タイミングが合致しない。
お読み頂き有り難う御座います。
咳払いの描写が御座いますが、構って気付いてアピールのフリですのでお嫌な方はご遠慮くださいませ。
そして、ミューンは王宮で有ったことを話す事にし……フリックを自分の部屋にて歓待したかったが、流石に初めて来訪したばかりのフリックを引き込むのは淑女として軽率である。
とても部屋に入って欲しかったミューンは……凄く我慢した。
「応接間に行きましょう。来て、フリック」
「あう!?あ、……えと、はい」
頷いたフリックは、招かれたミューンの手を見て、きゅ、と手を握った。
「フッ……フリック?」
「えと、駄目ですか?ミューン様、手……柔らかいですね」
「そう!?あ、もう、フリックの手も大きいのね、素敵よ!
きっと大きくなるわね!勿論駄目じゃないわよ!どんどん繋ぎましょう!!お菓子をありったけ用意して!ありったけよ!」
フリックの微笑みにデレデレしつつも、ミューンは手近な応接室に引き込んだ。
そして、使用人達にもてなしの指示を出す。
「おおおお構い無くです!えっ、あう、絨毯フカフカ!ひ、広いです何ですか此処!?ダンスホール!?」
「いやあねフリックったら。そんなに怯えなくて良いのよ。単なる家の部屋のひとつだから!」
「そ、そうですけどこんな、えええ。広すぎますよ!!」
部屋がフリックの思った以上に豪華だったようで、目を白黒させてアワアワしている。ミューンは、そんなフリックの頭をヒョコヒョコ動く耳ごとを撫で回し……たかったが、グッと堪えて笑い掛けるに止めた。
「此処で待っててね!この服着替えてくるわ!!」
「え、ええ!?あ、あの!ミューン様!?ちょ、あの!」
取り敢えず、縁起の悪いゴードンとかの臭いに染まったドレスだけは着替えることにする。
ミューンはダッシュ……は足が縺れて転ぶ自信しか無いので、気持ち早足で部屋に戻った。
父親に似て、ミューンもそれ程運動神経に自信はないのである。
そして、付いてきた侍女に指示を出して気持ち高速で着替えにかかる。
濃い緑で、胸元のレースが上品な落ち着いたドレスを選んだが、その内フリックの髪のような色のドレスを仕立てるつもりだ。
今は無難にしたけど可愛い系がいいのかしら、好みを聞いておかないとな、と決意したミューンは少々淑女にしては粗めに番のいるドアを開いた。
その瞬間。広い応接間で、尻尾を椅子の座面にパタパタと軽く叩きつけながら、所在なさげに座るフリックの表情がパッと明るくなる。
「お、お帰りなさいミューン様!あ、綺麗!ミューン様、そのドレスも素敵ですね」
「そう!?フリックの好きな色が有れば教えて頂戴ね。ギンギラした色でも着こなして見せるわ」
基本的に自分の趣味で装うが、相手の好みに合わせたいミューンだった。
「あう、ギンギラ……は兎も角、ミューン様は何でも似合いそうですね。淡いお色味とか見たいです」
「任せて!!」
明日に仕立て屋を呼ぼう、淡い色の生地をしこたま取り寄せさせて!!とミューンは固く決意した。
そして、沢山のお菓子が載ったテーブルに掛けて、はにかむフリックを見て、首を傾げる。
どれも手を付けた形跡はない。お腹を空かせている筈なのだが、嫌いなものでも有っただろうか。それとも腹ペコキャラ扱いするつもりは無かったが、気に入らなかったのだろうか。
ミューンは焦った。
「えっと、全然食べてないわね。どうしたの?」
「ええ!?ミューン様がお着替えされてるのに、食べられませんよ」
「……何ていい子なの!」
「ふ、普通だと思うんですけど」
ゴードンのお茶に付き合うと、好き勝手に食い散らかしているので、それが普通になってしまったミューンだった。
あの幼馴染みは本当に碌でなしで、心の環境とマナーと常識にも悪いな!とイラッとした。
そして、王宮で起こったことを、お菓子を勧めつつミューンは話し出した。
「うわあ、うわあ。いいなあ、スオリジェ海軍将ってメガロドンですね。いいなあ、狼の王子様も一捻りだろうなあ」
「めがろどん?」
聞いたことの無い単語に、ミューンは首を傾げる。
「はい、鮫とかの祖先の古生獣人です」
「鮫?それは怖いわね……。軍将はいい人だけど、鮫か……」
軍将の種族を爬虫類だとばかり勘違いしていたようだ。鮫もかなり恐ろしいけど、頼りになるし怖がらないようにしなきゃと思うミューンであった。
「普通の鮫より遥かに大きいですからね!変化されたら20メートル位らしいですよ!」
「そ、そうなの」
人の姿も大きいが、変化すると大体高層住宅7階位の大きさらしい。
そりゃ狼と言えど抵抗出来ないわ、ひとたまりもないな!ザマアミロ!やったあ!!シゴかれろ!とミューンは思った。
「そんなお力を持っておられるのに、偉ぶられないんですね。ミューン様を王子の魔の手から救って頂くなんて、とっても高潔な方で……。是非お礼を申し上げたいなあ」
「それは……無理かしらね」
何しろ、季節の半分は演習巡りに出ているような海軍のトップだ。確率がトコトン低い上に、会えたとしても時間が経ちすぎて何があったか忘れられている可能性すらある。
何故そんなに演習が必要なのか、軍属でないミューンにはイマイチ理解出来ないが、兎に角会える確率が低いのだ。
因みに他の軍将も同じくである。
「……僕みたいなのがお話しするの、ご迷惑でしょうか」
だが、フリックは別の意味で取ったらしい。若草色の虎耳がしゅん、と髪を倒して寝ている。慌ててミューンは否定した。
「いえ、そうじゃないの!!気さくな方よ!ただ、大体南の海に演習で行かれていて、シャーゴンに居られないの。見かける方が少ないからなのよ」
「そうなんですね……。国防の為に凄いですね……。やっぱりザブジャブジャブーンとの国境を護っておいでないんでしょう」
「あ、そうだわ。地味に王太子妃様のお国とピリピリしてるものね」
そう言えば、主に王太子のせいで隣の海洋国家とモメそうだったことを思い出し、ミューンはイラッとした。
「でも、世相にも詳しいのねフリックったら」
「図書館で新聞を読んでます。色々知らないと、偉くなれないので」
「古生獣人の事にも詳しいし……」
「僕自身古生獣人なので、他の方々の事も知りたいですし、知ることは楽しいですよ」
「お勉強を怠らないフリックは本当に良い子、いえ殿方ね……」
「そんな、僕はまだまだです。学生の身ですし、ミューン様をお近くでお救いする事も出来ないから」
「何て良い殿方に巡り会えたのかしら…」
ミューンが感動のあまり、座ってはにかむフリックを椅子ごと抱き締めたいと思ったその時、大きな音がした。
「げふんげふん、ゴホンゴホン!!ガッフンケフン!!」
廊下でわざとらしい咳払いがした。
男女ふたりきりで部屋に籠るのは良くないので、使用人が控えさせている。
しかし、ふたりきり気分で喋りたかったミューンはドアは閉めておいた。その筈だが、地味にほんの少し開いていた。
どうも咳払いし過ぎてガチの咳き込みになった主が指示したようだ。仕事はどうしたのだろうか。
「廊下に控えておられる方は、お風邪ですか?」
「……控えて?え、何時から?」
「ミューン様が戻って来られる時に離れられましたが、基本ずっとおいででしたよ?足音が同じです」
何時から父に見張られていたのだろうか。本当に仕事はどうしたのだろう。今日、会わせるとは約束していないのに。
何時でも良いとは言われたが、ミューンの心のタイミングに合わせてくれるものだとばかり思っていた。
「フリックはその可愛らしいお耳も良いのね」
「ゲーフゴフッ!!ダフッ!」
「え、ええと。大丈夫なのでしょうか」
「いえ、良いのよ。咳に慣れてるから気にしないで?」
「せ、咳に慣れちゃいけませんよ!」
「グフグホッ!」
どうしても、どうしても会いたいらしい。
今日は望外の逢瀬を楽しみたかったミューンは、廊下からの激しいプレッシャーに根負けした。
「…………フリック、お父様に会う気は有るかしら」
ちょっとジメッとしたミューンの問いに、フリックは薄緑の目を溢れんばかりに見開いた。
「おとうさま……はい!?法務大臣ギョーム・ドレッダ侯爵様にですか!?」
「ウムグフッ!」
何だか嬉しそうな響きの咳が聞こえてきた。どうやら名前を覚えて貰って居たのが嬉しいらしい。
父親が嬉しいのならミューンも嬉しい。だが、今回は久々の逢瀬なので、少しご遠慮頂きたかった。そんな娘の願いは届かなかったようである。
「ええ、是非とも会いたいみたいなの。気分じゃなきゃ断ってくれても良いのよ」
「そ、そんな……僕、こんな、手ぶらで。しかも、学生服ですのに。でも、偉大な法務大臣に是非ともお会いしたいです」
「エッヘングフッ!」
「あの、えと」
「……気にしないで。ええ、滅茶苦茶気にしないで」
脳筋気味で即物的で前向きな父親をミューンは尊敬している。
父親を尊敬してはいるが、もっとこう、ミューンのタイミングで紹介したかった。
紹介はするからちょっと待ってよと思うミューンと早く早く早く紹介!なお父様の攻防ですね。




