魔法手帖九十三頁 ステータス(その5)と化身、目指せ!!驚異の五段紡ぎ
明かり窓から光が差し込む。
うーん、ちょっと目を酷使したかな。
作業部屋のソファーに横になると目を閉じた。
脳裏には前の時間に確認した自分のステータスを思い浮かべる。
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エマ / Age17
HP:11254/14067
MP : 28669/32875
攻撃:16(+)
防御:22(+)
魔法攻撃:87(+)
魔法防御:105(+)
〈戦闘スキル〉
神聖魔法:Lv.3 / 火魔法:Lv.3 / 風魔法:Lv.2 / 水魔法:Lv.3
/ 土魔法:Lv.3 / 闇魔法:Lv.3
〈生活・生産スキル〉
魔法紡ぎ:Lv.MAX / 料理:Lv.4 / 掃除:Lv.4
〈固有スキル〉
完全防御 / 空間魔法(収納)/ 全言語翻訳・全言語通話(一部解放)
/ 全能力向上:Lv.3 / チャンス到来:Lv.3 / 魔法手帖:Lv.4 / 女王の魔眼 /
〈契約精霊〉
精霊(光属性): グレーステレジア・ロザリンド・ウィンザ・オーロスティファール
大精霊(光属性): シロ(一部解放)
〈ギフト〉
魔法手帖(未開封) /
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MPの増えかたが尋常じゃないんだけど、こんなものなんだろうか。
戦闘スキルが上がっているのは狩りの恩恵だろうな、うん。
しかも魔法手帖が Lv.4まで成長しているなんて…実感のないままレベルだけ上がって寧ろ怖い。
正直危険だな、とも思う。
そろそろ技術的なスキルについて相談できる存在が必要かな。
そう思った瞬間、目の前に浮かぶ端正な顔立ちに…驚いて思わず目を開ける。
うーん、厳しく指導されたトラウマか?
「やっぱりサナに相談してみよう。」
連絡手段もらってるし。
厳しくとも愛のある指導をしてもらえそうだ。
「ん?エマ、サナに連絡するの?」
「うん。お昼休みに連絡するつもりだけど、何かある?」
私の膝に頭を載せてのんびりとしていた白い毛玉の瞳が輝いた。
相変わらずのタレ目…何でだろう、妙に安心する。
「連絡するついでに外へ出掛けたりする?」
「今のところその予定はないけど…出掛けたいの?」
「うん、お酒買いたい!闇のと飲むの!!」
「お酒か…私、見た目が幼いからすんなり売ってもらえるかわからないよ?」
アントリム帝国のようにサナがいれば問題なく売ってもらえるんだろうけど。
彼女と予定が合えば外で待ち合わせして、お夕飯食べつつお買い物でもするかな?
「うん、それなら大丈夫だよ!奥の手があるから。」
「そう?なら今日は外で食べようか。」
私の不安をよそに、自信たっぷりな仕草を見せるシロ。
明日は待ちに待ったお休みだし、ちょっとのんびりするか。
奥の手…という言葉が気にはなったものの、丁度休憩時間が終わったので確認しなかったんだよね。
それがまさかこんな事態になるとは。
夕刻。
屋台の白いテントが市場のメインストリートの左右にずらりと並ぶ。
薄闇の中、仄かに揺れるランタンの明かりがまるで祭りの夜を思い起こさせる。
日中はわりと過ごしやすいのだけど、夜となればむしろ冷えるくらいだ。
軽く羽織った上着の襟元を引き寄せる。
お昼休み、サナにダメ元で連絡してみたところ、予定を合わせてくれたらしく、丁度明日がお休みというカロンさんと合流して屋台でお夕飯を食べることになったのだが。
「エマ!あのお菓子が食べたい。」
私の右手には銀色の髪を持ち、抜けるように白い肌と金の瞳を持った光輝くばかりの男性がしっかりと手を繋いでいる。
麗しい声が空気を震わせる度に道を歩く若い女性が皆一斉に振り向く。
垂れ気味の目元が可愛らしさを、造作の整った顔と長い手足が大人の色気を醸し出すという絶妙なアンバランスさが魅力的ですね。
…ええ、ご想像の通りシロですけども。
私にわしゃわしゃされて腹を丸出しにする、あの白い毛玉ですよ。
そして左手には。
『何度か来ているが、来る度に店が変わって面白いぞ。おや、エマ。あの店は酒を扱っているようだな。早速寄ってみよう。』
軽く私の手を握り優しく引き寄せる美しい男性が一人。
闇夜を思わせるような漆黒の髪を肩の少し下辺りまで伸ばし、首筋の辺りで軽く結んで纏めている。ほどよく日に焼けたような褐色の肌、吸い込まれそうに深い黒の瞳はまるで黒曜石を思わせるような神秘的な輝きを放つ。
そして極めつけはそのセクシーな声…思わずうっとりと聞き惚れてしまうほど甘く響く。
こちらは歳上のお姉様方や屋台を見物に来たと思われる淑女の皆様の視線を根こそぎ浚っていく。
…ええ、ご想像の通り主様です。
シロが誘ったようですね。
上司からリフレッシュ休暇をもぎ取ってきた!とはしゃいでいた、しがない黒い毛玉ですよ。
「どこかの国の王族の方かしら?」
「もしかして今話題の歌劇の演者ではなくて?」
想像力を逞しくされていらっしゃるレディの皆様に土下座して謝るレベルだな、これ。
「あら、エマどうしたの?随分と遠い目をして。」
すっかり買い食いという庶民の流儀に慣れたサナが右手に串焼きをしっかりと握りしめている。
馴染むの早すぎだと思うよ、サナさん。
食べ方には、どことなく品があると思われるが、これがまさか元公爵令嬢だとは誰も想像できまい…まあ良いことなんだけどね。
「いや、こう目が眩しいというか視線が痛いというか。なんか現実逃避しても許されるんじゃないかな、今なら。」
「ああ、あの人達ね。連れてきた貴女が一番衝撃受けてるってどう言うこと?」
「ぶっちゃけ、あの容姿は想定外だったってことよ!」
「容姿知らないなんて文通でもしてたの?意外と地味ね。」
「いやーっ!これ以上地味って言わないで!」
さっきからすれ違う女性達が私に向かって地味だ、地味だって…。
毛玉のクセに年頃の女子より輝いてるなんてどういうことよ!
そうです。
心置きなくお酒を買うためにシロと主様は奥の手を使いました。
魔人さんが使った変化の術よりもっと高度な魔法。
"化身"ですね。見分けがつかないほど上手く人間に化けるのは高位の魔法が扱えるレベルでないと無理なんだとか。いや、でも目立たないように化けてるんでしょう?逆に目立ってどうするんですか?!
「だって普通に変身するとこうなっちゃうんだもの。」
『手を加えずとも、こうなってしまうのだから仕方あるまい。』
おや、ここに美しさを磨くため日々頑張る女子の敵が居ましたね。
…毛玉に戻ったら腹の毛わしゃわしゃしてやる。
「そういえば主様。二十三階層の主さんの件なんですけど。」
サナがカロンさんに呼ばれ離れたところで、声量を落とし主様に確認する。
主様がするっと結界を張り、外部から会話を遮断する。
『難しいな。』
「それはどちらの意味で?」
『両方だ。お前の案を採用した以上、疑いはせぬが未だ信じきれぬ。』
「そうでしょうね…提案するかどうかも迷いましたから。」
『まさか王族に連なる者達の中に手引きした人物がいるとはな。』
ーーーーーーー
時は遡る。
「オリビアさん、まだダンジョンから戻ってこられないの?」
二十三階層の主がいないことが発覚し、それから一夜明け、お昼休みの時間になっても姿が見えないとは。
捜索が難航しているのかな?
「うん、リィナと二人で各階層を端から端まで探しているそうなんだけど、見つからないみたいで。恐らく…。」
ダンジョンから持ち出されたか。
もしくは痕跡が残らないように破壊し尽くされたか。
盗難防止用の魔紋様は冒険者や研究者等、あくまでも一般的な人間に対して適用されるもの。
百鬼夜行で追い立てられる、という行為も魔紋様が反応してこそ発動される現象の一つ。
だけど裏を返せば魔紋様が発動しなければ何も起こらない。
「魔紋様の無効化。」
わりと最近見たよね、これ。
ダングレイブ商会の件と根っこは同じかな。
膨大な魔力量を必要とする代わりに効果を無効化できる力業。
粉々になった書籍の行方も破砕されたとすれば一応説明はつく。
さて、どうしようか。
「休憩時間残っているから、オリビアさんの所に様子を見に行ってくるね。」
「あ、そう?じゃあ何か必要なものがないかついでに確認してきて!」
「うん。了解。」
台所で大人しく日向ぼっこをしていたシロと本の形態になっているグレースを抱えてダンジョンの入り口へと戻る。この禍々しい様相の扉絵も、こう何度も出入りしていれば部屋の扉程度の認識に変わってくるから不思議だわ。慣れとは恐ろしいものだ。
「グレース、どう?充電できた?」
ダンジョンの中に入ると手に持った本…グレースに声をかける。
精霊体に戻った彼女を観察すれば、心なしか今まで見た中で一番光り輝いている。
「やはり日の光というものは素晴らしいですわ!!魔力の器が満たされた上に長い間に蓄積された澱も浄化されましたから、心置きなく務めが果たせますわ。さ、お嬢様!私にご命令を!」
そしてやる気に満ちていた。
う、うれしいけど、適度にね?
「二十三階層のセーフゾーンに転移してくれる?」
「勿論です!」
すごいな…お日様パワー。転移の速度まであがった気がするよ。
二十三階層のセーフゾーンに到着すると扉は閉められているから中の様子は伺えないものの、擦れるような微かな物音が聞こえる。
「オリビアさん、いらっしゃいますか?」
扉に向かって声をかけると蠢く物音がぴたりと止み、やがて内側から扉が開かれた。
「エマさん、どうしたの?何かあった?」
疲れ切った様子のオリビアさんの後ろに、同じような表情のリィナちゃんが控えている。
うわ、これは相当切羽詰まってるな。
「今もう日付が変わっていて、しかもお昼時なんですよ。食欲はないかもしれませんけど、軽く食事にしませんか?生意気言うようですが、もしかしたら相談に乗れることもあるかもしれませんし。」
「もうそんな時間なの…そうね。ならばそうしましょう。…リィナもね。」
「はい、オリビアさん。」
遠慮しそうになるリィナちゃんを連れてオリビアさんがセーフゾーンに戻ってきた。収納からお粥を取り出す。やっぱり胃に優しいものって言ったらこれだよね!!
「これは?リィナの作ってくれた料理に似ているけれど、雑穀の色が白いわ…それにこのお鍋、変わった作りね。」
「はい、精米された白米という種類のお米を使ったお粥です。あとこの鍋は土鍋、と言います。煮る、炊くが出来る優れものですよ!」
はい土鍋、ゲットしました。
サミュエルさんのお店で『お米を買った人にはこれを勧めておけって』の件で手に入れたのがこれ。使ってみたら…普通の土鍋でした。
なお、この場合の普通であることがどれだけ素晴らしいことか私の感動を想像してみてください!それからもう一つ。
「ついでに玉子焼きも作ったので、食べられるようなら食べてみてください。」
本当は出汁を入れて玉子焼きを作りたかったんですがそれが出来なかった代わりに。
出汁の代わりに、ほんの少し"醤油"を足しました。
甘い玉子焼きが好みの方には不評かもしれませんが、これはこれでなかなか美味しいものですよ!
そして皆様、お気づきですね。
そうです!この醤油がサミュエルさんが調味料の棚から取り出した、勧めておけシリーズのもう一つの品。さすがにこちらは素材の味が微妙に異なるので、元の世界の醤油と同じものがすんなり出来なかったようです。ですが醤油に近い味わいになっていて、試行錯誤の跡が伺える品となっておりました。これを作った定食屋さんのご主人、本当に尊敬します!
さて、見慣れない食事ですが、少量づつ出して二人の前に並べた後、見慣れたものがあった方がいいかと、野菜のピクルスやハムといった最近定番のおかずを並べる。
はいどうぞ、召し上がれ。
初めは食欲が無さそうだった二人だったけれど、食べ始めればお腹が空いていたようで順調に匙が進んでいる。うん。血色も戻ってきたし、自身を追い込んで解決する問題でもないしね。先ずは食事で栄養補給してから考えましょうよ。
そんなわけで、暫く二人が食べるのを見守りつつ華茶を入れる。ポットの水を温めるために魔紋様へ魔力を流しているとオリビアさんが呆気にとられたように手元を眺めているのに気が付いた。
あら、どうしました?
「エマさん、いつの間に重ね紡ぎが出来るようになったの?」
「あれ?言ってませんでしたっけ?わりと以前から挑戦してて、今現在は重宝に使ってますよ。本当は魔道具に仕立ててもらった方が安全だし効率がいいのはわかっているんですけど、紙媒体だと嵩張らないので持ち歩きに便利なんですよ。」
そう言って、重ね紡ぎの試作品を何種類か収納から取り出して見せる。
偉そうなこといってますが、元ネタは電気コンロに洗濯乾燥機等各種家電品ですけどね。やっぱり世界を違えても便利と思うものは一緒なんです。
「どうしよう…お金儲けの香りが…。」
暫し無言で魔紋様を見つめていたオリビアさんが、やがてうっとりとした表情で天井を見上げる。
空からお金が降ってくる夢でも見てるんだろうな、きっと。
ん?
「でもオリビアさん。コンロみたいなものとか、洗濯機みたいな魔道具って既に売ってませんでしたっけ?」
時々新製品とか表示がでて、さらっと売れていくから目に留まった回数は少ないけど確かあったような気が。
「あれは重ね紡ぎではないから複雑な調整が出来ないのよ。例えば火を起こす魔道具なんか魔紋様に魔力を流して火をつけた後、魔道具のスイッチで消す程度のものなの。ちなみにエマさんは何工程まで重ねて紡げるの?」
「何工程まで、ですか。」
正直、私は起点の魔紋様の効果と魔法紡ぎLv.MAX様に『願うだけ』で後はお任せだから魔紋様入門の入門編と応用編に書いてあった内容以上に魔法紡ぎの知識はない。でも工程を意識して紡ぐのは三段までじゃなかったかな? 例えば火をつけて、温度を調整、火を消すみたいな単純なもの。うん、これで答えておこう。
「三段までですよ。」
「…嘘ね、もっと重ねられるでしょう?」
「あれ?四段までいけたかな?」
「もう一声!」
「じゃあ五段!」
ちょっと待て、今変な合いの手入ったよ?!
出来てるかどうかもわからないのに言っちゃったよ、どうしよう?!
「すごいね!王国史上五段まで紡げた魔法紡ぎいなかったよ!それよりも魔法紡ぎ界初じゃないですか?」
「決まったわ!新製品の見出しは『驚異の五段紡ぎ』でどう?!」
「売れますよ!!オリビアさん!」
「いや、駄目でしょう?!」
リィナちゃん、貴女の目で出来るか検証しようね?しかもオリビアさん、どこかで聞いたことあるようなキャッチコピーだな、おい。
というか貴女達、それどころじゃないでしょう。
「その前に二十三階層の主さん見つけないと駄目なんじゃないですか?!」
「「…。」」
二人とも、一気に落ちた。
しかも落ちすぎて背後に闇が見えるレベルで。
しまった…さっきまでのやり取りは空元気だったか。
そりゃそうだよね、管理者として大事にしてきた書籍が奪われたんだもの。
無言のまま、食器を片付ける音だけが響く。
「…状況によっては、なんとか出来るかも知れませんよ?ただし、上手くいく保証もなければ、書籍の魂というのでしょうか、そういうものが既に失われていたら当然出来ません。それから…書籍としては取り戻せても、魔人さんのように実体化することは二度と出来ないかもしれません。こんな不確かなやり方でも…試してみますか?」
オリビアさん達が勢いよく顔を上げる。
とはいえ余り期待させて出来ないとなると更に落ち込むから、期待はしないように釘を指しておく。勢いよく頷く二人を見て、本当に行き詰まっていたんだと言うことがわかる。自信はないんだけどな。とにかく今は一刻も早く作業に入れる状況を整えないと。
「主さんの粉砕された部位…粉状でもいいです。出来るだけ多く集めてください。それから書籍用のインク。これは専用の物なら何でもいいですよ。作業に使うだけですから。」
それから、たぶんアレが必要になる。
これは私が持っているから持ってこないと。
まさかこんな風に使うとは思わなかったな。
「わかったわ、用意する。…それで貴女は何をするつもりなの?」
「効果で言うなら、オリビアさんに渡した自己修復機能のついた魔紋様のさらに高位ですね。書籍の記憶を頼りに全てを"再生"させます。
もう一度、書籍に命を吹き込むんです。」
もうちょっと、ダンジョンで頑張ります。




