思わせぶりな修道女
お読み頂き有難う御座います。王宮へ行く前に修道院へ寄ったフリックとミューンです。
少しひんやりした朝。修道院の、とある墓標の前。
修道女アルベリーヌが跪き、祈っていた。
「空に居わします我らが祖よ。迷える愛おしき方をお護りください」
「そのおいのり、へんー」
「そって何ー?」
「そっとしとけーのそっー?」
「シスターをまもってもらってー。そっ!」
先程まで着替えだの洗顔だのと散らばっていた子供達が、ワラワラと彼女の周りに集う。そして、同じように膝を着き、口々に好き勝手に祈りだした。
「私は多少の諍いからは身を守れます。大事な愛し子達を守ってくださいと、私のご先祖にお願いしているのですよ」
「ぼくにもごせんぞ居るのー?」
「見えなーい」
「ごせんぞー!おやつほしー!」
リクエストされてカーテンを渡す為、王宮に行く前に修道院に立ち寄ったら、お祈りをする修道女アルベリーヌに纏わりつく孤児達が、庭で騒いでいた。
「あ、フリックにーちゃんだ」
「シスター、フリックにーちゃんとコンヤクシャの人来たよ」
「おかしー」
「う、うふふふふ!!此処の子供達は本当に素直ね!!お菓子を!」
「はっ!!」
子供達の発言に気を良くしたミューンの指示で大きな袋を抱えた使用人がお菓子を配り始めた。
「わーいおかしー」
「ありがとー」
「やったねーフリック兄ちゃんー。タマノコシー?」
「ばっ、違っ!!玉の輿じゃないよ!!僕はええと、その……その単語はダメな奴だから!!」
「えーヘタレー」
「ゴマカシダメだよー」
「こらあ!!」
対して、フリックは子供達に集られからかわれてアワアワしている。
「ミューン侯爵令嬢、施し感謝致します」
「リクエスト通りの野菜のお菓子よ。シスター」
「ええ、これで昼食代が浮きました」
「し、シスターアルベリーヌ……」
「それはさて置き、ふたりとも何方へ?」
頭巾の向こうから鋭い猛禽類のような眼差しを向けるアルベリーヌを、結構顔が怖いなと思いつつ、ミューンは答えた。
「王宮ですけれど。ユーイン殿下に文句と、20年前の大悲劇の話を披露させに行こうかと思いまして」
「シスターアルベリーヌは何かご存じですか?」
「私が此処に居を構えたのは18年前ですから、大悲劇に付いては当事者ではありませんね。ですが」
「ですが?」
野菜ケーキを頬張る子供達に向ける目は、鋭くも優しい。そして、一人の孤児に視線を止めた。
「大悲劇と呼ばれる謂れは知っています。あの事件に関わった沢山の家が処分と責任追及を受けました。庶民も、貴族も」
「え、あの子は」
まさか、あの白と茶色の大きな犬耳の少女が大悲劇に関わった被害者のひとりなのだろうか。
ミューンは顔を強張らせ、フリックは固唾を飲んだ。
「シャンティは食べ過ぎだから夕食を調整せねばと見てただけです」
「ま、紛らわしい!!」
この人、マイペース過ぎるなとミューンは遠い目になった。
「ですが、あの子の母親ビビアは大悲劇に関わった家の出です。爵位を無くしてからは、シャンティを産んだ後も苦労したと聞きます。結婚した夫が暴力男で離縁して、出稼ぎに出ているのでこちらで面倒を見ているのです」
「シャンティが……知らなかったです」
ぺしょり、と寝かせた若草色の丸い虎耳を避け、アルベリーヌはフリックの頭を撫でた。
「潰れた家も有りますが、復活させた家も有ります。20年はとても長い」
「只の黒歴史では済まされないんですのね……」
「大悲劇自体では人死にが出なかった、と聞いています。ですが、その後。沢山の苦難が襲い掛かったことでしょう。辛さで命を落とすものも居たかもしれない」
「シスターアルベリーヌ……」
喧騒から離れて丘の上に建つ、シャーゴン王宮。
特に何かが起こっている訳でも無く、静かに聳え立っている。事件が起こったとの連絡もない。
「王族の恋は、吠えても遠く届かぬ空。ままならぬ呪いが掛かっているそうですから」
「……シスター、何かご存じですの?」
「いえ、特に。只、私の故郷からきな臭いと聞いています。そうですね、フリック」
「は、はい!?」
「自衛の手段を持たない貴方が一番危ないでしょうから、少しアドバイスを」
「みゅっ!?」
「王宮でミューン侯爵令嬢とはぐれた時、王太子妃を頼りなさい。深海言語が出来る貴方なら、答えてくれるでしょう」
「ちょ、シスター!?はぐれるフラグ立てないで欲しいんですけど!?」
ニイ、とアルベリーヌが向けてきた笑った顔は……やはり結構怖いなとミューンは思った。
アルベリーヌの見た目は父親似ですが、ハーピーですのでよく見ると怖いようです。




