遇湧限話 限る栄誉の影光、欲と絆と愛と友
深夜、眠りの中。
静かな夜を引き裂くように、突如けたたましい音が鳴り響いた。
飛び起きて端末を見れば、緊急通知の文字。相手は―――はるまきさん?
『犯罪者を捕らえたわ。至急来て。
起きないとか来なければ、こちらで好きなように対処するわ』
あれ、なんではるまきさんから?
ぼくが設定したはずなんだけど……あれ? あれ?
まだ寝ぼけてるんだろうか、と自分の頭を心配しつつ。
30秒で支度して、ブレイブクレストにログインする。
空き地に降り立ったぼくを迎えたのは、はるまきさんとチョリソー、他に5人の───
「!?!?」
目があった瞬間、にこりと微笑んだ妖艶な美女。
見覚えのありすぎるその姿に言葉を忘れ、しばし見入り
「ちょっと、ちょっとライナ!
何来るなり他の女に見とれてるのかしら、それどころじゃないってのに余裕なのね」
いた、痛い痛い痛い、全力でつねらないで痛いですはるまきさん!
「い、いや、そういうのとはこれっぽっちも全然まったく違うからいいんだけど、どういう状況?」
「他人の発見したユニークを奪おうとした裏切者がいたけれど、そいつが集めたメンバーにさらに裏切られて犯罪者達が仲違い……ってところかしら?」
じっとこちらを見つめてくる美女を出来る限り意識の外に締め出し
「……(ちら)」
いや、締め出そうとしてるんですから胸とかチラ見させないでぇぇ!?
やばい、やっぱりあいつやばい、間違いなくやばい奴でしょーが!
これ以上は駄目、だめ!
ひとしきり心の中で葛藤しつつスクリーンショットを撮りつつ、なんとか平静を取り戻して改めて辺りを見る。
空き地の床に、親の仇を見るような形相のイグニス。
これが、はるまきさん曰く『裏切者』だろう。
その前に立つ傭兵風の冒険者、こいつがイグニスを裏切った、ということか。
で、後方の見知らぬ冒険者三人……もとい、二人と知人一名が、募集で集まったメンバーのようだ。
「後から後からやってきて、なんだぁお前らは。
ああ、金を払うから、俺と一緒にユニークに参加したいのか?」
「ユニーククエスト、か。
それはひょっとして、土管の先で受けられる『ラシャリソーの罠』のことでございますか?」
「……知ってるようだな。
いかにも。ついさっき俺が受注したクエストが、ラシャリソーの罠だ」
ぼくの確認に、傭兵が頷く。
名前? 見えてるけど、傭兵で十分だろ。二度と付き合うこともないだろうし。
「へぇぇ……奇遇でございますね。
実はぼくも、数時間前にユニーククエストを受注したばかりなのでございますよ」
「なんだと!?」
ぼくの言葉に、傭兵が、ついでにイグニスが驚きの表情を見せる。
「そこの土管を降りた通路の先、小部屋にて受注できるクエストでございます。
ネタバレは好きではないので、クエスト名は教えて差し上げられませんけどね」
笑いながら、ユニーククエスト受注に関して事実を教える。
通路の先には小部屋があり、小部屋の壁面に扉があり。その扉に触れることで、クエストが発生した、と。
「そ、そんな部屋はねぇ。はしごの下は通路だけ、通路の端に扉だ!」
「ええ、そうでございますね。通路の端に、今は扉がありますね」
「は? え?」
淡々と、全く揺るがぬぼくの様子に、傭兵が混乱したように間の抜けた顔をする。
……どうでもいいが、ちょっと眠たい。
さっさとネタばらしして、お帰りいただこう。
「受注済みのクエスト一覧、確認されると良いかと思いますよ。
そこに、ラシャリソーの罠なんて名前のクエストは、載っておりませんから」
「なんだと!?」
慌てて虚空を操作する傭兵。
すぐにその顔が、困惑に彩られる。
「な、なんでないんだ! 俺は確かに、クエストを受注―――」
何かを思い出すように、ふいに言葉を切る傭兵。
だが、そんな思考を待つ必要などない。時間の無駄。
「あれは、ただのメッセージ表示でございますよ。
はい・いいえの文字も、選択肢に似せて書いた、ただのメッセージでございます」
「は……はあああ!?」
驚愕に包まれる傭兵とイグニス。
その横ではチョリソーがにやにやし、はるまきさんが『さっさと終わらせて』と言いたげな視線を投げてきた。
もう一人の美女? 怖くてそちらを向けません。すぐ胸元広げて誘惑してくるし。
「でなければ、クエストを受注した後に『おめでとうございます』なんて出るわけございませんよ」
「か、あ……くあーっ、くっっっそぉぉ!」
「ど、どういうことだ、何をしたんだ!」
実際にメッセージを見たからこそ理解した様子の傭兵と、一人だけ分かってないイグニス。
あー、面倒だなぁ。
「通路の先に、家具として扉を設置。
工作員のスキルで、扉にメッセージ表示機能をつけた。
表示されるメッセージを、クエスト発注画面に似た内容にした。
メッセージを進めたら表示される2ページ目に、クエストを受注しました、って書いた。
───と、いうだけの話でございます」
種を明かせば簡単な話だ。
大工に通路サイズの扉を作ってもらい、工作員が扉にメッセージ表示機能を仕込む。
あとは一人でこっそりとギルドを立ち上げてクエストを受注しておき、通路にメッセージ付き扉を撤去不可能な状態で設置しておいた。
この扉とメッセージには、もう一つ機能を付与してある。それがメール通知機能だ。
この偽物の扉を誰かが触ると、指定してあったぼくにメールで通知が来るようにしておいたのだ。
……知らぬ間に、はるまきさんにも通知が行くようにしてあったらしいけど。ほんと、いつの間に……
工作員って、戦闘には直接役に立たなくても、イベントの開催用としてはすごく面白いスキルがいろいろあるんだよなぁ。
今回は、ラシャが工作員にランクアップしてくれたおかげで、ばっちり仕込むことができた。
明日が朝早いってことでもう寝てるだろうが、そういやチョリソーはなんでいるんだ? あいつにもメール通知を設定してあったのかな?
「というわけで、ですね。夜も遅いし、とっとと清算しましょうか」
「清算?」
「ええ。
あなた方は他人の敷地に入りましたが、これは入場権限を持っている人と同一パーティだったため。システム的には、何も問題はない行為です」
「……その通りだ、俺たちはあいつに連れられてここに来たからな。
ここがあいつの土地じゃなくてお前の土地だってのも、今初めて知った」
明かされた事実に固まっているイグニスを指さしつつ、傭兵が答えた。多分、その言葉に嘘はないだろう。
「次。
誰かが先に発見していても、クエストは早い者勝ち。ユニーククエストを狙ったことも、システム的には罪に問われません」
「当たり前だ。分かってんじゃねーか」
「ええ。ですから―――」
できるだけ穏やかに、にこやかに告げる。
「契約した内容の順守を故意に放棄してクエストを奪取しようとしたことについて、罪を問われることになりますね」
「ああん?
何の話か知らねぇなぁ、俺はあいつがユニーククエストを提供してくれるっていうから来ただけだ。
あの扉に触ったのだって、ただのメッセージ表示だしいたずらだよ、いたずら」
ほほう、自分が実際にクエストを受けられなかったことを逆手に取りますか。
これだから悪人はめんどくさい。
「な、何を言ってるんだ貴様!
ぼくの静止を無視して飛び込み、クエストを受けた後は散々言いたい放題だったじゃないか!」
「何の話かわからねぇなぁ。証拠でもあるのかよ」
「ございますよ」
だが、その程度は想定範囲内だ。
その程度を想定できずに、悪人をしょっぴくことなんかできない。
「証拠なら、ございます」
こちらを向く二人に、もう一度ゆっくりと告げる。
……この手を使う予定はこれっぽっちもなかったんだが、ことここに至ってはこの手が一番確実で効果的なのは疑いようもない。
ああそうだ。間違いなく、一番効果的にダメージを与え、ぼくの望む結果をもたらすだろう。
だからこそ、その手段を取る事に対して、笑顔のまま心の中だけでため息をついて。
断罪の剣を振り下ろす。
「ちづる」
お前なら確実な成果を挙げるんだろ? と。
信頼ではない。確信を込めて、犯罪者たちの後ろに立っていたかつての敵の名を呼―――
「んっ、んぁ、っっっ―――!」
名を呼ばれたちづるが、びくびくと体を震わせちょっと言葉にしづらい酷い笑みを浮かべた。
えっ、何してんのお前。
ドン引きなんですけど……!?
「んっ、んん。は、はぁぁ、失礼いたしましたわ。
今宵ブレイブクレストに降り立ちて合流した後よりこれまで、全てのログと証拠映像は提出のためにまとめておりますわ。
参考資料として、裏掲示板のログやこれまでの両名の素行調査も完了しております」
その直前の放送禁止な表情を砂粒ほども感じさせず、一瞬で我を取り戻したちづるは余裕の笑みで用意した証拠を挙げ連ねた。
だが、わずかに紅潮した頬と荒めの息遣いは隠しきれていない。
ねえ。なんでお前、そういうとこがどうしようもないの?
いや、こんな場面だし、声に出して尋ねたりしないけど。下手に尋ねて嬉しそうに解説なんかされた日には、ぼくの方が泣くことになるし。
「は、はあぁぁ?
ログならまだしも、初対面の相手に素行調査ってなんだよ!」
「素行調査。普段の行いから対象者の行動を確認し、相手の人間性を知る調査のことですわ」
しれっと言ってのけ、こちらを向くちづる。
その瞳が雄弁に『主様ならこう返しますわよね? ええ分かっております、ちづるは全て完璧に主様の思う通りに働きますわ』と言っていて正直怖い。
あと、ちづるの返事に傭兵もキレてるが、こっちは全然怖くない。
「ラガオウ、斧士50レベル。
過去3つのギルドに所属するも素行不良により脱退もしくは除隊。元ギルメンや知人からは影で『おらが王』と呼ばれている」
「なっ、ぐ……偶然だ、名前とレベルなんて誰でもわかるじゃねーか!」
確かに名前とレベル、職業は分かる。でもギルド遍歴や蔑称などは初対面の人間が知っているはずがない。
偶然なんてありえない―――ってのは、こいつ自身よく理解しているのだろう。その焦ったような顔が、そう言っている。
「斧と斧-上級のスキルこそ少々上がりましたが、他のスキルは壊滅的。
自分より気の弱い相手に強く当たって無理を通し、自分は高見の見物や安全圏でちまちま戦うばかりのためレベルに対し致命的に技量が不足している。つまり雑魚」
「ふっ、ふざけてんじゃねぇぞ!」
言い当てられたことか、それとも言われた内容か。真っ赤な顔で叫びながら斧を取り出す傭兵。
この敷地自体がPK禁止の設定にしているが、それは数値的処理としてのダメージが発生しないだけで、威嚇行動として武器を振り下ろすことは可能。
滔々と語るちづるに向けて振り下ろされた斧を、余裕を持って割り込み、剣で受けて流す。
庇ったぼくの後ろで、ちづるの感極まったようなくぐもった嬌声が聞こえた気がするけどきっと気のせい。絶対に気のせい。
「んんっ。素行調査についてお教え差し上げたのですが、事実を挙げ連ねるのは少々酷でございましたか。これは失礼、ごめんあそばせ」
ひらりと裾を翻し、ちづるがぼくに寄り添う。
寄り添うというか、べたーっと張り付く。大きすぎる胸が余すところなくひしゃげて柔らかくてすごいくらい抱き着いてきて
「―――ラ、イ、ナ?」
死人が出る気配!?
はるまきさんの、目が、顔がこっちも般若のようでその、速やかに問題を解決しなければ! あとなんかはるまきさんの後ろに泣きそうなみかんさんも見えるがきっとそれは幻影。
「まとめた資料を添えて、運営に通報」
「承りましたわ。二名分でよろしいですわね?」
「二名で」
意識して冷淡な声で指示を出す。
二名。つまり、傭兵と、魔術師。
その事を分かってか分からずか、今までは傭兵がやりこめられるのを傍観―――もとい、呆けた顔でちづるを凝視していた魔術師が我に返ったような声をあげた。
「に、二名? それはこいつと、あとあいつらの誰を通報するんだ!」
「情報漏洩禁止と言われた指示を破り、主様の発見したユニーククエストを奪おうとし、あまつさえ主様に薄汚い口をきいたゴミを処分しなければなりませんわ」
しな垂れかかるようにぼくに縋り、頭が狂いそうな匂いを振りまくちづるが、ぼくの耳元で囁いた。
声も匂いも、温もりも柔らかさも、耳から入って脳を溶かすような吐息の艶めかしさも、全てがぼくを埋め尽くそうと染み込んでくる。
というかお前何してんの? なぜそこではるまきさんの方をちらっと見て唇を上げるの? 火に油を注ぐのぉぉ!?
「ぼ、ぼくは何もしていないぞ!
他の冒険者とパーティを組むぐらい自由だろう? クエストだって受注していない!」
あえてはるまきさんの顔を見る事でちづるの誘惑を必死に耐えるぼくと、くすくすと笑うちづる。あと視界の中の般若。
どう見ても世界感と温度が全く違う相手を、一瞥さえせず。
まるでぼくに言い聞かせるように、視線をこちらに向けたままで。
「何を言おうと、貴様は地獄に落とす」
ちづるは己の意思を宣言し、言葉の内容とは全く似つかぬ、美しい微笑みを浮かべた。
……あれ?
これ、ぼくを地獄に落とす、って言われたわけじゃないよね?
ねえ、違いますよね、ちづるさん?




