狂い咲く
日下部は懐から十本の投げナイフを取り出した。
その全てを全身全霊をかけてメリッサに向かって投げ飛ばす。
それに合わせるように、コレニスも拳大の氷塊をメリッサへと飛ばした。
「このまま押し切るよ」
中距離からの連続攻撃に、メリッサは防ぐ手立てがない。
反撃を諦め逃げに徹した。
そこに日下部とコレニスは次々と攻撃を立てかけていく。
「壁作れるのやっぱずるいな〜私の攻撃全然効かないじゃん」
余裕を持って二人の攻撃を躱していくメリッサだがその全てを避けることはできず、そのすらりと伸びた白い手足に赤い切り傷を増やしていく。
だが、メリッサは痛みを顔に出すことなく楽しそうに笑っている。
その様が非常に不気味に感じた二人に、一瞬の隙が生まれた。
「隙見せるなんて余裕だね」
魔法が厄介だと判断したメリッサは真っ先にコレニスへと近づきその小さな胴体に蹴りを食い込ませる。
「うにゃ」
可愛らしい声に聞こえなくもないが、本人の表情は衝撃の重みに耐えれず歪んでおり、吐瀉物を吐き出した。
「大丈夫コレニス⁉︎」
よろけ、倒れそうになったコレニスにすかさず二撃目を与えようとするメリッサの腕を日下部が掴む。
「子猫ちゃんには優しいんだね」
「大切な友達だからね。君とは違うんだよ」
そのままメリッサは近接戦へと持ち込む。
掴まれた腕を起点にし、日下部の背後に回り込んだ。
そのまま掴まれた腕とは逆の腕で日下部の顔に強烈なストレートをお見舞いする。
しかし、日下部は怯むことなく強引にメリッサの体を床へ打ちつけた。
「かはッ!」
日下部の反撃はそれだけでは止まらない。
メリッサの体を持ち上げ、そのボディに三発の拳を撃ち込む。
激しい攻撃に、メリッサは血反吐を吐き出す。
「ッ‼︎」
間髪入れず、日下部は腰につけたナイフを取り出してメリッサの喉元へと突きつけた。
「どうする?諦める?僕としてはこのまま殺してしまっても構わないんだけど……それだと水無月が悲しむんだ。彼は時々君との思い出を楽しそうに話してたからね」
グラべオンに来てからしばらく、水無月は学校生活での出来事を日下部と定期的に話していた。
その話の多くは月霜に関係することばかりだったがごく稀にメリッサとの思い出を話すこともあった。
水無月がこの世界に来て初めてできた友達と呼べる存在だったのだからそれも仕方のないことだったのだろう。
だが、メリッサの話の最後には水無月は必ずと言っていいほど目尻に涙を浮かべていた。
「彼はまだ君が何者かに操られてるんじゃないかって疑ってたよ。魔法がある世界だからそう思うのも仕方がないとは思うけど」
「ふーんそれで?日下部君は私が悪者だってことを疑わなかったんだ」
「水無月には悪いけど、そんな考えは現実から目を逸らしてるだけなんだよ。ただの甘えだ」
「じゃあ日下部君はなんで今私を生かしてるのかな?それも甘えなんじゃない?」
「……そうだね。たしかに今すぐ殺すべきだ」
日下部の右手に握られたナイフがメリッサの首へとかけられた。
そのまま、日下部はナイフを左から右へと走らせようとする。
「狂い咲け‼︎私の愛しい花たち!」
瞬間、色とりどりの花々が広い部屋を隅々まで染め上げる。
床はもちろん壁や天井に隙間なく花は敷き詰められている。
「コレニス!今すぐ足場を!」
「わかってるよ」
急に咲き乱れた花の正体はもちろんメリッサの魔法によるものだ。
そして、その事実はこの場にある全ての花がなんらかの毒を持っていることを示している。
『毒花を咲かす』魔法。メリッサの持つ魔法の二つのうちの一つ。皮膚の腐敗や麻痺、眠気を促すもの、命に関わるものなど様々な毒を含ませたオリジナルの花を咲かすことができる。もちろん既存の花を咲かすことも可能。自身が触れる分には問題ない。一種類の狙った花を咲かすのは現状のメリッサでは自身を中心とした半径二メートルが限界。それ以上となるとランダムで花が咲くため運頼みになってしまうがそもそも毒を持った花からしか抽選が行われないので強力であることに変わりはない。熱や低温など植物自体が苦手なものが弱点となる。
代償を払わずに行われた広範囲魔法はメリッサのポテンシャルの高さを表しており、それに日下部とコレニスも気づいたようだ。
「ありがとうコレニス」
「どうする日下部?」
「まさかあそこまで魔法が使えるとは思わなかったな。とりあえずコレニスは氷壁を次々と創ってって。多分メリッサは……」
コレニスの魔法によって作り出された氷壁に二人は咄嗟に乗り移る。
三人が存在する花に満たされた広い部屋。
その部屋の壁に、続々と青く透き通った氷の足場が創り出される。
日下部とコレニスはバラバラにその足場の上を移動していく。
「ああ!かわいい‼︎そのまま逃げて逃げて逃げ続けてッ、命乞いをし続けろッ‼︎」
いや、代償は払ったようだ。
自制心と倫理観という代償を。
止まらなくなった自分の欲望に従い、メリッサは狂ったように二人へ攻撃する。
数千本の針を全方位に飛ばし、コレニスが創った足場を次々と壊していく。
「無造作に攻撃してくるよなあ」
乱雑に飛んでくる殺傷能力の高い針を毒花に触れずに躱すのは容易なことではなく、自ら防壁を作ることのできない日下部は致命的なものだけを避けることに専念することにした。
一方でコレニスは壊されていく足場に負けず劣らずの勢いで足場を創っていき、自分の身を守る氷壁も創っていく。
だがメリッサの攻撃速度速く、すぐに氷壁を創る余裕はなくなる。
それでも小柄なコレニスは日下部よりも当たる攻撃の数は少なくすんでいた。
「まだかすり傷ですんでるだけましだな」
メリッサの攻撃速度はどんどん上がっていき、日下部とコレニスが反撃する隙はほとんどない。
さっきまで自前の投げナイフで応戦していた日下部もその在庫を切らしてしまったようだ。
━━体力的にも攻撃数的にも圧倒的にこっちが不利。一発で決ないといけないか。
(コレニス、タイミング合わせて僕のサポートよろしく)
(絶対に仕留めてくれよ)
(約束する)
沈黙でのコミュニケーションをとり、激しい針の雨の中、日下部が決着への駒を一歩進めた。
「ちっ!」
部屋のあちこちに散らばったナイフを日下部は魔法を使って自分のもとへと引き寄せていく。
ナイフは間に立ってるメリッサの肌を容赦なく切り刻んでいき、日下部の手元へと戻っていく。
その数三十、日下部自身が扱える最大本数が宙を一直線に飛ぶ。
そして、ここからが日下部の本領である。
コレニスの創った足場を移動し続けることで本来なら一直線に飛んでいくはずのナイフは持ち主である日下部の方へと空中で方向を変える。
そのタイミングをうまくずらし、日下部はたった三十のナイフで数千の針攻撃と同じ攻撃力をメリッサへと放った。
小さく細い針よりもそこそこの大きさを誇るナイフの方が一撃の重さは強く、致命的な一撃を避けるのにも大きく動く必要がある。
もちろんそれはメリッサもわかっていたことだった。
ただ下手に動くのも危ないのでメリッサはその場からは動かず自分の体の軸を大きくずらしてナイフを躱す。
だが、それは日下部とコレニスには十分隙のある動きだった。
回避に専念していたメリッサ、しかしそれは日下部とコレニスが直接攻めてこないということを前提とした動きであり、二人が自分の身の安全を考慮しない動きをした場合。
勝負の決着は即刻つくこととなる。
隙のできたメリッサへと、二人は同時に攻撃を仕掛ける。
日下部は右手にナイフを持ち、コレニスはカトラスを両手に握りしめて、それぞれ別方向からメリッサに向かい宙を駆けた。
「くっ!」
「コレニス!」
「ごめん日下部、あとは任せたよ」
形勢が一気に逆転し、不利な状況に立たされたメリッサは、日下部を狙うことなくコレニスだけを標的にした。
メリッサはコレニスの目の前に確実に心臓を貫く針を形成する。
絶対に避けなければならない攻撃。
それを回避するために、コレニスは二つの氷塊を宙に創り出した。
一つは自分の創り出した氷塊を蹴り自分の身が飛び出す方向を変えるために。
もう一つは日下部の攻撃を必中にするための目くらしに。
メリッサはコレニスへの一撃を失敗しために日下部へと標的を変更する。
が、振り返った先にあったのはメリッサの死角に創られていた目くらまし用の氷塊だった。
その間、日下部は確実にメリッサの首を打ち取れる位置にそのでかい図体をうまく移動させ、
「やるじゃん」
鈍く冷たい金属をメリッサの首へと横一文字に滑らせた。
弾ける鮮血は咲き乱れる花々を赤く染め上げて、花と共に消えていった。
魔法の消滅は使用者が死んだことの示しており、日下部もメリッサの血塗られた生ぬるい首に手を当て死んだことを、否、自分が確実に殺したことを確認する。
「コレニス……コレニス、大丈夫か?」
メリッサが自分を狙ってくるだろうと確信し自分の行動すべてをブラフに使ったコレニスは最後の最後に毒の花畑へとその小さな身を隠した。
今は消えた花畑から姿を露わにするその体には火傷のような跡や腐食したような部分が至る所にあり日下部の声に反応できる意識はすでに失われている。
「傷が深い。一旦退いた方がいいか」
(水無月、聞こえる?)
(…………こちら水無月。ちゃんと聞こえるぞ。どした?非常事態か?)
(コレニスが戦闘不能状態。僕も傷が深いから一旦退かせてもらう)
(……そうか。先に帰ってコレニスの看病でもしてやっててくれ)
(水無月も無理はしないでね)
(気ぃつけて帰れよ)
(水無月も無事に帰ってこいよ。アルマちゃんが悲しむからな)
(任せとけ)
そこで会話は終わる。
「たった一人だけにこんなに苦戦するとは。ごめん師匠」
懐かしむようにつぶやく日下部は小柄なコレニスを抱えて王城の外へと歩き始めた。
静かに、だが重い足取りで部屋を出ていく。
部屋に残ったのはすでに温もりをなくした黄色い髪に黒のラインの入った女王蜂だけだった。
ーーーーーーーーーーー
同時刻、同じ階層の別の部屋でも戦いの決着がついた。
「リルレットから手を放せ」
カルステアが睨みを利かせるその先には傷一つない男が意識を失ったリルレットの首元を掴んで引きずっている。
「残念ながらそれはできないと先ほども言いましたよね。それに……」
男はリルレットを掴んだまま沼に引きずり込まれるように徐々にその姿を消していく。
「納得いかなければその手で取り返してみてはどうかとも言ったはずです。そして今あるのはあなたがそれをしなかった、あるいはできなかった結果。あなたは自分に見合わない夢をかなえられなかっただけなのです。諦めが悪いのは騎士らしくありませんよ?」
「くそがあああああああ!!」
そう言って男はリルレットを連れその姿を完全に消した。




