知らされぬ関係図
お読み頂き有難う御座います。
フリック目線でお送りしております。
今回簡単に人物紹介を追加しましたので、名前に迷われた時はどうぞご利用の程を。
そう言えばこの頃、シュラヴィを見ない。
クラスが違うので見かけないだけかと思っていたら、欠席しているようだ。
ジュラン・リオネスの為に裏稼業ネットワークを手伝っているのだろうか。
それともその兄のコンラッド・リオネスの指示?
「っと、いけない」
貸し出し期限の迫った本を返却する為に、フリックは図書館へと急いだ。
「はい、確かに」
無愛想な司書の職員に滑空形態語学と数学理論の本を返し、帰ろうとしたが、ふと後の棚に『学校史』が整然と納められているのを見つけた。
学校史。
それは、つまり……。
猫背で寂しげな目をした、赤褐色の狼の姿がフリックの頭を過った。
「あの、すみません。えっと、メメル校の大悲劇について載っているのは何巻でしょうか?」
「んん?大悲劇?あー、二十年前の?……キミみたいな若い学生さんが、何故にまた……」
ズリ落ちた分厚いレンズの眼鏡を掛け直した、司書の魚獣人男性は首を捻った。が、合点が行ったようにフリックの顔と襟元のブローチに目を止め、見て頷く。
「ああ、そういやドレッダ家の婿に入った若草色の剣歯虎君って、キミか」
「え、みゃ?あ、ハイ。いいえ、ええ!?め、まだ、婿!?婿じゃ無いです!!」
「いやまあ無関係じゃないもんね。えーと、確か新聞のバックナンバーのスクラップブックも有ったな」
慌てふためくフリックを余所に、よっこらせ、と司書は立ち上がった。その足を引きずりながらカウンター奥の書架を探っている。
「みゃ!?すみません、お怪我を!?ええと、場所を教えてくだされば」
「あー良いよ。カウンター内は図書委員以外の生徒さん禁止なんだ。古傷だから気にしないで良い」
先程眼鏡を取った顔は、三十代半ば過ぎ位。
何の種族かは解らないが魚系で、未だ若いようだった。そんな歳で足を引きずるような後遺症を受けているとは、もしかして修道女アルベリーヌのような退役軍人だろうか?
歳も恐らく、彼女と同年代位に見える。
「あの、ドレッダ家と無関係でないとは」
「あれ、知らないの?単なる好奇心?」
「あ、えと。ハイ」
ユーインの話を思い出したから、とも説明出来ず、フリックは所在なさげに眉尻を下げた。
「大悲劇の三人のひとり、プリシテ・ライバー伯爵令嬢は、キミの婚約者ミューン嬢の母方の従姉姫だったよな?」
フリックは受け取った学校史を取り落とす所だった。
聞いてない。
全く聞いてない。
一体何故、フリックには知らされなかったのか。
ミューンは何故教えてくれなかったのだろう。
自分が、頼りない子供だからだろうか。
そうだった。フリックはずっと頼りない小さな仔虎だ。
ゴードン王子に襲われた時も、対抗出来ずに呑気に伸びてしまい結局ユーイン王子とミューン様が助けてくれたじゃないか。
現実が一気に目に見えたフリックの目に、涙が溢れる。慌てて本をズラし、しゃくり上げるも涙が止まらない。
何も出来ないのに、頼られたい、なんて。フリックは無意識に驕っていたらしい。
「どんな顔をして、帰れば」
「ど、どうしたんだ!?」
「いえ、埃が目に染みました。すみません」
しかもこんな所で無関係な人の前で号泣して。
どれだけ自分は人に迷惑と心配を与える存在なのだろう。
「……」
『こんなことで泣いてどうする。世間にはもっと……!!お前の為を思って厳しくしてやってるんだ』
久しく忘れていた両親の怒号が頭に響く。
自分達の憂さ晴らしに過ぎない、単なる虐待ではないか、と思っていたが、彼らの方が正しいのかもしれない。
「帰りたくない、な」
修道院へお邪魔しても良いだろうか。
少し、距離を置かないと。ミューンの前で泣いてしまいそうだ。
「フリック様、誤解で御座います!!ミューンお嬢様は常に!常に!!フリック様への熱い!熱い!愛と信頼を持っておられます!!」
「みゃあっ!?だ、だ!?あ、護衛さん!!」
フリックの前に突然飛び出てきた青年の濃い緑色の髪には、植木の葉っぱやら枝が多数付いている。
今まで無口で静かに付き従われて来た護衛にベラベラ喋り出しされ、度肝を抜かれたフリックの涙は止まってしまった。
「ご存じの通り、我がドレッダ侯爵家では万事に置いてスピードを重視!神速を尊びます!!」
「は、はあ」
それはフリックも、物凄くよく身に染みて体験していたので頷いた。
「ですので、ドレッダ家の方々には、ほんの少々!忘れっぽい面がお有りなのです!!其処がチャームポイントかつ、お茶目!!フォローを出来ることもまた喜び!!」
「は、ええと、でも、あの」
目を白黒させるフリックの手を護衛は恭しく取った。然り気無く、馬車の方向へ移動しているのにフリックは気付かない。
「ですが部下には出来る限りが御座います。そう、ミューン様を常に愛することを誓われたフリック様にしか出来ないことが御座います」
「僕にしか、出来ないことが?」
首を捻ったフリックの目蓋を濡らしたハンカチで拭いながら、護衛は力強く頷いた。
「完璧なようで少しお茶目なミューンお嬢様のウッカリを、お隣で受け止めて受け入れてくださる殿方。それは、生涯フリック様だけなのですから!」
「帰りましょう」
何だか丸め込まれた気がするが、フリックは頷いた。実際よく考えてみると、知らせられなくても深刻に考えるまでもない問題である。
貴族同士がどこかで親戚なのは、昔からのセオリーなのだし。
……それよりも、あんな公衆の面前で泣いてしまった方が問題ではないか。フリックは急に恥ずかしくなってきた。
「みゃあああ!!どどどどうしよう!!あんな、あんな!!」
「フリック様、大丈夫です!ちゃーんと目に埃が入っただけと伺っておりますから!」
「うみゃ……。すみません、ドレッダ侯爵家が前向きなお家で良かったです」
「ええ!我らお館様の元、常に前向きです!」
フリックは二冊の本を大事に抱え、ドレッダ侯爵家へ帰ることにしたのだった。司書さんには明日謝ることにする。
護衛さんは出来る部下のようですね。




