かき消す花の下で
お読み頂き有り難う御座います。誤字報告、誠に助かっております!
ドレッダ侯爵家に引っ張ってこられたスオリジェ軍将とフリックのお話で御座います。
「……此処は、ドレッダ侯爵家……か」
季節の花が咲き誇る、貴族街に佇む、大きな屋敷。今は丁度、スオリジェの知らない黄色の花が煙るように青空に枝を伸ばし咲き乱れていた。
内政を司る大臣達の中でもやり手の男が構える邸宅の筈である。
「君は、誰だ?……すまん。失礼だが、初対面……だったかな」
名前も知らない小さな剣歯虎に連れて来られたにしては、場違いな場所だった。
手を引いていた少年はくるっとスオリジェに向き直り、丁寧に頭を下げる。
「僕はフリック・レストヴァと申します。名もない子爵家の出で……法務大臣のご令嬢、ミューン・ドレッダ様の番です」
「……ミューン嬢……。法務大臣のご令嬢」
あの空に送られた第三王子ゴードンの、幼馴染み令嬢。
そう言えば、最近何度か会った覚えがある。
長らくゴードンの妨害で婚約者が居なかったと聞いていた。……軍部とかるたの捜索に街の往復しかしていないから、情報が古かったようだ。
それにしても、随分と若い。
よく見ると、古びては居るが名門メメル校の制服を着用している。学生のようだ。
レストヴァ家と言う名前にも、覚えはなかった。
彼に好かれる理由も当然ながら思い当たらない。
「……この血では、邸宅を汚してしまうな。折角の誘いだが」
「お庭でお茶を頂きましょう、閣下。ミモザが綺麗に見える場所が有るんですよ。お花がいい香りですから、血の匂いも直ぐ気にならなくなります」
「いや、そうではなく、だが」
フリックと名乗った少年は、微笑みながらもそのか細い手を離さない。スオリジェが強引に振り払うと折れそうな彼に困り果てながらも、引っ張られるしかなかった。
「法務大臣閣下は勇壮な方がお好きなんです。後でスオリジェ様とお話をお聞かせしますね」
「……」
使用人がキビキビ動く中、あっという間にスオリジェの唇は止血され、黄色の花の咲き乱れる下に作られた席に座らされた。
体の大きな彼用に、大きな二人掛け椅子迄設えてある。
「先ずは閣下。……強引にお招きして、申し訳有りません」
正面に座っていたフリックは立ち上がり、ペショリと丸い耳を寝かせて、フリックは頭を下げた。
「いや……何か、目的が有るのか?」
「目的、ですか。……あの、もうひとつ謝罪させてください。勝手に閣下の恋人さんを僕達も探していました」
「……何の為にだ。わが……オレの持ち物で何か欲しいものでも?」
「……ミューン様は、僕達の結婚に閣下の庇護が頂きたいとの願いでした」
スオリジェは彼の意図が分からず眉根を寄せた。
「……冗談だろう。オレよりもかなりの高位貴族のご令嬢が、子爵家との結婚に、オレの名前が必要な訳が無い」
「第三王子殿下が、僕をお嫌いでしたので。ですが、僕は……賛同しておいて申し訳無いのですが、閣下からは何も対価を頂く気は有りません」
睨む形になってしまったスオリジェに、尚もフリックは微笑んだ。
「オレは憐れまれた、と?」
「いいえ、閣下。僕は怪我をした方に手当ての手を差し伸べるよう育ててくださったシスターより教えを受けました」
「……善き教え、だが」
今のスオリジェには偽善に思える。
流石に、そう素直に口には出せなかった。だが、フリックは微笑んだままだ。
「閣下、僕達は初対面です。僕が勝手にしたことに何も思って頂く必要は有りません。それに、シスターはこうも仰いましたから」
「何だ」
「助けは必ず自分の余裕の有る時に。無闇矢鱈な人助けは有害です。助ける相手を選ぶのです、と」
「成程、君の育ての親御さんは……ドライだな」
「そうでもありませんよ。僕と姉を助けてくださった慈悲深い方です」
自分はこの少年に助けたいと選ばれた、のだろうか。何もしていないのに。
かるたに棄てられたと痛感するスオリジェには分からなかった。
目の前には、素朴なクッキーと淡い色の茶。そして、湯気の向こうには、澄んだ薄緑の瞳がスオリジェを見つめている。
「閣下、僕は何の力も無い学生です。法務大臣閣下の庇護下ですが、あの方を動かす発言力は勿論ありません。軍事的に見返りを頂く立場でも有りません。ですから、これは単なるお茶のお誘いを受けて頂いただけですよ」
「オレを助けたい、が聞かなかったことにしてもいい、か?オレだけに……都合が、良すぎないか。レストヴァ子爵令息」
「大丈夫です。非力な僕に出来る事は限られています。決して、能力以上の事は出来ませんから」
何時もなら、こんな小さな子供に縋るなんて思いもよらない筈だった。
スオリジェは瞑目する。
行くにせよ戻るにせよ。
長年かかって辿り付いた今は、八方塞がりだった。
「情けない話だが、可能な範囲で助けてくれ。危険が君に及ばないから、話を聞かせて欲しい。フリック殿」
「閣下!」
「スオでいい。……長いからな」
「では僕のこともフリックと!!スオ様、有り難う御座います!」
面倒事を我が事のように喜ぶフリックに、スオリジェは戸惑い……噛んで傷付いた唇が引き上がって居るのに気付いた。
フリックは説得に成功したようですね。




