騎士の誇りよりも
日下部がコレニスと共にメリッサとの再会を果たしていたころ。
別の部屋ではカルステアとリルレットが整った丁寧な白髪を持ち、黒い紳士服で身を包んだ男と対峙していた。
「お初にお目にかかります騎士様。そして、どうかお引き取りを」
男は騎士特有の一礼をする。
その様子を見て、カルステアとリルレットの二人は目を見開いた。
なにせ男の作法は門外不出のグラべオンの騎士しか知らないはずのものだったからだ。
「あなたは誰?騎士団で見かけたことないけど。その礼儀はどこで知ったの?」
リルレットは目の前にいる男がグラべオン騎士団の騎士だと考えたようだ。
しかし、男は見当違いな返しをする。
「礼儀作法は大事ですからね。知っているのは当然です。私は『魔性』のレウルレラム」
「レウルレラム?どこかで聞いたような」
「リルレット、彼は『魅了する目』の持ち主、狂信者だ」
思い出せない記憶を呼びさまそうとするリルレットにカルステアが即座に答えを出す。
レウルレラムと名乗った男は二人のやり取りに不服そうな表情を示した。
「おや、あなた方は名乗っていただけないのですか。せっかく騎士団の流儀に合わせたというのに。それともこの流儀、もう古いものでしたか?」
男は自分の素性が一方的に知られ、かつ敵対関係であることが判明したにも関わらず微塵もその態度を変えない。
「グラべオン騎士団副団長、カルステア・サスティアル」
「同じくグラべオン騎士団治療術士、リルレット・ナクストリア」
二人はレウルレラムに警戒をむき出しにして同じ一礼をする。
だがレウルレラムは殺気溢れる二人のことなど意に反さず会話を続けていく。
「よかったです。今もこの礼儀作法が通用するようで」
安心したようにレウルレラムは胸をなでおろした。
一つ一つの動作に敵意を感じることができないのが二人の感覚を鈍わせてくる。
普通にただただ普通に会話をしていることに、二人は違和感をすでに感じなくなっていた。
「ところであなた方はこのお城に何用で来られたのでしょうか。私は国王にこの城の護衛を頼まれてここにいるのです。そのためあなた方がここにいる理由によっては悲しいことに手を出さざるを得ないのです。ご理解いただけますね」
一歩ずつだが着々と二人との距離を詰めていくレウルレラムの瞳は妖しく紅色に輝いていた。
その両の目はそれぞれカルステアとリルレットを映している。
そして、二人が手を伸ばせば届く位置で歩みを止めた。
「無意味な力比べは苦手なのですよ。それで、あなた方は何しにここへ?」
「私たちはこのお城を取り戻しに来たの」
「リルレット!」
「おや?私に見つめられて正気を保っているとは……」
レウルレラムの話を聞いてなお素直に話そうとするリルレットをカルステアが制止しようとするが動く口は止まらない。
潜入した人数やそれぞれの能力、体格などリルレットの持ち得る情報をすべて話し出す。
「リルレット!話しすぎだ。しっかりしろ!」
カルステアはリルレットをどうにかして黙らせようとするが、レウルレラムをどうにかしようとはしない。
まるでレウルレラムがすぐ横でリルレットの話を聞いていることに疑念を抱いていないようだった。
「なるほど。あの「英雄」もいるのですか。いえ、今は英雄ではなく「最強」でしたね。なんであれ厄介なことに変わりはないしょうが。それにあの「忍」の頭領もいるとは……そろそろ引きどきですかね」
「リルレット!僕の声が聞こえないのか?」
「どうしたのカルステア?いつもみたいに落ち着きなよ。私みたいにはしゃぐのは似合わないよ?」
「違う、違う!おかしいのは僕もか?」
「ほう、これはこれは素晴らしい。私の魅了による異変を自力で感じ取れるとは。さすが騎士様ですね」
「お前っ!いつからそこにいた!」
「なんのことでしょう?さきほどから私はここにいましたよ」
「とぼけるな、さっきまであそこにいたはずだ」
カルステアが指を差した方向、確かにそこはレウルレラムのいた場所。
しかしそれはカルステアがさっきと表現するには時間が経ちすぎていた。
長々と身内の情報を放し始めてからすでに数分の時は経っている。
「おやおや、どうやら私の能力の詳細は知られていないようですね。てっきり『魅了する目』と呼ばれたので周知のものかと」
「魅了する……目……?」
レウルレラムの持つ『魅了する目』
彼の瞳に映るすべての生命は自分の意思に関係なくその意識をレウルレラムへと強制的に向けさせられる。しかし、映すだけでは意識が集中するだけで意志の強い者にはあまり効果を発揮しない。それをレウルレラムは自分に「縛り」をかけることで効果を狂気的なほどまでに上昇させた。相手と目を合わせること、それをトリガーにし相手の意識を自分に向けさせるのではなく、自分の存在自体を相手にとって当たり前に思わせることに彼は成功したのだ。さらに度重なる能力の試行錯誤により、自分以外の対象へと能力を作用させることも彼は可能にさせた。水無月たち一行が王城へと向かう最中に一体の魔龍を認識できなくなったのはレウルレラムの能力であることに他ならない。
「自分で言っていたではありませんか。それと同時に狂信者だとも」
「……何をした。お前のその目の力はなんだ‼︎」
「思考を放棄するなんて……まあいいです。あなた方の目的はそちらの淑女から聞き出すことができました。それに、彼女の能力はとても素晴らしい。友人への贈り物にさせてもらいます」
そう言ってレウルレラムはリルレットの瞳を妖しく輝く紅い瞳で覗き込んだ。
リルレットは抵抗する様子も見せることなく、レウルレラムの腕の中へと倒れ込んだ。
この間、カルステアは動こうとしたがレウルレラムの能力によって四肢を動かすことを許されなかった。
「さて、あなたはどうしましょうか?話を聞く限りではあなたは私にとっても不必要なのですが……」
「このまま見過ごしてもらえると思っているのか?随分とお気楽な考えをしているんだな」
普段の冷静沈着なカルステアと違い、今の彼はレウルレラムに対し鬼の形相を見せている。
その声は怒りに震えていた。
「やはりあなたは素晴らしい!その反応でようやく私の力が働かない理由が分かりましたよ。恋は盲目……よく言ったものですね」
「リルレットを返せ」
「力づくで取り返してみてはいかがでしょうか?もちろん私も抵抗はしますが」
レウルレラムは神経を逆なでする声でカルステアを挑発した。
だが、レウルレラムはいまだその片腕が倒れこむリルレットを抱え込んでおり、さらには武器らしきものは何一つ持っていない。
一方で、カルステアは七国最強とまで謳われるグラべオン騎士団の副団長であり、その腰には愛剣が携えられている。
この状況下でカルステアは自分に有利があると考え、すぐさま剣を鞘から抜こうと腕を動かしたが、
「ああ、自分で操れるのは理性だけですか。体も思いのまま動かせるのかと期待したのですが……まあいいでしょう。私も少し暇をしていたところです。軽くお相手してあげますよ」
そう言った直後に、妖しく輝いていた紅い目はレウルレラム本来の光を宿さないくすんだ灰色の瞳に戻った。
そして、カルステアの意志で動かせなかった腕が、思うように動くようになる。
騎士服と同じ純白の鞘から、薄く緑がかった刀身が静かに、だが力強く姿を現し風を斬った。
「凄まじい殺気ですね。それほどこの女性が大切ですか?」
「あなたのような道を踏み外したものが気安く彼女に触れないでもらいたい」
「外道とは酷い言い様ですね」
二人はそれ以上言葉を紡ぐことはない。
いや、レウルレラムが何かを続けようとする前にカルステアが手に握られた剣を奮ったのだ。
とっさの攻撃。
戦闘態勢もとっておらず、片腕にリルレットを抱えた状態のレウルレラムが反応できるはずもなく。
「この女性ごと切り刻むつもりですか?」
確かにリルレットを避け、レウルレラム一人を斬った手ごたえがあったカルステアの剣は空に振り下ろされただけだった。
的に当たらず滑稽に降ろされた剣を持つカルステアの背後から声が投げかけられる。
そこにいるのはもちろん、
「そんなにも驚いてくれるとは、私でも騎士様の相手が務めることができそうで何よりです」
平然とした表情で立つレウルレラムだった。
先まで目の前にいた男が自分の真後ろにいたことにカルステアは目を見開く。
それもそうだろう。
圧倒的存在であるテルソリアには届かないといえども、カルステアはグラべオン騎士団での副団長を担えるほどの実力をその身に宿している。
強者の部類に入るカルステアの目はレウルレラムの動きを何一つとらえることができず、カルステアの力はかすり傷一つつけることができなかった。
「頭のまわる人は辛いですよね」
確かにカルステアはあの一度の攻撃だけでレウルレラムには届かないとその身で感じたのだ。
カルステアがその事実に気づいたことをレウルレラムも分かっているようだった。
勝ち目のない戦い、騎士である以上無様に抗うことは許されない。
そんな中でカルステアは選択する。
「諦めないのですか。それ自体は素晴らしいことですが……騎士が無駄に足掻こうとするのはみっともないのでは?」
だから、
「今の僕は騎士なんかじゃないさ」
「ほう?」
「大切な人を守るために戦う戦士だ」
彼は騎士の誇りを捨てた。




