまりは、今叫んでるやつが教室から椅子をぶん投げたんだろうよ。多分外で人が歩いてるかもとか考えてないだろうな」
「ああ、理解しました。教室の雰囲気的に急に暴れだしたんでしょうね」
良太の説明で大体わかったらしい前川君が割れた窓を見ながら頷いてくれる。
「とりあえず、イス投げた奴に文句言いに行くか。どっちにしてもなんかまだ暴れてるみたいだし」
「私からもお願いします。もしかしたら手が付けられないのかも」
馬場さんが神妙な顔で頭を下げてくる。
「じゃあ急いでいこう」
ガラスとイスが落ちてきた音で集まってきた野次馬を放置して、4人は教室に向かって走りだす。階段を駆け上って教室の階に着くと、教室の前には多くの生徒が窓から教室を覗き込んでいた。
「ハイハイ、ちょっとどいて~」
人の壁をかき分けて教室に入ると、教室のちょうど真ん中で一人の女子生徒が男子生徒3人がかりで抑え込まれていた。恐らくイスを投げた犯人の女子生徒はそれでもなお、抜け出そうと叫びながらもがいている。
教室を見渡すと明らかに活力なく床に蹲っているのが何人かいるが、それに幾分かマシな顔をしている生徒もいる。そして女子生徒を抑え込んでいる生徒だけではなく、顔に活力があり教室を動きまわる生徒もいた。
「優斗、今どういう状況だ?」
その中に見知った顔を見つける。投げられそうなものをアワアワしながら端に避けていた生徒がこちらに気が付いた。
「良太‼ えっと、会議はまだ終わってないはずじゃ……」
振り返ったのは良太と同じクラスの三浦勇斗だった。
「勇斗、どういう状況? さっきイスが目の前に落ちてきたから確認に来たんだけど」
「え? 下にいたの⁉ けがはない?」
血相を変えて良太の身体を見回す勇斗の顔を引っ張って戻し、話を戻す。
「俺は大丈夫。 それでどういう状況なの?」
「え? あぁあの抑えられてる子が急にイス投げたから止められなかったんだ。その後割れた窓から飛び降りようとしたから拘束してる。」
「そうか。で、勇斗その腕の傷は?」
優斗が身体を見渡している時に気になったのは、制服のシャツが汚れているだけでなく、捲っている袖の下の腕は生傷でボロボロになっていたことだ。
「これは大丈夫だよ。……ここにいる他の人たちも程度の差はあれ、ね?」
語尾を曖昧にしている勇斗の表情をみて察するものはあるが、口からは何も出なかった。
「そんな顔しないで。役割が違うってだけだよ」
「役割?」
「良太が前に出る役割なら俺はサポートをする役割って感じ? そういう意味」
「そうか。迷惑かけるな」
「謝る必要はないよ。モンスターと戦うよりはマシってだけだから」
「……そうか」
良太はそれ以上何を言えばいいかわからくなって口をつぐむ。その様子を見ていた勇斗は笑いながら拘束されている女子生徒に目を向けた。
「あの子が投げたイスが落ちてきたってことだよね。ずっと泣きながら教室の端で蹲ってるだけだったのに急に暴れだしたから止められなかった」
「急に暴れた?」
「うん。抑え込んでる3人の横にもう一人いるでしょ? あの子がここに来てからずっと一緒にいたからこの教室だと安定してる方だと思ってたんだ」
その言葉を受けて良太も取り押さえられている方を見る。確かにいまだ暴れている女子生徒と抑え込んでいる3人、そして女子生徒に必死に声を掛けているもう一人が目に入った。
「放せ!! 痛い!!イタイ!!イタい!!」
「暴れてる間は放せるわけないだろうが!! 暴れるのをやめろ!!」
抑え込んでいる1人が叫ぶ。取り押さえられている女の子は解放されようともがくが、3人がかりで抑え込んでいるのは伊達ではなく見事に封じ込めていた。
「落ち着いて! 深呼吸!深呼吸!」
「痛い!!イタイ! 放せよ!」
「落ち着いて! お願い!暴れるのをやめて!」
この教室に来てからずっと支えていたという女子生徒がなんとか落ち着かせようと必死に声を掛けているが、うまくは行っていないようだ。
「ずっとあの子が元気を出させようとしてたんだけど、あんまり効果はあんまり」
「なるほどな……」
他の人がどうなのか気になり見渡すと、明らかに憔悴している子の隣に介抱をしている子がいるのは何組かいた。
「なんで暴れたのかはわかってるのか?」
「分からないけど、窓割ったんだから、まあ……」
「その認識は一緒なんだな」
「そりゃね。急に窓開けられるよりは気付けたのが幸いかな」
勇斗は少しおどけたように言ったようだが、その声色は底冷えするほど真剣そのものだった。
いつも「この世界で何を求める」を読んで頂きありがとうございます。七支刀です。
6月は忙しくなることが確定してしまい、執筆の時間も捻出できません。そのため6月は丸ごと定期投稿をストップいたします。よろしくお願いします。
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