かつて権勢を誇った一族
お読み頂き有難う御座います。再開します。
今回はフリック目線の話です。
本編の裏側的な話から始まります。死の表現が出て来たので、残酷な展開は有りませんの表記は外しました。
フリック・レストヴァは、王宮に仕えるエリートを育成するメメル校の学生である。此処を卒業したら、文官武官共に前途洋々な道が拓けている。
但し、その授業はレベルが高く、入学するのも卒業するのも、とても厳しい。
フリックはそんな難関校にて、成績は常に上位の学資免除の特待生であった。
だが、彼の家は子爵位を持つ貴族ではあるが、領地無し。
かつては広大な領地を持っていたらしいが、先々代が食い潰したので資産は無く、殆ど平民と変わらない。そんな彼と積極的に関わろうとする同級生もあまり居なかった。
学校での必需品の費用にも困る苦しい生活が続くのに、両親のプライドは高く保たれたままだ。
業務放棄を繰り返し、陸軍の文官の末席に降格された父親は呑んだくれ、甘やかされた育ちの母親は苦しい生活に金切り声を上げるだけ。
彼らから生まれた子供達は、小さい頃からずっと何時もお腹を空かせていた。
見かねた近くの修道院の修道女が孤児と共に匿ってくれて、世話をしてくれたお陰で、やっと大きくなれたようなものだった。
「これも番と結婚しなかったから!!私はこんなに不幸に!!」
「お前が番でないから!!」
嘗ては豪華だったらしいだだっ広い家で、両親は顔を合わせれば家を壊すような喧嘩を繰り返す。だから、丈夫に建てられたであろう家は、どんどん床を剥がし、壁に穴を空け壊されていく。昼夜問わずに、だ。
そんな時は、子供達は教会に駆け込んで夜を明かした。
未だ年の離れた兄がいた時は、両親から姉と幼いフリックを守ってくれた。
彼は大きな体を持った、強い剣歯虎だったから。
兄は陸軍の兵士になって、街道を守っていた。フリックが勉強を出来る環境も、彼が整えてくれたのだ。
「コレッタ、フリック。お金を貯めるから、此処から抜け出そう。コレッタ、フリックを守ってやってくれよ。フリックは頭が良いから、勉強を頑張るんだぞ」
「ええ、お兄様。私達、待っているわ」
「僕、頑張るよ!!」
その言葉を心の支えにして、姉弟は兄を待った。
だが、不幸にも彼は事故で命を落としてしまう。
崖崩れが有った街道で、怪我をした旅人を救う為に……大きな大きな岩に押し潰されて、亡くなってしまったのだ。
突然の兄の死に呆然とする姉弟を余所に、両親は兄への葬儀もそこそこに殉職した兵士への恩給をあっという間に使い切ってしまった。
そして、挙げ句の果てには。
「コレッタ!お前、第三王子を引っかけてこい!!」
「そんな、お父様!?第三王子殿下には仲の良い侯爵家のお嬢様がいらっしゃるのよ!?いたっ!」
父親はあまりの事に拒否する姉を、突き飛ばす。
何とか姉は踏ん張って態勢を立て直すが、ショックらしく辛そうだ。フリックの痩せきった体では、姉を守れなかった。
「止めて!父上、やめて!!」
「煩い!!出来なきゃ大河向こうのジジイに売り払うぞ!」
「コレッタ、誇り高き剣歯虎のお前が番に違いないわ!我々は!選ばれた種族なのよ!!」
「そんな、お母様まで!?」
ボロボロな家に、姉の泣き声と乾いた笑い声が響いている。
どうして、両親は正気ではないのだろうか。
どうして、自分は姉を助けられないのだろうか。
何故、勉強しか出来ない、ちっぽけな幼体の仔虎のままなのだろうか。
割れた窓から虚しく差し込む日差しの中で、フリックは目の前が真っ暗になった。
両親が番でないから、こんなことになったのだろうか。
番を見つけていれば、もっと普通に……いや、彼らが番でなかったから、兄と姉とフリックは生まれたのだ。
涙がひとりでに溢れる目を抑え、フリックは俯くしか無かった。
「どうしたら、良いのかしら」
漸く両親の隙を見つけて、抜け出した修道院。冷たい石段に座りながら流石に姉は暗い顔を隠さなかった。
孤児達の食事の豆の莢を剥きながら、フリックも項垂れる。
この修道院にはとてもお世話になっている。メメル校の制服も、過去に修道院に寄進されたものを修道女の好意で着させて貰っていた。
「お相手のいらっしゃる方に言い寄るだなんて、罪深いことをするなんて」
「お姉様、無理をしないで」
「……でも、しなければ……フリックと離されてしまうわ。ひとりにさせる訳にはいかない。両親に酷い目に遭わされてしまうわ」
気は進まなかったろうに姉は頑張った、とフリックは思う。
第三王子ゴードンはかなり手が早い……らしかった。彼はあっという間に姉を気に入ったようだ。
仲睦まじいふたりを街中で見かけることも有り……優しくされている姉の姿を見て、フリックは胸を撫で下ろした。
漸く、姉は幸せになれる。僕のことよりも、自分の幸せを追いかけて欲しい。
だが、教会の修道女……もと女騎士で有ったというアルベリーヌは反対していた。
番を探す王子の飽きっぽさは、有名だった。
空軍に所属する騎士であった修道女アルベリーヌは怒りながらも姉弟に諭す。
「あの方はおかしいのですよ!?異常です!
番なんて見つかる筈がありません!あれに身を任せるなんて、何という愚かな行為!!
直ぐにお止めなさい!!多くの乙女が毒牙に掛かっているのですよ!?貴女の身を大事になさい!!」
「知っています。だけど、今度こそ……今度こそ、お姉様が幸せになるかもしれないんです」
「止めないでください。私が殿下の番になれれば、今度こそフリックも苦労しないで済むんです」
そして、交際は順調に進んだ。
両親も喧嘩をしなくなった。
穏やかに時は過ぎていく。第三王子の愛が、このまま続けば……。
だが、その願いは呆気なく断ち切られる。
「やっぱ、違うな!うん、違う!!」
その、たったひとことの言葉で、姉は棄てられた。
そして、家は元に戻り……姉は遠い遠い親戚の元へ売り払おうとする両親から逃げ回ることになる。
何とかならないのだろうか。
姉に想いは戻らないのだろうか。
たまりかねたフリックは、王宮に足を運ぶことにした。
自らの番となる女性との出会いが待っているとも知らずに。その、彼女に食って掛かることになるなんて。
それから、色々有った。
両親と話し合い、当分の間は姉は遠くへ行かなくて済む……ことにはなった。今の所は。
閉ざされた弱い剣歯虎のフリック・レストヴァの運命は、変わり始めている。
ミューンとの出会いのお陰で。
フリックの家は昔は名家だったみたいですね。




