エンカウント再び
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王妃の居室を急いで退出したミューンは、更に急いでいた。
またゴードンがそこら辺から出てきかねないのも有るが、周りのヒソヒソ話が先程よりも大きくなっているからだ。
先程王妃の居室へ向かう前の騒ぎが、もう知れ渡っているらしい。
ゴードンに殺意を滾らせながらも、ミューンは歩を進めた。
「やっぱりあんなに殿下と仲が宜しいのだもの」
「そうよね、ガセよね……。本格的な殿下とのご婚約の練習?」
「ええ、きっとそうね。王妃様に呼ばれるぐらいですもの……ヒイ!?」
誰が婚約の練習なんかするか!!ふざけるな!!と、ミューンはひとりひとり陰口を叩く者の胸倉を掴んでグラングラン揺らしたい衝動に駆られた。が、そんな事をしていては日が暮れてしまう。
後で顔を覚えておいて何か報いを受けさせてやるわ!!と心を落ち着けて、フリックには見せられない瞳孔まで開いた表情で睨むに留めておいた。因みに、そのひと睨みで気を失っている女官もいたが、ミューンの知ったことではない。
「ふむ、シーラカンス獣人と、捕まえたシーラカンスを同居させるとは、新しいタイプの浮気になるのかね?」
「は?どう新しいのよ。大体シーラカンスって何?」
「王太子妃殿下の種族だよ。生きる化石とか古代魚とか言われている魚だね」
そうか、化石みたいな魚か……。第二王子の好きそうなジャンルだわ、あの人にとっちゃあ義理の姉だけどそっちには興味ないのかしら。て言うかどこ行ったのよ全く!と考えた所で、ミューンは首を捻った。
今、自分は誰と喋っているのだろう。いや、分かっている。こんな喋り方でこんな声なのは、王宮にひとりしかいない。
無視して立ち去りたいが、脚力の関係でそれは出来ない。ミューンは嫌々ながら首を上げた、その隣には。
「はあー、やだ!もう、やっぱりコンラッドじゃない!寄らないでよ!」
白っぽい金髪が風に靡き、金色が奔る変わった灰色の目がミューンとかち合い、心のまま盛大にミューンは嫌がった。
そう、コンラッド・リオネスが勝手に横を歩いて喋り掛けていたのである。
「酷くないかね!?君くらいだよ、私に対してそんな態度を取るのは……」
「嫌なら寄らないでよ、厚かましい!」
「別に恋愛感情も何もないし、好きでも何でもないが傷つくだろう。そういう所良くないよミューン」
美貌の宰相コンラッド・リオネスがキャーキャー言われそうな風情を醸し出し、悲し気に顔を顰めて見せたが、ミューンは鼻で笑った。
「心底どうでも良いわ、あらゆる所が良くないわよコンラッドの癖に!芝居臭いのよセクハラ陰険野郎」
「私がセクハラを進んでこなしているみたいに言わないでくれないかね!?これでも人を選んで発言していると評判なのだよ」
一体誰に評判なのだろうか。その辺に潜んでいるミーハー女官とかだろうか。
「煩いわよ!!万人にセクハラするなってのよ!!」
「作戦上仕方ない事も世の中にはあるのさ。しかしまあ、聞き給えミューン」
だがミューンは聞かなかった。
「大体何なのよ、シーラカンスと王太子妃の同居?じゃあ、厩舎に馬獣人のアンタを放り込むと艶かしい展開になるの?」
「なる訳無かろう!?怖いことを言うね!?後、私は馬も混ざってるが幻獣人寄りの雑種なのだよ!」
この暴言は聞き流せなかったらしく、流石にコンラッドが抗議すると、ミューンはどうでも良さそうに肩を竦めた。
「興味ないからどうでもいいし、じゃあ違うんじゃないの」
「ザブジャブジャブーンの深海地域は、未だ未知の婚姻形態も多いと聞くからね」
「へー」
「完っ全に、興味がないね?ミューン……」
ガッカリさせた事に気を良くしたミューンは、コンラッドを睨みつけた。
「ふんっ、私忙しいのよ!寄らないで頂戴!この、ゴードンの馬犬兄弟!」
「ウマイヌって何だね!?居そうだよそういう種族!」
「間違えたのよ煩いわね!ああ、フリックに止められてるけど、コンラッドとジュランに危害を加えたくて仕方無いわ!!」
「……物騒だね。私達のような温厚な兄弟に何たる暴言なのだ」
何処がだと突っ込む気も失せたミューンの機嫌は下降線をドンドン辿り、目付きと共に悪くなる一方だった。
「兎に角、ゴードンの味方をする重罪に汚い手を染めてるコンラッドは敵よ。
ジュランもその内、組織内に内紛の種を拵えて締め上げに行くから首を洗って待っておけと伝えなさい」
「君も充分汚い手を使ってるではないか、ミューン。ではなくてだね。少々風向きが変わったのだよ」
「風向きが変わったら何なの?そんなに風が好きなら馬を辞めて風見鶏にでも転職すればどう?」
「馬は辞められるものじゃないのだがね!?」
「着いてこないでよ!」
「いいや今回は本当にミューン、話を聞いていったっ!!」
毎回、ミューンの前で気を抜きすぎなのではないだろうか。
コンラッドは小柄な方だが、馬系の獣人なので運動神経は悪くない。
だが、隙だらけなのでミューンの肘鉄は今回もクリーンヒットした。
因みにドレスの内側に綿の縫い取りを着けているので、ミューンにダメージは発生しない。いや、ちょっとだけ発生している。
今度は足か尻尾をより強く踏む為に、靴に鉄でも仕込もうかと思っているミューンだった。運動神経が良くないので、靴擦れで歩けなくなるに違いないが、結構本気で考えている。
「煩いのよバーカ!寄るんじゃないわよバーカ!」
より悔しさを煽る為に、実は棄て科白を用意していたのだが、忘れて適当な罵詈雑言になってしまった。
そして、ミューンは小走りに王宮を最短ルートで馬車停まりまで突っ切り、待たせていた侯爵家の馬車に乗り込むと……深い深い溜め息を吐いた。
この腹立たしさの勢いで、ジュランの元へ乗り込むべきだろうか。彼の職場は確か、北の毒沼跡商店街に有った筈だ。此処からは地味に遠い。
しかも、ジュランを運良く捕まえてミューンの心ゆくまで罵ると、フリックの帰宅時間に間に合わない。それに、思う存分罵ったら声も枯れそうだ。出来るだけ整えた声でお帰りを言いたい上に、化粧直しもしたい。フリックの前では綺麗で可愛く居たい。
だがジュランに釘を刺さないと……。
他人から見ればどうでもいい事だろうが、彼女には実に決断しがたい問題に、ミューンは悩んでいた。
「う、うううわあっ!」
「え?ぎゃあ!?」
御者の慌てた声がしたかと思ったら、何と天井が開いて、何かの塊が滑り落ちてきた。
フリックが学校に行っている間にこんなことが起こっておりました。




