リオネス家公女の事情
お読み頂き有難う御座います。
ジュランからの手紙が届いたドレッダ家です。
「……爬虫類の子とジュランですって?フリックの優しさのお陰で試練をクリア出来たからお礼?……試練って何なのかしら。偉業だったのねフリック」
「い、偉業……。いえ、補習の問題のページを教えただけなんですけど」
まさか保護者付きで手紙を寄越してくるとは思わなかった。
ミューンは嫌そうに封筒を引っくり返して、しげしげと黒の封蝋を眺めた。
割れた壺とナイフが意匠のようだ。
「リオネス家ではなくて、裏稼業ネットワークの封蝋ね、これ」
「そ、そうなんですか」
「そうなの。リオネス家の家紋は……馬と馬と馬と馬……取り敢えず馬だらけなのよね。まあ、馬の家だから仕方ないのだけど馬だらけよ。四つに割った区画に馬だらけって何のギャグなのかしら」
ミューンの貶しっぷりは散々だが、どうやらリオネス家の家紋は変わっているようだ。
フリックは、各家庭の家紋まで把握していない。本来は家庭で学ぶものなのだろうが、姉と共にそんな機会はなかった。
だが、今回を機に覚えなければならないなとフリックは決意する。
「ええと、宰相閣下がケルピーで、ジュラン様がユニコーンですよね?」
「その妹のネラは三つ角の馬ね。昔、三角馬とか苛められていたのよ……。拷問器具みたいだから呼ばないであげてね。
コンラッドとジュランに関してはたんまり悪口を言って良いわ。乙女執着水馬とか仲違い好き一角獣とか」
「い、いえ言いませんけど……宰相家のリオネス家なのに、公女様が、苛めに遭われていたんですか?」
フリックのように貧乏貴族なら分からないでもないが、名門公爵家のお嬢様が苛め被害者とは、尋常ではない。酷い陰口が有ったものだとフリックは眉根を寄せた。
「何が気に入らないのか分からなかったけど、コソコソとね、有ったのよ。コンラッドとジュランが怒りまくってたけど、ああいうのって叩けば叩く程姑息に湧くから。
ネラは額の真ん中と、側面に角を持っているの。女の子だからそこまで大きくは無いんだけど……コンラッドとジュランみたいに顔を人っぽく擬態が出来ないタイプでね。あの極悪非道の兄と違って大人しい子よ」
「……そうなんですね」
「まあ、ネラの話は……ネラね。……ジュランはネラの事も持ってくる気かしら。最近、王太子と仲が良いそうだし」
「そうなんですか」
「でもあの子、陸軍将の長男夫人……売約済みの既婚者じゃないの?何でまた……」
そう言えば、可愛い妹をゴードンに盗られぬようサッサと結婚させた筈だ。
確か、陸軍将の長男だったかが、ゴードンと仲が良くなり始め、一時期ギャーギャーと公爵家が騒がしかったようだ。だが、幸いにしてゴードンがネラに興味を示すことは無かったようである。番、番と煩かった男は既婚者に用が無いらしい。そう言えば、幼いネラが苛めに遭っているのをミューンが庇いに飛んで行っても無関心だった。何て野郎なの!とミューンに思い出し怒りが湧く。
「陸軍将のご長男でしたら、そのネラ嬢を守れるくらいお強いんでしょうね」
「いやーどうかしら。そういう功績は……新聞に載るようなのは全く無かったわね。夫婦仲が良いとも聞いてないし……。
そう言えば、最近、長男は父親の陸軍将と落盤事故に遭ったと聞くわ」
「あ、僕も読みました。陸軍将とご長男のおふたりが巻き込まれた事故ですよね。心配ですよね」
その事件は新聞にも載ったし、病院に暫く入っているようだが……そう言えば消息を聞かない。
「……情報統制されて、もう長男が死んでたりしたら?……陸軍将も」
「え?」
「陸軍将の業務は副官が、家は次男が……。陸軍将は……空軍将と海軍将に比べて影が薄かったけど……皆もそう思ってるしね。だから、隠しやすい……?
長男がゴードンの取り巻きだけあって、結構鬱陶しい奴だったわね、そう言えば」
「……ですが、陸軍将とご長男がお亡くなりになるなんて、目茶苦茶大変じゃないですか。次男さんが隠される理由が……軍だって統率が取れませんよ」
「目茶苦茶仲が悪いらしいのよ。何て言うか……陸軍将と長男vs夫人と次男、的な?」
「そうなんですね」
その場合、ネラの立場はどうだったのだろうか。
気性的には夫人の側に近かったと思うのだが。
結婚してからはあまり王宮に近寄らなかったネラが、王太子の側に。嫌な予感がする。
「海軍将スオリジェ閣下の恋人の異世界種もなーんか見つからないし、陸軍将のハーマイン家に嫁いだネラは王太子に近付いてる……。嫌だわ、ゴードンが失せてもゴチャッてるわね」
「ジュラン様はもしかして、その件でミューン様をお訪ねされたいんじゃないですか?」
翼竜シュラヴィのお礼とやらを口実にして。
ミューンの来訪を何時も嫌がり、先日は途中でぶった切った男が態々やってくると言うことは、そう言うことかもしれない。
「……ウチ迄来るって事はあれよね。何か手土産とか寄越してくるのかしら。嫌だわー。あの男が持ってくるお菓子とか毒入りっぽいもの」
「さ、流石にそんなことはされませんよ!!」
目を剥くフリックの手をミューンは優しく握った。亜麻色の髪の後れ毛がふわりとゆらぎ、オレンジ色の目が優しく細められる。
……だが、目の奥が笑っていない。
「フリック、貴方を怖がらせたくはないけど……あの男は裏稼業なの。一家惨殺とかやる系なのよ。伝説的に目立たない暗殺者も配下なんだから」
「……き、肝に命じます」
「まあ、実際ウチでオイタやったら蜂の巣だけどね!ホホホ!!」
……僕の番は怖いな、とフリックは改めて思い、何とか微笑みかえすのだった。
リオネス公爵家の家紋はユニコーン、ケルピー、バイコーン、普通の馬です。
馬だらけです。




