魔法手帖九十二頁 魔石と鳥の羽、ロランとひよっこ共
サルト=バルトニア王国 王城謁見の間にて。
袋から取り出した複雑な色合いの魔石をアンドリーニは繁々と眺める。
隣では深くため息をつく少年の姿があった。
「…あの規格外が。」
「申し訳ございません。本人の技術習得の助けになればと渡した魔石がこうなるとは。」
「あ、いや。貴方達を責めているわけではない。」
珍しく歯切れの悪い少年の返事に二人は目を見張る。
そしてアンドリーニはそんな少年の横顔を面白そうに眺めていた。
「我が王。発言をお許し頂けますでしょうか?」
唐突に扉を開け姿を現したのはテスラ伯爵。
王に向かい膝を折る彼に対しアンドリーニは発言を許可した。
「彼はダンジョンに女王を閉じ込めておけば大人しくしていると思ったのですよ。」
彼、とはこの少年のことを差す。
少々砕けた口調で話し出す彼に対し、当事者である少年は渋い表情を向ける。
「そこまで甘く見ていませんでしたが、まさか狩りに行って難癖をつけられた上にあのダングレイブ商会に目をつけられるなんて展開になるとは想定外でした。」
「おや、王左ともあろう方がご存じないとは。彼奴らが目をつけていたのはもっと以前からですよ。」
真顔のまま口の端だけで器用に笑うテスラ伯爵を一瞥し溜め息をつく。
そして少年は王に向かい執務室の方を指し示めす。
「彼から報告があるようです。場所を移しましょう。」
「いいだろう。続きの報告は執務室で受けよう。双星の二人も一緒でいいだろうか?」
「はい。問題ございません。」
少年を先頭に執務室へと移動する。
例のごとく目視で入室許可を与えたテスラ伯爵と若干ひきつった笑顔で少年は向き合う。
「…普通通りにしていただけると助かるのですが。」
「普通通りとは?」
「…。」
「あんまりいじめてやるな。テスラ伯爵…いや、元宰相ロラン・オーディアール。」
「いや、この表情がみたくて、ついな。」
うって代わった親しみやすい表情で声を上げて笑い、ついでに少年の頭をぽんぽんと軽く叩く。
それを邪魔そうに振り払う少年と二人のやりとりを見てニヤニヤ笑う王と。
そして色んな意味で呆然と立ち尽くす双星の二人。
「ロラン…オーディアール様?!」
このテスラ伯爵と名乗る人物…実はロラン・オーディアールその人であった。
息子の起こした不祥事の責任を取り、無役で無爵位のまま自主的に牢へ閉じこもっていた変人が、どんなきっかけがあったのか、いきなり動き出した。
曰く『準備しておいたから楽勝だな』。
結果呆気にとられる周りを余所に跡継ぎ不在のため断絶しかかった家の名ばかりであった伯爵位を継承し、ついでとばかりに補佐官の位を受け、ここに至るというわけだ。
「オーディアールとは縁を切ったし、名の方も今は偽名を名乗っている。だからこの場は適当に…家名か爵位で、若しくはロランと呼んでくれ。」
「それで、ロラン様が何故ここに…。しかも先程まで別の人であったような気が。」
「ん?ああ、これのおかげだよ。」
ひらりと手元に翻る魔紋様の印字された紙。
「女王にもらった!!」
エマが情報を拡散するため、ロランを酒場に、サリィを市場に差し向けたとき『念のため暈しておきましょう』という謎の言葉と共に渡したのがこの紙。
僅かな量の魔力を流せば本人とわからないように変化させてくれる。
上手く騙したとばかりにロランが魔紋様を見せびらかすと、本人を除く全員が微妙な表情でそれを眺めている。
後で魔道具に仕立ててもらうらしく、いい歳をしたオジサンが子供のようにはしゃいでいる姿は何かこう、言葉に表すことが難しい。
まあ、本人はとても楽しそうで、それだけは良かったなと。
「それには認識阻害と色素変換が紡がれてますね。」
「認識阻害はわかりますが、色素変換で、ですか?」
話題を変えるように、じっと眺めていたディノルゾの問いに少年が答える。
別名"鳥の羽"とも呼ばれる魔紋様の効果は素材への光の当たり具合により緑が青に、黒が茶色へと使用者の望む色合いに変化して、変化後の色を継続的に相手へ認識させるというもの。自然現象と弱い精神干渉を利用したとされる高度な魔紋様をエマはさらに改造し、全体に対する認識を曖昧にした上で、色素変換を髪と瞳に対してのみ反応するようにした。
「彼女曰く、これだけ色彩豊かな人が多い地域なら、初対面の場合髪や瞳の色を人物の情報として得ようとするのではないかと。だからその情報をすり替えて不確かなものにする事が目的らしい。」
「髪と瞳の色だけで別人と認識させるということですか。」
「要は俺と判らなければいい、その程度のざっくりした効果に限定したんだと。第一に相手が不自然に思わない事が肝要だから変化させる場所を絞ったんだとさ。全体を大きく変えてしまうと流石に違和感が出てくるらしい。」
ロランから『まだ実験中のものらしいぞ』という台詞を聞いたディノルゾは目を輝かせる。
研究者は実験中と聞くと興奮するらしい。本題を忘れ瞳をキラキラさせながら魔紋様を観察している。
「そろそろ話を戻しても?」
笑顔のままで、ひんやりとした少年の声が響く。
誰もが少年から視線を逸らす中、沈黙を破ったのはアンドリーニだった。
「それで次代の魔法紡ぎの女王の存在はどこまでバレているんだ?」
「ダングレイブ商会が今も帝国と繋がっているのなら、ある程度までは把握されていると思った方がいいですね。」
少年が指を折って数える。
性別、容姿の特徴、能力、そして。
もしかすると魔法手帖の存在も、と。
「どんな魔紋様を魔法手帖に紡いでいるのか、…魔法手帖のレベルがどの程度なのか。残念ながらそれはエマしか知りません。」
初代女王の手記によれば、魔法手帖にはレベルが存在するらしい。
困難とされる魔紋様を数多く紡ぎ、それを転写し活用すればするほど魔法手帖は輝きを増し、レベルが上がるそうだ。
「レベルは恐らく使用者への特典となる機能が追加されることに繋がると思われます。」
「つまり魔法手帖は紡ぐだけでなく、使わなければならないということか。」
もしくは、レベルを上げるために使わせなければならない、か。
「…彼女の身が危険だな。」
アンドリーニの言葉に少年が頷く。
異世界人特典の不幸の連鎖は『本人が拒絶する』ことで成立する。
本人が進んで協力する場合は発動しないのだ。
暫し沈黙が場を支配する。
やがて考え込んでいたロランが、ポツリと呟いた。
「なら俺と結婚させるか。」
再び沈黙が支配する。
…若干、別の方向に。
「普通に犯罪だと思うぞ?ロラン。」
「最近耳の調子が良くないみたいで…イマイチよく聞きとれなかったというか、聞いてはいけないものを聞いてしまった気がするというか。」
「…年下の女性を好まれるとは思いませんでしたが。」
「いっそ異世界人特典で呪われてみれば思い知るのでは?」
「ちょっと待て。お前ら、俺のことを何だと思ってる?」
王だけでなく、ディノルゾ、ゲイルからも憐れみを込めた視線を向けられ、さらに少年からは汚物を見るような視線を向けられる。
そんな清々しいほどに孤立無援の状態でもロランは余裕の表情を崩さない。
「この異世界に暮らす間だけテスラ伯爵家の人間と婚姻関係にあるとすればいい。一年もすれば彼女は異世界に戻る予定なんだろう?婚姻関係にあるということを彼女に知らせなければいいだけだ。それに知られたとしても彼女なら簡単な説明程度で納得してくれると思うぞ。俺にしてみれば、そもそも彼女の身分が一般領民の扱いのままであることの方が驚きだ。いいか、彼女は次代の魔法紡ぎの女王なんだぞ?女王が守る者も少ない状態でダンジョン内にひっそりと暮らしていることがどれだけ異常なのかということに、お前ら本当に気付いていないのか?」
厳しい言葉は期待の裏返し。
そしてもうひとつ。
…義務を怠った者への怒り。
視線は真っ直ぐと王の盾である自分に注がれている。
少年は覚悟を決めて口を開く。
「彼女が自由に暮らす事を望んだから、です。」
「なら、何故この国から彼女は出ていかない?旅行でも、転居でも理由などいくらでもつけられるのに何故今だこの国に暮らしているんだ?元にいた世界へ戻る、その道が開かれるのは一年後。そしてその事を彼女は知っている。さらに彼女ほどの魔法紡ぎの腕があれば、他国でも充分に暮らしていけるだろう。それでも彼女は何故三ヶ月、こちらの都合に振り回されてダンジョン内に押し込められても、この国に留まることを選んでいると思う?」
「…。」
「彼女は迷い込んだこの国で自分を守ろうとしてくれた人を、今は逆に守ろうとしていると、そうは思わないのか?…そしてそう思ってくれる彼女を一年という限られた期間であっても、この国の民として扱うことになんの不都合がある?」
「…。」
「五年前の件で、一番振り回されたお前らの警戒する気持ちは理解できる。…だがな、いい加減覚悟を決めろ。ひよっこ共。」
勢い余って若干不敬な物言いが含まれてしまったが、そこは勢いで流してしまおう。ロランは目の前に並ぶ四人の顔を確認し表情を伺う。程度に差はあれど、浮かぶ表情には後悔が含まれているように思える。
今まで彼女の好意に甘えてきた認識はあるようだな。
"依存"と"共生"は似ているようで大きく違うのだ。
彼らには異世界から呼ばれた少女と自身の息子とは違う関係性を築いて欲しいと。
ただ、それだけを願う。
「五年前の件、お前達の努力のお陰で対外的にはもう終わったことになっている。後はお前達が自身の気持ちにどう折り合いをつけるかだけだ。地下牢に閉じ籠っていた俺がどうこう言うのはおかしいかもしれないが、彼女に会って、彼女の力を見てすぐに理解した。…彼女は初代女王の魔法手帖に書かれていた次代の魔法紡ぎの女王に間違いない。だから何としてでも帝国や聖国の干渉をはね除けろ。さもないと。」
また大切なものを失うぞ?
「これまでの厄災と直近の異世界人に関わる騒動二件、並べて考えてみると違う景色が見えてくる。あくまでも予想だが五年前も今回も彼女達がこの世界に呼ばれたのは理由があったんじゃないか?つまり因果関係の順序が逆なんじゃないか、と。」
「因果関係の順序、ですか?」
少年の言葉にロランは頷く。
「異世界の少女がこの世界に呼ばれたから騒動が起きたのではなく、
国を揺るがす事態が起きる、その切っ掛けとなるために彼女達が呼ばれたのかもしれない。」
「だけど、今までそんな例は…。」
呆然とした表情でアンドリーニは呟く。
「流石に今までの厄災…自然災害は参考にならないと思うぞ。第一、自然に干渉出来る力を持った異世界人が現れたら記録に残っていないわけはないし、初代女王の手記にもそんな記載はなかった。だから全てがそれに該当する訳ではないと思う。ただ俺にはどうしても今このタイミングで"次代の魔法紡ぎの女王"が現れた、その事が気になるんだよ。」
「例えばもし今回も何かが起きる、その切っ掛けとして彼女が選ばれ、しかも"次代の魔法紡ぎの女王"として能力を備えた上で呼ばれたのだとすれば。」
「今度こそ厄災に関わる騒動が起こるかもしれないな。」
そう言って少年を一瞥するとロランは更に最悪の想定を口にする。
「若しくは初代女王の記した最大の厄災が起こるかもしれない。」
"最大の厄災"。
それを回避する道を初代女王は常に模索していたという。
「備えよという事しか書かれなかったのは、回避するという未来へ、道筋に干渉出来なかったということ。そうであれば抗うという手段が最良であり、最善だ。そのための手段が"次代の魔法紡ぎの女王"であると考えるなら、今、このタイミングで彼女が呼ばれたことに対する理由がつく。」
「状況により受け入れる、という道筋は選ばない方がいいということか?」
アンドリーニの問いに頷いた後、ロランは少年の方を向く。
少年はロランの眼差しを受け、口を開く。
「現在の状況を説明しますと、何が起こるか内容も時期もわからない以上、いざとなったとき取るべき手段を取れるよう、あらゆる状況を想定して準備を進めています。とはいえ、闇雲にというわけではないのですよ。あくまでも可能性の一つですが我々に提示され判明している未来がある…それについては貴方が最も詳しいのでは?我が王。
…それは主様から随分と前に貴方が見せられた王国の未来ですよ。」
悪夢のように魔法手帖を駆使し、王国を蹂躙する異世界から呼ばれた少女と協力者達の姿。
「まさか…あれは兄がミノリに魔法手帖を見せた場合ということだろう?」
少年は一つ首を降る。
「もっと単純に『他国が初代女王の魔法手帖を奪った場合の未来を第一王子の姿を借りて見せられた』ということも考えられます。あの未来が本当に回避されたのか誰にもわからない以上、想定される選択肢の一つとして警戒するのは当然でしょう。
さて我が王よ、他国が我が国を蹂躙しようとしたとき、貴方は"状況により受け入れる"という未来を選択されるのですか?」
少年の答えが意地の悪い言い方となったのは許してもらいたいと思う。そもそも主様が正しい未来を見せたという確証はない。あの方は確かに初代女王に恩義があって、それを返すためにダンジョンの主となる程義理堅い考え方をする方であるが…一方であの方はもっと重要な責務を負っている。
それは闇の大精霊として、闇の精霊達を導くこと。
そのために王国を滅ぼすことが最善なら易々とその道を選択し、力を振るうことに躊躇することはないだろう。
精霊とはそういう生き物だ。だから我々は与えられた情報を鵜呑みにしてはいけない。もし、精霊が信用に足る情報をもたらすとすれば…それは契約を結んだ人間にだけ。
「我が王よ。為政者となられた貴方に進言させていただきたい。抗うという選択肢を持たない国は必ず滅びる。残念ながらそこに例外はないのです。」
それでも極力平和的に問題を解決するため調整役として王という存在が必要とされる、そう言葉を続けたロランに眉根を寄せた表情のまま微動だにしないアンドリーニ。彼なりに色々思うことがあるようで、やがて複雑そうな表情を浮かべた後、真っ直ぐにロランを見つめ返す。
「肝に命じておこう。…それで、この石はどう関わってくるんだ?」
袋に戻された石の丸みを布の上から指差す。
その膨らみを見て少年は溜め息を漏らす。
「…もしかしたら、歴史を変えてしまうかもしれませんね。」
「歴史を?彼女は治癒魔法を紡いだと聞いているが。」
「そうですね。そして同時に最高の治癒魔法として"帰還"と魔紋様を名付け、この世に効果を定着させた。」
「それがどうした?」
「この魔紋様は命数の尽きた人間を再びこの世に生み治すことが出来るのですよ。恐ろしく膨大な魔力と引き換えにね。
さて、王よ。貴方であれば誰を生み治したいですか?」
遅くなりました。次回は魔法紡ぎのお仕事です。




