初恋ショコラbitter
二人が知り合って、早いもので6年が過ぎ……二人の距離も近付いたようです。
君と俺が出会って、もうすぐ6年になる。6年間いろいろと試される事も多かったよな。そんな時でも俺の事を信じてくれたことは本当に嬉しい事だった。
アイドルグループとして活動を始めて9年経った。自分達が進みたい方向に進みつつ、楽曲を発表するスタンスは変わらないけど、国民的アイドルという代名詞が最早定番になっている。
実家の方も、昨日茶事の亭主をこなしたばかりだ。そろそろ実家の家業にシフトする時期になったと言う事だろうか。来年10周年という節目の年なだけに、関連イベントは多い。それが終わったら、俺はビビッドを抜けてもいいだろうか?
社長に相談をすると、「ここまで雅が続けてくれるとは正直思っていなかったから、そろそろメンバーに自分の事を話してメンバーだけで今後の事を話したらどうだ?」「そう……ですね。続けたいけど、全部は無理だろうと思います。声の仕事はこのまま続けていけるとは思うのですが」と俺は答えている。
大学入学と同時に通い始めた声優学校を卒業後、俺はナレーターとして定期的に仕事をしている。
名前は流石に本名ではないけれども、売れっ子ではないけれども途切れてはいない状態だ。
後は年に数回、国民放送の教養番組のアシスタントもしている。こないだ茶道の番組のオファーが来たのはいいけれども、流石に流派が違うのでこちらの事情を正直に先方に話してキャンセルさせて貰った。
先方も流石に流派が違っても、本職だから問題ですよね。キャスティングに向いている人はいますか?と聞かれたので、後輩の一人を紹介しておいた。それをモノにするかどうかは本人次第だ。
久しぶりにビビッドのメンバーが揃ったある日の午後。ようやく俺はメンバーに自分の事を話した。
「辞めるか?」
「ツアーに出られないのは、問題かなって思ってる」
「お前の分は音声でいいし、VTRで参加すればいい」
「初日と最終日。できれば追加公演に参加でもいいじゃん」
俺が一番不安に思っている事を、メンバーは問題か?程度にあしらった。
「いいのか?俺が残っても」
「当然。アイドルが茶道の家元でもいいじゃないか」
「襲名するってことは、夏海はどうするんだ?」
メンバーは俺と夏海が交際している事を知っている。
「夏海とは婚約した。俺の襲名披露の時に、夏海との婚約を発表する。申し訳ないけどお前たちにも迷惑がかかるかも」
「大丈夫。お前達が一緒に暮らしているとか、ロリだったとか言わないから」
「やっぱり……俺……ロリコンだったのか?」
「ちげーよ。ロリコンだったら、とっくに夏海を捨てているだろうが」
あっ、そう言われたらそうかも。俺の中でも密かに悩んだ事だけにスッキリとする。
「でさ……やったの?なっちゃんと」
「馬鹿。こいつ相当古風だから結納までねえよ。襲名はいつするんだ?」
「これといって時期は決めてないんだ。時期家元は俺って報告だけだから」
「何をしても、お前はふうだからさ」
今まで俺が悩んでいたのが、馬鹿らしく思えてしまった。案外そういうものかもしれない。
その後、社長にこの結果を報告して、今後のスケジュールの確認をした。
「ただいま」
「おかえりなさい」
仕事が終わって自宅に戻ると、夏海が玄関まで迎えに来る。そんな彼女を抱き寄せて額にキスをする。
「仕事は?」
「私は終わったの。ご飯できているよ」
来ていたジャケットを脱いでソファーに無造作にひっかける。リビングの上には土鍋が置かれている。
「今夜は?」
「シチューにしたの。そろそろ冷えるから土鍋の時期じゃない?」
昔、俺の家で作った土鍋シチューが気に入ったようで、寒くなると土鍋でシチューが定番になっている。
土鍋の中にはシーフードがたっぷりと入ったクリームシチューが入っていた。
「夏海、報告したよ。仕事は調整しながら続けるから」
「そうなのね。私も里美さんに話しておかないと」
「まあ、社長が知っているけどな」
俺はそう言うと、自宅に戻る前に寄った店で受け取ったものを取り出した。
「夏海、受け取って貰えないか?」
「それって……」
「うん、婚約指輪。結納前だけど付けて欲しいし、普段から付けて欲しいから高いものは買ってない」
俺はゆっくりとジュエリーボックスを開いた。小粒だけどもランクだけは高いダイヤの指輪。指輪の裏側には俺達の誕生石が二つ寄り添って入れられている。
「今までもみー君に一杯貰ったのに」
いつもの様に夏海は躊躇う。本当に物欲がないから受け取って貰うのは本当に大変だ。
「いいの。俺が楽しいから。受け取って貰えないのかい?」
「そんなこと、言ってない」
そう言って、俺に抱きついた。俺の耳元で、約束を守ってくれてありがとうと呟いた。
「早く、婚約発表したいね」
「結納の後でね。俺の襲名披露のついでだけど」
「それでもいいの。みーくんは私のものよって言えるでしょう?」
成程。俺のいない所ではそんな事もあったと言う事か。俺だって同じ不安を抱えているんだけどな。
「夏海、想いの分だけ愛しているって言うから。俺と甘い恋の先も一緒に見てくれるかい?」
「うん。みーくんと一緒にずっといるから……覚悟してね」
そういうと、夏海は俺の首筋を少しきつく吸い上げる。少々の痛みと共に出来上がる所有の証。
「夏海?その意図は?」
「みーくんは彼女がいるって公言しているからこの位スタッフさんに見られてもいいでしょう?」
「はいはい。そんな意地悪するお嬢さんにはお仕置きだな」
俺も同じようにうなじに沿って同じように所有の証を残した。
「俺の方は、明日で取れちゃうだろうけど。毎日付けてあげようか?」
「えっと……それはお気持ちだけでいいです」
後ずさりしながら、夏海は洗面所に逃げ込んでしまった。
「このレベルでこれだと、これから先の事はどうなるんだろうね?」
俺は閉まってしまった洗面所のドアを見ながら苦笑いするのだった。




