手酷いひとめ
お読み頂き有り難う御座います。誤字報告誠に助かっております。
スオリジェ軍将の異世界種探しに進展が有ったようです。
少し、残酷な表現が御座います。
「……」
元々はザブジャブジャブーン出身のスオリジェ軍将は、水中では何キロも先の血の臭いを嗅ぎ付けることが出来るが、空気中ではそこまで鼻が利かない。寧ろ、目がそんなに良くないので普通の軍人よりも不便な面もある。
空いた時間に愛する人を探す、ひとめでも……。そんな、地獄のような何時ものような日の続きの筈だった。今日も見つからない。だが、今日こそは……そう思って肩を落として帰る日々、の筈だった。
だが、散々探した商店街の細い路地の奥。嗅ぎ慣れた匂いがする。
目の前の見慣れない女性から漂う、嘗ての恋人の匂いに、戸惑って立ち竦んでいた。
「ロレット、行ってらっしゃい」
「うん」
「気を付けて。誰よりも大事な貴方に何か有ったら、生きていけないからねー」
そして、その声にスオリジェの脳髄は揺さぶられる。
年齢を重ねた姿なのだろうか。此処からでは目の色は分からないが髪の色が抜け、殆どが白くなっている。
だが、アレは、かるただ。
スオリジェの、愛を誓った恋人。
朗らかに笑う、その笑顔は……彼女の半分くらいの年齢の若者に向けられていた。
そう、丁度彼女の子供位の年齢の、サクラダイ獣人の男の若者に。
スオリジェはサクラダイの生態を知っていた。
サクラダイ獣人は、特殊な種族の部類だ。雌として産まれ、その後体の大きな者が雄となり同族ハーレムを作る。
かるたは、そのハーレムに組み込まれたのか。
そして、彼を産んだのか。
いや、それとも。
ハーレムの主から、かるたは、若者へと譲られたのか。
「そんな」
嘗て、一緒に暮らした日々が。
祖国に帰れずに大変な思いをさせたにも関わらずささえてくれたことや、愛を打ち明けて染まった頬に齧り付きたいと思ってしまったことや、別れる寸前のかるたが、ガラガラと崩れていく。
何故。
他の雄を。
あんな、笑顔で。誰よりも、大事だと言って……。
己は百戦錬磨の海軍将と呼ばれている。
数多の敵を、それこそ同族だって撃破したことも有る。全て、家族の為に。かるたの為に。
それなのに、その体は凍りつくように動かない。
ドクドクと、耳鳴りが止まないスオリジェは耳を抑えた。
駆け寄って訳を聞きたかった。
だが、あの微笑みを他人に向けた時点で、近くのメメル大河に引きずり込み喰い殺す衝動しか湧いてこなかった。
彼女の血が、体が水面に浮かぶ様に、スオリジェは唇を噛む。鋭い歯で傷つけられた口から、尋常ではない血の量が滴り落ちるのも気付かない。
『他に大事な男の人が出来たから、ゴメンね』
聞いたこともない言葉が、かるたの声で囁かれた気がして腸が煮え繰り返る。
此処に居たら、殺してしまう。自分は残酷な、サメなのだ。最初に出会った時怯えられたではないか。
そうだ。アレが夫だろうが息子だろうが、知ったことか。
何故、裏切った。何故、こんな近くに居るのに隠れ住んでいる。何故、会いに来ない。何故、何故!?
殺したくない。憎い。愛しい。喰らいたい。
手に入らないのなら、腹に入れてしまいたい。
勝手に消えて、コソコソ現れ、此方の心をかき乱す。
異世界種は、残酷だ。
忌避されて嫌われるのだ。
愛した心の、反転で……憎んだ者が数多と居たからだ。
自分だってザブジャブジャブーン出身で、差別なんて悍ましいと思っていたのに、憎んでしまった。
こんなに、愛しているのに。生涯の殆どを掛けて、探していたのに。
他の家族をしれっと作ってしまった、かるた。
もう、無理だ。探して探して待って待って……今の微笑みで砕けて、溶けて、泡になってしまった。
こんなに、こんなに。
顎から滴る血の音が、目の前の光景が現実味がない。
ぐらり、と頭が揺れたその時。
「閣下、スオリジェ軍将閣下?」
柔らかい声が、耳朶を打ち……スオリジェは我に返る。
眼下には、若草色をした剣歯虎の少年獣人が目を潤ませて此方を見ていた。
「ああ、良かったです閣下。どうしてお口を傷付けられたんですか?……いえ、すみません」
「あ」
「血が酷いです。何処かで手当てをしないといけませんね」
「いや、こんな掠り傷……」
精一杯背伸びして、そおっと当てられたハンカチがみるみる内に赤黒く黒く染まっていく。
ハンカチを再起不能な迄に汚されたにも関わらず、剣歯虎の少年はニコリと微笑んだ。
「……僕がお世話になっているドレッダ侯爵邸で、お茶でも如何ですか?僕、閣下のの勇壮なお話に憧れて居たんです」
「いや、そんな気分では」
「修道院のお手伝いをして、茶葉とクッキーを頂きました。高価なものでは無いですが、クッキーは甘さ控えめで美味しいんですよ」
「……少年」
尚も言い募る少年に、スオリジェは戸惑う。
「僕の婚約者は、僕の辛い時に……失礼な言動をしたにも関わらず、その場から連れ出してくださって。お菓子と笑顔をくれたんです」
「……」
「少し、離れてみましょう。スオリジェ様」
手をスオリジェの血に染めて微笑む、剣歯虎の少年に
手を引かれ……スオリジェは商店街を後にした。
因みにこの商店街は、フリックの通学路です。




