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第九話 ~エピローグ~


 痛い。

 燃えるような両足の痛みは、俺に気を失うことすら許さない。

 だが、痛いということは、死んではいないということなのだろう。

 エレベーターが12階で止まっていること。

 14階のエレベーターのドアが、崩落直前に壊れて開くこと。

 崩落に伴いエレベーターが落下すること。

 そこまでは過去のループで掴んでいた。

 上手く12階で止まっているエレベーターの上部に着地し、そのまま落下する。その際、無事な11階以下で安全装置が働いて、無傷で助かる。死んでいった【俺達】が作った、なんとも成功率の怪しげなプランだったが、最後の一部分以外はおおむね成功したのだから、許してやろうかなと思う。

 がんばったなあ、俺。本当に、がんばった。


「ねえ、先輩! 先輩ってば!」


 聞き慣れた声が俺の耳を優しく叩いていく。

 真っ暗で目が見えないが、どうやら、彼女は無事だったらしい。


「暗いなあ、何も見えない」

「無事ですか! 無事なら無事と言ってください、そうじゃなかったらすぐに私も死んでやり直します!」

「お、おい、物騒なことを……いてて」


 実際には、いてて、といったレベルではない。もしかしたら両足とも折れているかもしれない。計算では大丈夫なはずだったんだけどな。

 それでも俺は生きている。そしてアリスも、きっと。

 さて、どう説明したものかな。そう考えていると、柔らかな息づかいが近づいてくるのを感じた。何が起きているのか、暗くて分からないけれど。


「よかった。先輩、生きてます」

「そうじゃなきゃ、お前は誰と喋ってるんだ」

「閻魔大王……とか?」


 仮にも大王を目の前にして、ずいぶんと暢気なものだ。


「俺の左手の腕時計の右上のボタン、ライトになってるから、つけてみて」


 たどたどしい手つきで俺の左腕がまさぐられる。痛くすぐったい上に変な気分になってくる。

 カチリ、と音がして、青白い光に照らされたのは間違いなくアリスの顔だった。髪の毛がぐちゃぐちゃに乱れていたが、意識的に首回りに怪我を負わないよう用心したのだろうか、その綺麗な顔には奇跡的に傷一つなかった。生きるか死ぬかのやりとりをした直後にそんなことを考えられるなんて、俺も贅沢な人間になったものだ。

 アリスもきっと、俺の顔を確認できたことで安心しただろう。耳を澄ませば、遠くからサイレンの音が聞こえてきていた。地獄みたいなところではあるが、地獄と、地獄みたいなのとでは天と地ほどの違いがある。まだまだ俺達は、パチモンの地獄で満足しておきたい。


「どう? イヴは超えられた?」

「12時5分、です」

「よっしゃ! メリークリスマス! どうだ。俺もやればできるもんだろう?」

「先輩、私……わたし……っ」


 俺が今日知ったアリスの性格、そのうちのひとつ。

 彼女はとんでもなく泣き虫だ。この30分くらいずっと泣いていた気がする。

 このまま泣くと、どんどん化粧が落ちていくんじゃないかと変なところが心配になる。まあ、そもそもが薄化粧だし、俺はそんなことでアリスを嫌いになったりしないんだけど。だいいち、そう、俺は、笑ってるアリスが好きなんだ。


「……!」


 アリスは目を見開いた。さらに涙の量が増えたように見える。あれもしかしてこれ、声に出てたパターンだったり……いや、好きなんだけどさ。上で何回も絶叫してた気もするけどさ。

 なんというか、告白なんて容易いと言ったのは撤回したい。

 やっぱり、口に出して好きって言うのは……改めて言うのは、恥ずかしいな。


「あのね、先輩……約束だからっ!」


 え、と俺が情けない声で聞き返す前に、時計のライトが切れた。

 直後、ふわっと空気が動いて、暖かく柔らかい何かが俺に抱きついてきた。

 そして俺は、失神しそうな痛みの中で、約束どおりまたひとつ、彼女の初めてを手に入れたのだった。



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