兄の心情
本日2話目です。兄視点。軽くですが虐待表現があります。
晩餐室から出て行った妹を見送った後。
「どう思いますか?」
残っていた父と母に問いただしてみる。
俺、トマス・クリスタルの妹、ローゼマリー・クリスタルは父親似の銀の髪、そして薄い青の瞳をもっている5歳の少女だ。
俺も揃いの色だが強面のせいか、冷たく厳しい感じがするのは我が一家の特徴とも言えるだろう。
だが友となると意外に冷たくないと言われる。
しかし、そんな中で例外が妹だ。
まだたった5歳だと言うのに、外見どおりの、いや、外見以上の冷たさを持つ。
人に対して愛情や、優しさそんなものが決定的に無いような妹。
貴族として誇り高くあれ。
そう言って育てられたが、妹は誇りというものを履き違えている。
ただ威張り散らし、生まれの良さをひけらかす。
俺とて自分の血筋に誇りを持っている。
だがそれは、クリスタル公爵家として代々責務を果たしてきた先祖の偉大さ、そのことに誇りを持っているのであって、血を引いてる、その一点だけで誇るなど意味のないことだ。
己も先祖のように国の為に、また支えてくれる領民に恥じぬように生きなければ、血を腐らせるも同然だと思っている。
アレは、我が家の害毒だ。
(最初はそうでは無かったのだがな…)
生まれた時は、それはもう可愛かった。赤ん坊とはこのように愛らしいものかと子供心に感動したものだった。
ふくふくとした体を抱いた時、いとしいと心の底から沸きあがるものを感じた。
小さな手に指を掴まれた時など、あまりの愛くるしさに瞬きもせずに見つめていたものだ。
この可愛い生き物が我が妹だと、守るべき存在だとそう思っていた。
だが、成長するにつれアレは、妹はどこかずれ始めた。
最初は、モノだった。
気に入らないと言って、壊す。捨てるなどし始めた。
まだ小さいから、道理が分かっていないから。そんな事を思って、注意し大切にすることを教えていた。愛らしく口を尖らすのさえ、見ていて微笑ましかった。
だが次は、花や小さな生き物だった。
庭に咲く花や緑を愛でるのではなく引きちぎり、目の前を横切ったのが邪魔だと蝶を殺す。
情操教育に良いはずと子犬を飼ってはみたが、ローゼマリーが言う事を聞かないからと叩き、蹴り飛ばしたのを機に別の飼い主を探し保護してもらった。
なぜ、そんな酷い事をしたのかと叱ったら「あの犬はローゼマリーのよ?だったら私の言うとおりしないとダメなの。だから怒ったのよ」と、心底当たり前のことをしただけだという態度だった。
ある意味、無邪気なのかもしれないが、あまりにも残酷で自分に忠実な妹にどうしたら良いのか分からなくなった。
仕事に没頭してる父や社交に忙しい母にも訴えてみたが、俺の危機感は伝わらず子供の癇癪くらいでと軽く流されてしまった。
そして少し年を経て知恵がつき始めると、とうとう人にまでソレを向けるようになり出した。
自分に逆らえない立場の弱い使用人に害意を向け始めたのだ。
いや、アレからしたら『害意』と言うのは間違ってるのだろう。
なんと言っても自分がすることは『正しい』と信じている。
自分が嫌な『間違ったこと』をする使用人へ罰をあたえるのは当然だと思っているのだから。
使用人たちは大切なお嬢様だからと辛抱強くローゼマリーの暴挙を隠していたが、奥向きを取り仕切っている家令や、侍女頭など徐々にばれていき、そうなって初めて父や母にも危機感が沸いたのだ。
広大な領地と広い屋敷、それらを管理し保っていくのに良い使用人は不可欠だ。
彼ら、彼女らが居てくれるからこそ、自分たちは公爵家として生きていけるのだ。
理不尽を押し付けてはならない。
そう繰り返し父母そして俺もアレに言い聞かせた。
それでもアレは使用人に当たり続ける。
何を言っても理解しようとしない。
そんな妹に焦れて俺まで嫌味が出てしまう。いや、言い訳だな。
公爵家全体で使用人の配置換えや保障などをし、内々で終わるくらいで済んでいるが、もう少しで手の付けられない我が侭な娘という評判が外に広がるだろう。
現に雇った家庭教師などにも「ソレはしたくない」「しんどいから嫌」と言って学ぶことを拒否している。父に教師を辞めさせてくれと訴えてもいるが、無視されている状態だ。
まだ子供だから…これはいつまで通用するだろう。
こんな幼いときから妹は何か壊れている。
子供の頃は我が侭だったが、大人になったら立派になる。
よく聞く話だ。
父も母もそうなって欲しいと願っている。これは一時のものだと。
だが正直、大人になったからと言ってアレが他人を慮り、淑女として成長できるとは思えない。皆、ソレをうっすらと感じているのかも知れない。
厳格ながらも穏やかだった我が家は、いつのまにか冷たく不安に満ちた家になってしまった。
だが今日のアレは…。
よく考えずとも食事中からおかしかったのだ。
いつもだと「これ、いや!」「どうして、こんなモノを出したの!」そんな言葉を撒き散らし、癇癪を起こす。
それがまったく無い。静かに、それもマナーを守りながら食事が終わったのだ。
いつアレの金切り声が上げられるかと内心構えていたのに拍子抜けだった。
逆に俺のほうが余計なことを言ってしまったくらいで。
今更ながら、熱で苦しんでいた人間に酷い言いざまをしたものだが。
それなのに……反省?態度を考える?謝罪だと?
今、俺が聞いたのは何だ?幻聴か?
いつも冷静な父でさえ動揺して、ローゼマリーなのか確認している。
だが気持ちは分かる。
俺だって、信じられない。
城に行った際の出来事は父から聞いた。
妹の暴挙はとうとう我が家だけでなく外で、それも城という最悪な場所で発揮された。
ため息しか出ないが、王妃様や王子殿下に噛み付かなかったのが幸いと思うしかない。
もともと第一王子殿下の婚約者として、我が家からローゼマリーを出す事は少しも考えられていなかった。
あの性格で未来の王妃など務まるわけがない。仮に嫁いだとしても国を乱す存在になるとしか思えない。
だからクリスタル公爵家は王家から婚約の打診が来ても固辞していたのだが、どうしても断りきれずに一度だけ顔を合わせてみようという話になってしまった。
家族の心配をよそに、行く前はずいぶんご機嫌だった。王子と言う、国の最高の血筋に会う。特別な人間に会える自分、それが気に入ったようだ。
こちらとしてはローゼマリーの行動によって、何らかの処分が降りかかるかも知れないと考えるだけで憂鬱だったのに。
まさか、また王子に会おうとして何か考え付いたのか。
そんな事はさせん!
…なぜだ?王子との婚約を断わるだと?
分からない。今しっかり父と交渉している子供は誰だ?
「……お前が?何かを学びたい、だと?」
まさか…あり得ない。
父も母も信じられない思いで一杯なんだろう。
そして更に混乱を引き起こす、あの可愛いしぐさはなんだ?!
小さな手を祈るように組み合わせ、見上げるあの愛らしさよ!
くっ、心が乱されるっ!駄目だ、俺は騙されないぞ!!
…さすがは父だ。
あの妖精のような可憐さにも惑わされること無く、話を進められるとは。
今後、あの攻撃には注意が必要だ。
しかし一体何を考えているのか。
まとも過ぎることに驚くことになるとは思わなかった。
だが、それでも、もし本当に、言ったとおりなら。
「どう思うか…さぁな。本人が期限を区切ってきたのだ。待ってみようではないか」
ローゼマリー、どうか信じさせて欲しい。
家族として、手を差し伸べるチャンスを兄におくれ。
兄が老けているのは子育ての所為。技、実は利いてました。




