九、誤解、でもない
***
もう誰も信じない。
ドレスの一件で人間不信になったルティアはご機嫌をとろうとする両親を無視して過ごしていた。
家族を無視して引きこもるのは王太子の私室である。
「だって、ここ以外の場所にいると人の目がうるさいんだもん!」
どこに逃げても「英雄の母」という目で見られ、ルティアは限界だった。
「私はまだ十五の乙女なのに、「一児の母」を見るような目をされるのよ!産んでないし、産まないっての!!」
「……」
ガルヴィードは怒れるルティアをしげしげと眺めた。
産むの産まないのにすっかり気を取られてしまっていたが、考えてみれば不思議なのだ。
ルティアも自分も、魔力値は低い。
あの夢の中で、復活した魔王はまず王家の人間ーーー国王と第二王子、そして高位貴族を殺していた。国の中心人物を片づけることで、ヴィンドソーンは指揮系統を失いガタガタになったのだ。
それなのに、魔力値も低く突出して戦闘能力が高いわけでもない王太子である自分が、ルティアと子供を作るまでの間どうやって生き残ったのであろうか。国王と第二王子と一緒に殺されているのが自然だと思うのだが。
まあ、子供が産まれている以上、どうやってかは生き残ったのだろう。しかし、夢の中でアルフリードが英雄として立つまでどんな暮らしをしてきたのかはまったくわからない。自分は父親として傍にいれたのだろうか。それとも、ルティアに子種だけ残してあっさり死んだのだろうか。
考えていると、何かもやもやとすっきりしない気分に陥った。
何か、見落としている気がする。
あの夢には何か、不自然な点がなかったか。
「ねえ!」
違和感の正体を探して頭を悩ませていたガルヴィードは、ルティアに顔を覗き込まれて我に返った。
「な、なんだ?」
「聞いてなかったの?私はもう、我慢の限界なんだってば!」
ルティアはガルヴィードの前に立って胸を反らした。
「皆、私を侮っているんじゃないかしら?ほいほい言うことを聞くようなか弱い女じゃないってことを、思い知らせてやらなくちゃ!」
「あっそう」
何をやる気が知らないが頑張れ、と適当に応援する。
「というわけで!かかってきなさい!」
「なんでだよ?」
何故かいきなり挑まれて、ガルヴィードは嫌そうに眉をひそめた。
「昔は取っ組み合いの勝負もしたじゃない!ここは一つ、初心に返って力で勝負よ!」
「アホか」
ガルヴィードは大袈裟に肩をすくめて見せた。
ルティアの言う通り、出会ったばかりの頃は取っ組み合いの勝負もした二人であるが、出会って一、二年も経つ頃にはガルヴィードの背がぐんと伸び、明らかな体格差が出来てしまってからは力比べのような勝負はしていない。
今更、力で勝負したところで、結果など火を見るより明らかだ。
宿敵とは互角の条件で勝負したいのだ。小柄なルティアを力で負かしても勝った気になどならない。
しかし、ルティアは納得しない。
やる気のないガルヴィードに向かって、「とりゃーっ」っと突っ込んできた。
「危ねぇな!!」
ガルヴィードはなんなくルティアを捕まえて担ぎ上げた。ばたばたと暴れて危ないので、担いだまま歩いてベッドの上に落としてやる。
「うあーん!」
「万が一怪我でもされたら俺が責められるんだぞ!大人しくしとけ!」
なおもじたばた暴れるのを、上に乗って抑えつける。ぶんぶん腕を振り回そうとするので、掴んでベッドに押しつけた。
「いい加減に……」
言葉が途中で止まった。
掴んだ腕の、ふわっとした感触。
自分の下に組み敷いた、小さな体。
やわらかい。
「……」
掴んでいた腕をするっと撫でる。柔らかくて滑らかな感触。
ーーーなんだこれ。こいつ、こんなに柔らかくて大丈夫なのか?
ガルヴィードは思わず真顔で自分の下の体を触った。
「ほあっ?」
触るとふわふわだ。柔らかい。子供の頃、取っ組み合ってた頃はこんなに柔らかくなかった気がする。いつの間にこんなに柔らかくなったのだろう。
「ふぁ……やっ……」
なんだろう。この柔らかさ。他のものとは比べられないこの手に馴染む感触。
「や……やめ……」
もじもじと動くので、もっとしっかり抑えてやろうと覆い被さった。
そこへ、
「失礼ー。ガルヴィードいるかー?」
ノックなしで扉が開いて、へらへら笑いながらエルンストが姿を現した。
しかし、そのしまりのない笑い顔が部屋に入った瞬間に固まった。
「おう、エルンスト。なんだ?」
「な、な、何をしてるんだ……?」
「は?」
何故か動揺しているエルンストに、ガルヴィードは眉をひそめた。
「何って……」
言い掛けて、そこで初めて気が付いた。
自分が体の下に組み敷いている少女が、顔を真っ赤にして目に涙を浮かべ、はあはあと息を吐いて小さく震えていることに。
「ーーーお邪魔しました!!」
「ちょっ……!!待てエルンスト!違う!!誤解だ!!」
勢いよく退室する友人を追いかけて、ガルヴィードは「誤解だ!!」と叫んだ。
その日、シュロアーフェン城には
「胸は揉んでない!!誓って、胸には触ってない!!」
という、あまり情状酌量の余地はなさそうな王太子の叫びが響き渡った。