襲われる翼竜
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フリックと姉は忍び足が得意だ。
猫科の古生獣人の素質もあるだろうが、昔、両親から逃れて修道院迄音もなく逃げる為、否応無く身に付いた。
……目の前には、外聞もなく裏庭で泣き喚く転入生シュラヴィ。
彼女はたった今、フリックに気付かず『裏稼業ネットワーク』との関与を肯定した。
それはいい。
ミューンが当たりを付けていた通りだったからだ。流石フリックの番は聡明で賢い上に優しい。自慢の番だとちょっと誇らしくなった。
……だが、タイミングが悪い。
残念ながら此処は使用する人数殆ど居ない裏門。フリック以外に目撃者が居ないのだ。しらばっくれたら終わりである。
どうしたら良いのだろう。
流石に、彼女を侯爵家に引っ張って行って証言させることは出来ない。まだまだ痩せっぽっちのフリックには、そんな力もない。
「……」
悔しいが、フリックだけではいい解決策が湧いてこない。今までの勉強が役に立たなくて、フリックはガッカリした。
でも、凹んではいられない。帰ってミューンと話し合わねば。
此処で思慮の無い行動を取って、ミューンに迷惑を掛けては元も子もない。兄を亡くしてから姉とふたりだけで生きてきた生活と今は違うのだ。姉ごと抱え込んでくれたドレッダ侯爵にも報いる為に、フリックは身を更に慎まなければ。
そうと決まれば、正門から帰ろう。今は特殊だが、本来フリックには誰も注目なんてしない。身を隠してそっと立ち去るのは得意だった。
「キーヤア!?」
足を踏み出して、三歩。
甲高い、悲鳴?鳴き声が響き渡る。
反射的に振り向くと、其処には羽の生えた大人の獣人達がシュラヴィの上に集まっていた。
三人だろうか。
「見つけたぞ!!」
「全く、手間を掛けさせないでくれます!?」
「お陰で尊きお方が取り乱しておいでなんですよ!お前のような我が儘で貧相な子供が煩わせて良い方ではないんです!!」
大声で言い募る大人達に、シュラヴィの表情は抜け落ち、離れていても解る程真っ青だった。
「あ、あ、あ……」
「あんな素晴らしい方から逃げるだなんて!!」
「ひ、ひが、違う」
「御託は後で良いです!早く戻るんですよ、この役立たず!!」
「やっと子供を産める歳まで尊きお方が我慢されたと言うのに!その御慈悲を何だと心得る!?」
「ひ、ひ、ひや!あ、あそこに戻るのは嫌!」
「煩い!!騒ぐな!!全く、地べたなんて底辺に隠れやがって!!」
こんな所に隠れやがって!!来い、躾け直してやる!!
止めろ親父!!コレッタを離せよ!!
目の前の光景に触発されたのか、フリックの脳裏に甦ったのは、泥酔した父親が未だ小さかった姉を引っ張り出し、兄が庇うシーンだった。
……自分は、理不尽な暴力に晒されているのを、また呆然と眺めるのか。
確かに、彼女は気に入らないけど。普通に嫌いだけど。
フリックはごくりと唾を飲み込んだ。
「先生!!あっちです!!あっちに不審者が!!生徒が襲われています!!」
緊張のせいか、思った以上に大声は出なかった。
だが、シュラヴィに襲い掛かる大人達には効果覿面だったようだ。
「ど、どうする!?どうするんです!?」
「くそっ、仕切り直しだ!!」
「おい小娘!!何処に行こうがお前は逃げられんのだぞ!!お前は尊きお方の番なのだからな!!」
喧しい程の羽音が遠ざかっていく。
ベタな手だったが、どうやら効果が有ったようだ。もう空の彼方に逃げたらしく、姿は見えない。素早い撤退だった。よっぽど後ろめたいのだろう。
追い払えた事を確認して、フリックは辺りを見回した。
「はひ、はう、くええ……」
か細い声が聞こえる。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔だったが、何とか無事のようだ。
「だ……」
大丈夫かと聞くのも何だか変な気がして、フリックは固まった。
「ぶえ、フリック・レストヴァ……?あんたがわたくしを?……あんたが……」
「お、大声を出しただけ、だけど」
フリックは、本来助けるつもりなんて無かった。だって、彼女に関わっても碌な事がないに違いない。
「た、助けられたのは、人生で二度目だわ」
「そ、そう」
「あんた、人が良いのね。……雲上人よりも、降りてきた方がいい人だらけ」
「うんじょうびと?」
聞き慣れない言葉に、フリックは首を傾げた。
「バッサバサの人間の自称よ。大地と海の人を見下してるの。特に貴族はそうよ。
わたくしも……落とされて最近知ったところ。雲の上なんかに住んでもないのに」
「……兎に角、僕はこれで。番の元へ帰らなきゃ」
特に目立つ怪我も無いようだし、保健室は自分で行けば良い、と考えてフリックは立ち去ろうとした。
「やっぱり、『番に拘る』のね。……絶対、騙されてるのに」
しかし、ぼそり、と聞き捨てなら無い発言が聞こえて立ち止まる。
「……君の過去は気の毒だと思うけど、僕とは関係ないだろ。僕と僕の番に関わらないで」
「……嫌よ。役に立てないもの。ジュラン様のお役に立ちたいの。だから、あんた。ドレッダ侯爵令嬢と別れて」
「……君なんか助けるんじゃ無かった」
平行線だった。彼女とは相容れない。それに尽きるようだ。
番の元へ帰りたいと何故かこの間からずっとそう思っている。
「でも、助けられたからにはお礼をしなきゃ」
「そんな風に言われるなら、お礼なんてされたくないよ」
当たり前のように着いてこようとするシュラヴィに、フリックは困惑した。喉も勝手に苛立たし気に鳴っている。
「グルウ……大体君、追われてる身で何のお礼が出来るの」
「……こ、紅茶を淹れるのは得意よ」
「腕怪我してるのに」
「……こ、こう、き……気合で」
「……」
何だか向こうの方が騒がしい。今更ながらに教職員が襲撃に気付いたのだろうか。
「ま、不味いわ。フリック・レストヴァ。逃げるわよ!」
「ええ!?何で僕が」
「こ、これ以上悪い点を取って、変な騒ぎを起こすなら学校に残れないって」
「それは君の成績のせいじゃ……」
結局、フリックは裏門から逃げるように走って出ることになった。
しかも、横にシュラヴィを連れて。
今認識できないが、自分には護衛が付けられているそうなので、変な誤解は生まないだろうが……。フリックはイライラした。
「兎に角。僕とミューン様の事を君の点数稼ぎに使わないで」
「だ、だから!!それを抜きでお詫びをするって言ってるでしょ!!」
「押しつけって言うんだよ、それ」
「……だ、だから!わたくし、同年代の……」
とうとう言い争いながら、商店街まで来てしまった。
何気にシュラヴィの足が速い。翼竜は足が強いのだろうか。余所の国に属する古生獣人までは流石にフリックの知るところではなかった。
「フリック?」
上から声がする。フリックの聞きたかった声が。
しかし、何故か彼女以外の匂いがする。
「……その方、何方ですか?」
水と、獣人の匂い。
何処かで嗅いだことのある、匂い。
何時かミューンから香った匂いだった。
「そ、そんな……!?じゅ、ジュラン様!!酷い!!頑張ったら、わたくしを、わたくしを!!番にしてくれるって……」
「はあ?」
知らない男の声がする。
ミューンと同年代の男の声だ。フリックは、無意識に体を強張らせた。
「他の女と同じ馬車に乗るなんて、浮気よおおおおおお!!!」
しかし、他の人間が滅茶苦茶騒いでいると何故か冷静になるものらしい。
どうやらシュラヴィ襲撃は、選民思想の高めな人の仕業のようですね。




