*心とは
マークにとっての初めての視察を終え報告書を提出する。
「……」
それを無言で読む上司。一通り読み終え書類をデスクに置いた。
「君の見解はよく解った。当分、視察は君に任せよう」
「! ありがとうございます」
部屋を出てマークは喜びに小さくガッツポーズを取り笑みをこぼす。
「やった! やったぞ」
またキメラを見られる。彼の心は歓喜にうちふるえていた。
「……」
しかしふと思い起こす。
そういえば……キメラの名前を誰も知らないのだろうか? 科学者たちは視察に来た人間に話していないのか? ならば何故、僕にだけ……?
次の年──マークは「またキメラに会える!」と喜び勇んで飛行機に飛び乗った。軍のヘリの中でもニンマリしている。
そんな彼にいぶかしげな表情を浮かべる軍人たち。
「あんな施設、何が面白いのかね」
「学者の考えてる事はわからん」
あそこに何があるのか彼らでさえ知らされていない。
彼に会えるならこんな面倒なチェックなんてどうでもいい。マークはニヤける口元を必死に平静を装い長たらしいチェックに耐えた。
慣れ親しんだ場所のように少年を探して施設内を歩き回る。
「あ! ベリルはどこですか?」
前から歩いてくる科学者に聞いてみる。
「今はピアノのレッスンだよ」
「ありがとうございます」
マークは足早に向かった。
「!」
入ってきた人物に教師である女性が怪訝な表情を浮かべる。
「年に一度の視察ですよ」
ベリルは少しの笑顔で応えた。
「! へえ。じゃあ、また明日ね」
楽譜を持って女性が立ち上がる。マークの横を通り過ぎた時、小さく会釈した。女性の後ろ姿をしばらく見送り、楽譜を片付けているベリルに視線を移す。
「……」
そわそわしながらベリルに近づいた。10歳の少年に近づく態度ではない。外なら通報されている処だ。
「こんにちは」
マークが話しかける前にベリルが口を開いた。先に声をかけられ青年は一瞬、肩をビクリと強ばらせる。
「こ、こんにちは」
たどたどしく話しかけるマークにベリルはクスッと笑った。
「!」
笑った……感情の起伏が薄いとは聞いていたが無い訳じゃないから笑うのは当り前だけど。と青年は自分の思考に苦笑いを浮かべる。
「珍しいですよね」
「えっ!?」
「私という存在は」
言いながら部屋を出る。マークもつられるように後を追った。
「そ、そりゃあ、まあ……」
正直に答えたマークにベリルは歩きながら顔を少し後ろに向け再び笑いかけた。
「あなたはいい人です」
「え?」
「今まで視察に来た人たちは私を人間として見ませんでした」
「!」
少年は歩みを止める事なく前を向き薄く笑って小さく発する。
「品種改良した犬や猫と大差ない」
「! そっ……そんな訳、無いじゃないか」
マークは胸が締め付けられる思いがした。
人工的に造られた生命……それでも心は存在する。彼はまぎれもなく『人間』だ。この子を冷たい人間にしてはいけない!
「僕と友達になろう」
「え?」
突然の言葉にベリルはキョトンとした。少年のプライベートルームに戻り、青年は再び強い口調で発する。
「友達だよ。今から僕らは友達だ」
「……友達?」
マークは満面の笑顔で右手を差し出す。おずおずと差し出されたベリルの手をしっかりと掴み、左肩をポンと叩いた。
それからすぐに戦術の教官が来てベリルはトレーニングルームに向かう。
「……」
そのトレーニング風景を監視カメラで見つめるマーク。
少年を教える専門家たちはその正体を知らされていない。今日来たブルー教官にだけは真実を話すつもりだと科学者たちは言っていたが……
すると彼の真実を知る者は科学者たちの他は僕とブルー教官の2人だけという事になる。ならば僕は彼のために何かしなければならない。言葉だけの友達じゃない。本当の友達として……
マークは『視察』という役割を越えようとしていた。




