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4 人生なんてわからない

というわけで第四話です。これで完結です。


「その必要は御座いません」


 王と侍従長は、開いたままの扉を見た。


 当の元婚約者。ソフィア嬢がいた。


 地味な服に着替えているのは、ここへ来た事を余り知られたくないのだろう。

 それとも、そう思わせる手か。


「お人払いをお願いします」


 王が目で合図をすると、侍従長は一礼し部屋から出て行く。

 向こうからやって来たということは、どうするか決まっているという事なのだ。


「このたびは息子が迷惑を掛けた。息子に代わってお詫びをする」


 王が頭を下げると、ソフィア嬢は顔を伏せて。


「いえ。これは殿下とわたくしの間のこと。

 わたくしの不徳が招いたことでございますれば、

 陛下に責任は御座いません」


 王は先が思いやられた。


 金銭の補償をせずに済んだとしても、大きな借りを作った事になるからだ。


「それに、いつかこんな事になるのではないかという予感はしておりました」


「ほう」


「わたくしを見る目に、隠そうにも隠せない敵意がありましたから」


 王は思った。


 これは察していたな。と。


 フィリップよ。完敗だ。


「……証拠の書類は始末するように手配しておいた」


 王がわざわざ言わずとも、向こうは既に知っているだろう。

 これは、あの記録を使って有利には立とうとしないという示唆だ。

 

「そうでありましょう。陛下ならそうなさっておいでだろう、と拝察しておりました」


 済ました顔で言われる。

 計算のうちと言うわけだ。 

 完全に相手の手の内だが、表面的に見ればしでかしたのは王子なのでお手上げである。


「貴方の御実家ブルゴン公の意向は?」


「陛下に一任しろとの事でございます」


 王は椅子に体を沈めた。



 一任か。


 おそろしいことだ。ワシが王にふさわしいかと試してくるとはな。

 息子を斬り捨てた上に、さらに求められるとは。


 フィリップとあの女の始末をつけた以上。残る問題は目の前の婚約者殿だ。


 多数の人目にさらされた婚約破棄宣言。しかも王族からだ。

 それが根も葉もない物だということになったとしても、彼女の名誉は大いに傷つけられた。


 ほとぼりがさめれば、この才女に新たな縁談が来るのは間違いないが……それでも家格的には、一段以上劣った相手とになる。

 腐っても王家、家格だけなら一番なのだから。


「もし――」


 もし意中の相手がいるなら、と言いかけて飲み込む。


 彼女は理解している。


 そのような自分の立場を危うくする人間を作るわけがない。


「わたくしに意中の相手がおりますれば、その方との婚約を認めていただけますか?」



 王は眉をびくり、とあげる。

 余りにも意外だったからだ。


 いや、と思い直す。


 恋は意のままにならぬもの。陥った時に気づくもの。

 心のうちにあっても、あらわさなければいいだけのことだ。


「その方は、自分の立場をよくご存じであり、力の使い所も、物事の斬り捨てどころもよく分かっておいでの方でございます」


 王は見事な銀の髭を少し撫でて考える。


 悪くない相手だ。こうまで彼女が言うのだから、少なくとも有能ではあるらしい。


「王家の者が貴方に多大な迷惑をかけた以上、ワシとしてはどんな相手であっても認めるしかない」 


「もしかしたら大貴族の当主のどなたかか、その係累であるかもしれませんよ?」


 そうであれば、この王国の権力構造に激震が走る。


 だが、と王は考える。

 この聡明な元婚約者は、そのような愚はしまい。


 だとすれば、ここまで名前を出さないということは、下級貴族の誰かか。

 それはそれで厄介だが、大貴族の係累に嫁がれて国が揺らぐよりは増しだ。


「認めるしかあるまい。

 もっともワシに認めさせても、そちの親や親族が認めねば、茨の道ぞ」


「では、わたくしを陛下の妃にしていただきとうございます」



 王は口を半開きにして呆けた。

 威厳も何もなかった。


 そこには王ではなく、呆然とする中年の男が座っているだけだった。



 落ち着け。落ち着くのだ。


 王は、なんとか理性を掻き集めた。



 ワシは既に50代後半、ソフィア嬢は22釣り合いが悪い。悪すぎる。

 王妃が亡くなってから10年。

 それ以来、男としての生殖能力を発揮した事はない。

 そんなワシが、こんな若い女子と――


 いや。重要なのはそこではない。


 王はかぶりを振った。


 そこではないのだ。


 いかに王家を存続させ、かつ、国の安定を維持するかだ。



 一見、突拍子もない提案。

 だが、よくよく考えてみれば、一番おさまりがいいのだ。


 王家にとっても貴族達にとっても、間をつなぐ婚姻は必要である。

 そして、今や王家の人間は王しかいない。しかも王妃は十年前他界し、側女、愛人はいない。

 彼女は王家の立場も運営もよく知っている。そのために勉強してきたのだから。

 それに、王子がいなくなった以上、それより上の権威があるのは、王であるシャルル2世しかいない。



「そなたの望みを認めよう」


 そう告げた時、王は王以外の何者でもない顔をしていた。


「陛下ならそう仰ってくださると考えておりました」


「すぐ、というわけにはいかんぞ」


「承知しております。陛下が王子から婚約者を奪った、などと噂されては外聞が悪いですから」


「断腸の思いで王子を処断したワシと、婚約破棄を突きつけられる屈辱を味わったそなたが、

 お互いを慰め合っているうちに、とすれば、そう不自然でもなかろう」


「賢明なご判断でございます」



 それは実質的に婚姻が決まった男女の会話ではない。

 高い地位にある男女の政略だった。


 王子と娘が抱いていた真実の愛から最も遠いものだ。

 いっそ心地よいと評せるほど遠い。


 肝胆相照らす遣り取りは、王にとって心地よいものだった。



 彼女は、ワシにとって勿体ないくらいの王妃となるだろう。

 もちろん、いわゆる白い結婚であろうが。

 十中八九、ワシはソフィア嬢より先に死ぬ。

 その時、彼女が未亡人として摂政となれば、ワシよりよくやるに違いない。

 王家の血を引き、更に国の安定を乱さぬ所から養子をもらい、立派に教育してくれることだろう。


「陛下。先程の勇姿。素敵でしたわ」


 その熱を帯びた声に、王は思わず目の前の若い女の顔を見た。

 その瞳は妙に潤み、熱いまなざしが王をじっと見つめている。

 主に上半身を。鋼のごとき筋肉に鎧われた肉体を。


 王は今更気づいた。

 事態の進展が急すぎて、上半身裸体のままであることに。


「実は、わたくし、逞しい殿方が好きなので御座います。うふふ。

 望みが叶いそうですわ」


 その瞳は明らかに、好みの異性を見つめている瞳だった。

 白い結婚では済みそうにない、と王は悟った。


 だが、それも悪くない。



 2年後、シャルル2世は王妃を迎えた。

 ふたりのあいだには三人の子供が生まれた。

 王が亡くなったあと、王妃は摂政となり、子供をよく後見し天寿を全うした。


 その後、国を治める貴族達の顔ぶれは幾度も変わったが、王家が王家であることだけは変わらなかった。


 国に議会ができても、貴族が消えても、王家だけは残り続けた。



 そして今でも続いているのです。






誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂ければ幸いでございます。


宜しくお願い致します。


他の投稿した小説も読んでくれたらうれしいです。

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― 新着の感想 ―
初期フランスかと思ったら天皇かよ!  最終話がよかった!
[一言] 綺麗に納まった結末でした やらかした王子は どうしようもないですが 為政者が清濁合わせ飲めないのなら どの道先はなかったでしょうし 目先のことのみに囚われて 突っ走ったので致し方なし パ…
[一言] 史実の神聖ローマ帝国とラピュタの親方を思い出しましたw
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