第27話 服部党降る
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千賀地保俊は信行の意を受けて三河国の岡崎に入った。一向一揆が起きている影響で城下町は騒然としており、大店が建ち並ぶ一帯は被害を避ける為に店を畳んでおり空家になっている所もあった。
「真っ先に狙われるのは大店なので仕方ないと言えばそれまでですが…」
「用心棒を雇っていたとしても多勢に無勢だからな」
千賀地保俊と目付衆は岡崎が賑やかだった時の様子を思い出して虚しくなった。
「岡崎の様子を探る前に…」
「分かったか?」
「付けられています」
千賀地保俊と目付衆は尾行されている事に気付いたが敢えて逃げず、宿を探すフリをしながら城下を歩き回った。
「どうやら囲まれたらしい」
「そのようですね」
城下の外れに辿り着いた二人は黒装束の集団に取り囲まれた。
「なぜ逃げなかった?」
「お前たちに会う為だ」
「案内する。付いて来い」
黒装束の集団は千賀地保俊と目付衆を郊外にある集落に連れて行った。
*****
「久しぶりだな」
千賀地保俊は集落の中心にある屋敷に入ると広間に座っていた老人に声を掛けられた。
「父上もお元気そうで」
「この通りだ。して用件は?」
千賀地保俊と言葉を交わしている老人は三河国の忍びを纏めている服部党頭領の服部保長その人である。
「久しぶりに父上の顔を拝もうかと」
「冗談を言うようになったのか」
服部党と袂を分かった時の千賀地保俊は真っ直ぐで冗談を嫌う性格だった。数年ぶりに顔を合わせた服部保長は千賀地保俊の変化に驚いていた。
「さあ、どうでしょうか」
「正成以外は席を外せ。親子三人で話をしたい」
服部保長は人払いを命じて広間には服部保長、千賀地保俊、服部正成(千賀地保俊の実弟)の三人だけになった。
「三河から逃げる事をお勧めします」
「松平清康様から頂いた地を手放せと言うのか?」
「一向一揆の中身は略奪と破壊ですよ」
「一揆に加わっている者には我々と懇意にしている者も多い」
「連中は地縁や血縁より信仰を重要視しています」
「我々も標的にするのか…」
服部党は独立した集団だが、今川家に手を貸しているので一揆側から見れば今川家臣と変わりないので標的にされるのは明らかである。
「一向一揆から三河を守り切ったとしても今川義元は感状すら出さないでしょう」
「我々はあの男の為に働いておらぬ」
「松平元康の為ですか?」
「殿を呼び捨てにするな!」
「申し訳ありませんが、私から見れば敵対関係にある者なので」
「噂では聞いていたが、織田に仕えているのは」
「事実です。縁があって織田治部少丞信行様の与力を勤めています」
服部党と袂を分かった後、顔見知りだった熱田湊の加藤順盛に誘われて尾張国へ入り織田信行の配下に加わった事を説明した。
「何故だ」
「私は今川義元と松平元康に己の命を預ける気になれなかったからですよ」
「松平元康様は三河の、」
「父上、松平元康は三河を見限っています。『三河に執着する連中は扱いにくいと』と」
駿府で松平元康が鳥居元忠に語った内容を服部保長に伝えた。
「出鱈目を言うな。殿がそのような事を」
「父上、兄上が言われた事は」
「まさか…」
「事実です」
服部正成も偶然その場に居合わせたので二人の会話を耳にしていた(松平元康に用件があって駿府を訪ねていた)。
「三河に固執して何が悪い?」
「故郷を思う心を捨てろと言うのか!」
「…」
服部保長が激昂するのを千賀地保俊と服部正成は黙って見ていた。
「松平を守る為に下げたくない頭を下げてきたのは全て無駄だったのか…」
「無駄ではありませんよ」
「そうなのか?」
「松平元康がその思いを汲み取る度量が無かった。あの男の根底にあるのは織田家と今川家に対する復讐心だけ。家臣はそれを為すための手段や道具としか思っていない」
千賀地保俊は思うところを服部保長に語った。服部保長は話を聞く内に松平元康への忠誠心が薄れていった。
「正成、お前の考えは?」
「松平元康を支える事は出来ません」
「お前も保俊と同じ考えか」
「申し訳ございません」
京都で燻っていた服部党に『三河に来て共に戦ってくれないか』と救いの手を差し伸べた松平清康に心の中で詫びた。
「正成、皆を集めてくれ」
「承知致しました」
服部保長の屋敷に集まった面々は千賀地保俊の姿を見て驚くと共に大事が起きている事を察した。
「服部党は松平と袂を分かつ事にする」
服部党の将来を左右する決断にも関わらず反対する者は一人も居なかった。服部正成が駿府で目撃した話が里全体に伝わっており松平元康に裏切られたという思いを抱いていた。
「儂は隠居して千賀地保俊に後を任せたい」
この提案にも反対する者は一人も居なかった。千賀地保俊が服部党を離れた当初は批判する者も多かったが、今回の一件で松平元康は信用出来ないとする千賀地保俊の先見の明が正しかった事が証明されたので批判の声は一掃された。
「頭領にお願いしたい事が」
「何だ?」
「千賀地保俊として服部党を率いる事をお許し頂きたい」
千賀地保俊は服部党を率いる事になったが、服部に戻らず千賀地を名乗り続ける事になった。一度袂を分かった者が元の鞘に収まるとはいえ服部を名乗るのは筋が通らないと頑なに固辞したからである。




