*その名は悪魔か宝石
「そ、それであの。『No.6666』についてですが……」
「ベリルだよ」
「え?」
ベルハース教授は立ち止まりマークに言い聞かせるように再度、発する。
「ベリルだ。我々が名付けた」
「はあ」
彼が理解したと感じてまた歩き出す。
「『キメラ』でも良かったのだがね。俗物的な名前は気にくわない。やはりここはちゃんとした名前を付けるべきだ。そう思わんかね?」
笑いながら語った教授だがマークの意見を聞くつもりは無いらしい。
「……?」
ベリル、何故そんな名前を……? 考えながら歩くマークにベルハース教授は少し嬉しそうに口を開いた。
「ちゃんとフルネームを付けてあげたのだよ」
「フルネーム……ですか?」
「ベリル・レジデントという。いい名だろう」
「! それ、は……」
マークはすぐに理解した。
遺伝子を研究するうえで人の遺伝子に踏み込む時、人道的部分が他の生物より大きく問われる。キメラを造りあげた科学者たちにもそれが無いハズがない。
「……」
立ちすくむマークにベルハース教授は静かにこう言った。
「そうでない事を願うよ」
軽い音を立ててドアがスライドする。
「ベリル。元気にしているかね」
「はい」
「!」
あれがキメラ……言われなければ絶対に解らない。見た目はそこら辺にいる少年だ。金髪に明るい緑の瞳。
マークはベルハースに無表情な視線を向けている少年を見つめた。
「!」
そうか、それでベリル……マークは彼の瞳でようやく全てを理解した。
ベリルとは緑柱石から造られる宝石の総称だ。そして緑は悪魔の色とされレジデントとは居住者を意味する……科学者たちはこの2つをかけて『ベリル・レジデント』と名付けたのだ。
科学者にしては随分とウィットに富んだ名前を付けたじゃないか。マークは皮肉混じりに心の中でつぶやいた。
「自分たちのした事が正しかったのだ」と賞賛される日がいつか来るのだろうか。自責の念と科学者としての感情──そして人間としての想い。
そんなものが入り交じり『悪魔の器』という名前を作り上げた。
「どこも具合の悪い処は無いかな?」
「ありません」
「……」
確かに見た目はごく平凡な少年のようだが……マークはその雰囲気に目を見張った。9歳の少年とは思えない落ち着きと存在感。見つめられると動けなくなる。
「彼はマークだ」
そう言ってベルハースは青年を示した。少年はやはり無表情にマークを見つめ青年の前に立つ。
「よ、よろしく」
「よろしくお願いします」
嫌味のない丁寧な言葉遣い。少年は説明を受けなくても彼がどういう人物なのか知っているのだろう。そういう態度に感じられた。
しばらくベリルを眺めたあと、マークとベルハースは部屋をあとにして会話を交わしながら通路を歩く。
「彼は自分の事を……?」
「もちろん知っている。3歳の時に話した」
「! どうしてっ」
3歳の子供に『お前は造られた』と話したって言うのか!? 驚くマークに教授はしれっと応える。
「その方が実験はスムーズに進む。理解しない子供ほど厄介なものはない」
「!?」
これだから学者というものは……! マークは教授を睨み付けた。
こういう人間に何を言っても仕方がない。彼は諦めるように小さく溜息を吐き出すと仕事に戻った。
「他に何かありますか?」
「特には無いな。感情の起伏があまり見られないが問題は無いだろう。あとは生殖能力が欠如しているくらいだ」
「! 生殖能力の欠如? 問題ないのですか?」
「その部分について彼を対象に研究は出来ないが、その他の部分については見ておわかりの通り大成功だ」
ベルハースは言い聞かせるように右手を軽く揚げた。
「……」
マークは科学者が集まる部屋でベリルの部屋の監視カメラの画像を見つめる。
「こうやって目の前で見てもまだ信じられない……」
青年の言葉に他の科学者が笑った。
「造った我々も9年たった今でもまだ実感が湧かないよ。何せ我々とどこも変わらないのだからね」
それは『ほぼ完璧に成功した』という事を示すものだがその後が一向に成功しない。
偶然の産物なのか神のいたずらなのか……ベリルについて気になった事といえばあのしゃべり方だ。
とても9歳の子どもの言動とは思えない。落ち着き払った紳士的な言葉遣いと言えばいいのだろうか……寛大かつ尊大な口調なのだ。悪く言えばジジ臭い。
ベルハース教授が招いた言語学者が教えたそうだが、何故あのようなしゃべり方を教えたのか……その言語学者は心臓発作ですでに他界していて真相は掴めないままとなっていた。
今は他の言語学者が彼の教育に努めている。今更、変えようが無く問題は無いため放置する事となった。




