2話 案件A 背景
探偵はフッと天を仰ぎ見る。 深呼吸を一つし、心を落ち着ける。大丈夫、自分は冷静だと。
目線を落とし、もう一度書類の見出しに目を落とす。そこには大きくはっきりと、歴然と、太字で、明朝体で、こう記されていた。
『ワクワクッ☆ドキドキッ☆コントレックスの水源地から水をとってきて♡』
探偵は再度深く息を吐く。自分の認識に誤りがなかったことを確認した探偵は、目線はそのままに、スッと出口を指さした。
「帰ってくれ」
「いや待ってほしい、説明をさせてくれ」
「いらない、必要ない、欲しくもない」
「真っすぐ断らなくともいいじゃないか、まずは話をだね」
「・・・・・・残念ながら、ご希望に添いかねます――生憎ですが、今回は見送らせていただきます――私の一存では決めかねます」
「婉曲的なら良いという訳ではなくてだね、というか最後のについては君の一存で決められるだろう、所長なんだから」
何とか話を聞いてもらおうと、取り繕う役人に探偵は冷ややかな視線を送る。
それだけでなく、先ほどまでの役人の態度を思い返すと、段々腹が立ってきた。目の前の男は依頼書に何が書かれていたのか知っていたはずだ。故に自分が読んだ瞬間にこういうことになるのも分かっていたに違いない。にもかかわらずあの余裕然としたあの態度。もはや自分をバカにしている。長年の付き合いとはいえ、こうも舐められてはたまらない。
何としても断ろう――探偵はそう思い、帰らせる算段を建てる。
「・・・・・・因みに謝礼は弾むよ」
「何をもたっとしている。国家の一大事なのだろう、早く要件を話したまえ」
何としても承ろう――探偵はそう思い、話を聞く態勢を取る。
この世には友情ほど貴ばれるべきものはない、探偵はそう実感していた。
そういった態度が舐められる原因であることを、探偵は未だ知らない。
「それで、このコントレックスというのは何なんだ、貴重な水なのか?」
コーヒーを入れ直し、改めて依頼の仔細を話すよう、探偵は促す。
待っている間、見出しの文言については『コントレックスの水源地』以外の箇所をペンでぐりぐり塗りつぶした。
「いや、普通に市販の水だよ。日本でも普通に売ってる、ほら」
そういうと、役人はスマホを何度かタップして通販サイトの画面を見せた。そこには日本語での多くのラインナップが表示されており、レビューも4桁ついている商品もあることから、役人の発言が嘘ではない事が伺えた。
「となると、普通にそれらを買えばいいだろう、何でわざわざ水源地まで取りに行く必要がある?」
探偵は戸惑いの表情を浮かべた。元々よくわからない依頼なのに、普通に買えるとなると、益々依頼の趣旨が分からなかった。
探偵の態度に役人は一瞬、きょとんとしたものの、すぐに合点がいった顔をした。
「そういえば君は時事に疎かったね。。まぁ、端的に言うとだね、大統領は水源地から直接取水した水以外は飲めないんだ」
「・・・・・・は?」
「いや、君の言いたいことも分かる。どこからどこまでの範囲を水源地と定義するかは確かに疑問だ」
「まだそこまで行ってない、もっと手前からつまづいている。水源地の水しか飲めない?・・・・・・流石に冗談だろう」
「いや、これがちっとも冗談じゃないんだ」
役人は再度、スマホの画面を男に提示する。今度はニュースサイトの記事が表示されており、フランスの新大統領就任、どんな人?という見出しと共に役人の男が告げた内容が記載されていた。
念のため、探偵は自身のスマホでも大統領の名前を検索する。やはり同じ情報がヒットすることを確認すると、役人の言っていることが本当であると認めた。しかし、認めるのと、納得するのは別で未だに心のどこかで腑に落ちない。眉間に指をあてながら唸るように探偵は声を絞り出す。
「本当に人間なのかい、この御仁は?」
「みんな同じように思ってるらしくてね、彼の名前を検索に入れると候補に「人間辞めてる」とか「生物兵器」とかたくさん出てくるよ」
「およそ一国のトップで出てくる、関連ワードじゃないね」
「因みに取水から出荷までの殺菌処理で水質が変化するとかで、コント〇ックスの製品そのものも受け付けないらしい。飲むと腹痛を起こすのだとか」
「逆じゃないか、普通、殺菌処理していないものを飲んで腹を下すだろう」
「それと、エビ〇ンやボ〇ビックの水源地でもだめらしい」
「もう一度いうけどね、本当に人間なのかそいつは!何でそんな人間が大統領なんて務めているんだ、一番国外に行ってはいけない人間だろう」
「それについては全面的に同意だね」
たった数分前まで名前も知らなかった大統領をそいつ呼ばわりしながら、その生態に探偵は戦慄する。
それと同時に、ある疑問が探偵の男をよぎる。
「とりあえず依頼内容は理解した。だが、何で自分に依頼を?」
そんなトンチキな生態を持っている人物を迎えるのであれば、当然、相応の準備をしているはずだ。トップシークレットの情報ならまだしも、公に公開されている情報なのだから準備にあたって見逃すなんてありえない。故に水源地の水だって余りが出ても良いレベルで確保しているに違いない。だからこそ、自分に依頼する意図が分からなかった。
探偵の疑問に対して、ギクッと身をこわばらせる、気まずそうに視線を外す。心なしか、汗もかいているように見える
「・・・・・・まさか、君」
「いや、用意はしたんだよ。ただね、、」
「ただ?」
「盗まれちゃってね、アハハ」
「アハハで済ませるな、阿呆が」




