餌は豪華に豪胆に
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「……っひ、えひ……うひぃ……」
「キャレル、何故突然逃げた。此方の事情は伝えておいた筈だが」
此処は近隣にも名が轟くシャーゴン王宮。
その宰相執務室ではお話し合いや、厳しめのお話し合い……色んな事が起こっている。
横の部屋ではひとり休ませているが、部屋の持ち主コンラッドとその幼馴染みミューンはすっかり存在を忘れ去っていた。
それよりも。
目の前の震える獲物……グルグル巻きにされた全体的に黒っぽい青年の奇声の方が気になる。
魔獣子爵の子供であるらしい、まだ二十歳前後の青年。
所々崩れかけた旧王国水道内を探せる力を持つとは、何の生物なのだろう。
イマイチ良く分からないが青褪めたらしいその顔は、実に弱々しく見える。
「ちょ、ちょく、直前になって、こ、こわ、怖くて……」
「……最強の魔獣子爵の子息が何を怖がる」
「あ、あなた、貴方様には、負け、負けます……」
巨大鮫に勝とうとする方が間違いだろう。ミューンは呆れたが、顔には出さずにこやかに語りかけた。
逃がすなと号令したことなどスッカリスッキリ忘れ去って。
「ヌメドー子爵令息様、私は貴方のお力を借りたいだけなの。そう怖がらないで頂戴」
「ひっ……!!」
「ミューン、君の笑顔は相変わらず怖がられるねえいった!痛っ!!ミューン!!ミューン!!」
つい、ミューンは反射的にコンラッドの足を踏んでいだ。高い踵に全身と怒りを乗せて、グリグリと。
「落ち着いて聞いて欲しい、キャレル」
「ふひぃ!!こここここんな怖い現場で何をどうしたら落ち着くんですかぁー!?」
「君の言うことも真理なんだが、怯えないでくれたまえ!ミューン!!いい加減私のか弱い足から退きたまえ!」
「ちょっと、躓いただけよ!ホーッホッホッホ!!」
「ふひいいいい!!」
「……こほん」
高笑いにビビられている。余計怖がらせたようだ。
「どうか聞いてくださいまし?」
「ふへえイヤだあ……!!番を探しの補給に立ち寄っただけなのに……!!水路を使えば良かったああああ」
「その水路に私の番が閉じ込められているんですのよ」
「それは……お気の毒です、けど」
「この国は地上戦の国だからな。水路を使うには、オレも図体がデカすぎる。キャレル、拐われた彼はオレの友でもあるんだ」
「えっ!?それ初耳だがね!?あの剣歯虎君、スオリジェ軍将迄!?ユーイン殿下に続いて、凄いね!?年上専門タラシだね!?」
「そんな単語はないし、最早情報が古いのよ!!アンタ、そんなんで宰相やって良いと思ってるの!?」
「ひっ!?」
「ほらミューン、ヌメドー子爵令息殿が怯えているよ。お可哀想な」
「ふひえ!?」
完全に怯えきっている。同性なら良いのかと親しげに近付くコンラッドすら、猛獣に近寄られたかのように逃れようと頭を抱えてガタガタ震えていた。
ミューンとコンラッドは視線を交わす。この怯えた男を短時間でどう丸め込めば良いのか。
「キャレル」
「ももももう、即刻!王都から出ますよううう!王宮の特別依頼って碌でもないタダ働き同然じゃないですかあ……!!」
「おおっと……耳の痛い本音を拝聴したねえ」
「そんな貴方に朗報よ、ヌメドー子爵令息様!!」
……詐欺広告みたいな言い方だね、ミューン。とコンラッドに唇だけで呟かれたが、黙殺した。これ以上怯えられては困る。
「番へのお好みは?私、これでも王宮のご令嬢方に詳しいの」
「何!?ミューン嬢、それは」
「多額の金銭にしても構わないよ!」
「……ぼ、僕の種族を怖がらない女性なんて……いま、います、か……」
キャレルはウロウロと目を泳がせた。
少しだけ、彼の顔から怯えが消えている。これは勝機とミューンは畳み掛けた。
「ええ、勿論よ!!」
「……本当に……?」
「ええ、本当に!!」
「ミューン嬢……!?」
ミューンの安請け合いは実に力強かった。スオリジェが少しだけ口の端を引き吊らせているのにもお構いなしに。
暫く黙っていたキャレルは、ウロウロと視線を彷徨わせた後……弱々しく頷いた。
「……分かりました。旧王国水道に囚われた貴女の番、頑張って助けます」
「あ、有難う!!本当に感謝するわ!!」
「では此方で金銭の報酬の話と契約書の話をしよう!いやあ助かったよ。彼は……」
コンラッドが逃すまいとキャレルをグイグイ引っ張っていく。
宰相執務室はかなり小部屋が多いらしい。
「……ミューン嬢、あの約束で本当に叶えられるのか?キャレルとの約束は……反故には出来ないぞ」
「ホホホ!大丈夫ですわ」
「……キャレルの前で言えなかったが、彼の正体は……緑青銅のヌチャヌチャは、猛毒を持つ巨大なウナギに似た生き物なのだが」
「ウナギ?ですの?」
聞いたことの無い生き物の名前に、ミューンは首を傾げた。
「その名の通り……泥の中に潜んで獲物を喰らう、蛇のように長いヌルヌルした生き物だ。
その見目にご婦人ウケは頗る悪いと聞く」
だから、スオリジェは困っていたのか。言われた様を想像して、ミューンの顔が引き吊った。
「本当に彼を気に入り気に入られる令嬢に心当たりは?」
「……王都中に、お触れを出しますわ。フリックを助けられるなら、それ位!!」
それこそ無差別に探すしかない。
「あのコンラッドに引っ掛かってしまったロジェル嬢のように、ゲテ……豪胆なご婦人を探し出して見せますわ!!」
「……ご婦人を探す……こればかりは、オレは力になれんな……」
青緑色のヤツメウナギイメージです。古生物に近いそうですね。
魔獣なので若干違いますが、気軽な検索はご注意を。まあまあ怖いです。




