遇湧限話 春と果実と鶴の声、嵐轟き吹雪咲く
どう足掻いても忘れられないと思うが、その後の事を簡単に記しておこう。
ちづるの通報に呼ばれて現れた運営により、二人は連行された。
実際の処罰は運営次第だが、余罪は徹底的に調べられる―――というか、明日にはちづるが余罪を洗い出して運営に提出するだろう。読んだ人が気づかぬ内に、こいつらに対してより一層の悪感情を抱くよう、うまく思考を誘導する形での報告を添えて。
ただし、ちづるの誘導はなくとも、二人の取った行動は『悪意を持って他のプレイヤーに対し妨害行為を働く事』『他のプレイヤーに対し、故意に契約を利用して害する事』といった類の規約違反。
軽い処罰で終わる事はなく、最低でも一定期間の投獄といった罰は与えられるはずだ。
お掃除完了と言って、ちづるは笑った。
はるまきさんについては、記さない。やばかった。
チョリソー? げらげら笑ってて、笑いすぎてちづるに睨まれて逃げ出した。あいつなんだったの。
あと、背景にいたその他の参加者二名もさっくりお帰りいただきました。契約で支払った前金分は、運が良ければ犯罪者の有罪確定後に返金されるかもしれませんね。
ユニーククエストに参加したい? クエスト参加の売買自体が規約的にグレーなんですが、あなた方の参加希望が問題ないか運営に判断していただきましょうか? あ、帰るんですね、了解です。
なので、最終的にこの空き地に残ったのは、四名。ぼくとちづる、はるまきさんにみかんさん。みかんさんの姿は、幻影じゃなかったということだ。
連行される犯罪者が喚きながらみかんさんに言った言葉について問うと、泣きそうな顔で、この数日に何があったかを語ってくれた。
ぼくが早々に落ちた日曜の午後。あの魔術師と共にみかんさんは出かけた。
非常に軽くて筋力の低い魔術師でも装備でき、盾スキルを覚えていなくとも特定のスキルが使える激レアの盾『ウィザーズシールド』 購入価格は600万F
道中でやたらと装備を自慢してくるのを曖昧な笑顔で相槌を打ちつつ、みかんさんは魔術師とマリーンさんと共にダンジョンに向かう。
三人が辿り着いたのは、凶悪で名高い『死人の穴』というダンジョンだった。
死人の穴は非常に凶悪な場所で、高レベルであっても、むしろ高レベルほど入りたがらない所だ。
何が凶悪って、あそこには『混乱』の状態異常を使ってくる敵がいるのだ。
実装当初、何も知らずにダンジョンに突撃し、凄惨な同士討ちにより高レベルパーティを壊滅に追い込んだ地獄のような場所。
そんな場所に何の知識も持たずに連れ込まれたみかんさん。あっさりと混乱を食らって魔術師に矢を握りしめて襲いかかり、その攻撃で盾を割ってしまったそうだ。
ありえない、と思う。思うというか、断言していい。ありえない。
武器と違って、盾を割るのは非常に面倒だ。ぼくだって一撃で割るのは難しいし、混乱時はクリティカルは出ない。ついでに、手で握って矢を突き刺してもナイフより弱い。
だが、そんな実状を知らず、また混乱から覚めたばかりのみかんさんからすれば、混乱した自分が襲い掛かって相手の高価な盾を割ってしまったという事実しか目に入らない。
直接的に金銭で弁償しろとだけは言われなかったものの、事ある毎に装備代の話を持ち出され、従わざるを得ない状況に追い込まれていたようだ。
ばかね、と呟いたはるまきさんに、ぼくも何も言えなかった。
だが、金銭的な負荷を負わされ、頼れる者もなく。ぼくに相談しようにも、すでにイベント開催のために大金を支払わせている状況下で、これ以上の負担や余計な苦労を掛けさせられず。
一人で抱え、やりたい事も出来ず、ただひたすら付きまとう相手に耐える日々。
ぼくの方が馬鹿だろう。大馬鹿だったろう。
涙なく泣きじゃくるみかんさんの頭を撫で、一言だけ謝り。口に出さずに、何度も何度も謝り続けた。
もちろん、ウィザーズシールドなんてアイテムは存在しない。立派な詐欺行為である。
あと、STRが低くても盾スキルを持ってなくても、盾を持つことだけは出来る。軽い素材で作れば、持ち上げて振り回すことだってできるだろう。
実態を詳しく知らないからこその、詐欺被害。この件もちづるから調査報告として運営に挙げてもらったので、相応の報いは受けさせられただろう。
それ以前に、ちづるが本腰入れて対処する時点で、リアルも含めて破滅するんじゃないかな、と思わなくもない。
同情はしない。と言うか、運営からのアカウント停止程度では生ぬるいぐらいには頭にきているので、本腰入れて対処するようにちづるに任せた。
そんなわけで、深夜の騒動も収束し、みかんさんもようやく泣き止んで落ち着いたところで。
「で───ライナ。
そろそろあなたに聞きたいのだけれど、そちらの女性はどこのどなたなのかしら?」
はるまきさんが、いつか見た表情でそう微笑んだ。
そう、あれは、キタキツネさんと恋愛ダンジョンで恋破れ紋十郎初撃破した時と同じ表情……!
「えぇっと、ちづる、いやちづる様は」
「初めまして、春の方。
わたくしの名前はちづる。主様の永遠の伴侶ですわ」
「はん……っ!」
「おおおいちょっと待てーい、なんつー自己紹介しとんのじゃ!」
一球目から全力でぼくの顔面目掛けて危険球放り込んできやがった!
「うふふ。
主様と出会ったエステリア、あの宙域で共に暮らした日々は永遠ですわ」
「永遠じゃないし、誤解を招く言い方すんな!」
「そんなことはございません、全てが事実でかけがえのない思い出ですわ。
互いに相手を倒すために命を賭け、持てる力と資産の全てを相手を倒すために注ぎ、そうして手に入れた二人きりの生活。
いつなんどき主様に望まれても応じられますよう、わたくしの現世の住まいには御殿の二人の新婚部屋を完全再現してありますわ」
「だから何してんのお前!?」
ちづるの発言がぶっ飛び過ぎてて、さっきから突っ込みしかできない!
VRなのに息切れしそうで荒い息をつくぼくの肩に、ぽんと手が置かれた。
「ねえ、ライナ?」
「あの、ライナさん!」
あれ、なんで両肩に手が置かれてるの?
ねえ、なんで置かれた手に万力のような力が込められ痛い痛い痛い!
「あなたの傷と嘆きを知り、その傷が癒えて本当の意味で笑顔になれるまで、私はあなたの隣でずっと支えると約束したわ。
だけれども、それはそれとして。なぜあなたは、この女と二人暮らしなんてしていたのかしら?」
「あの、ライナさん、あの、あの! い、いけないと思います!」
あ、左肩に置かれた手がみかんさんかー。
身長差が少しあるから、きっと背伸びして手を乗せてるんだろうなーははは、いやぁ微笑ましい。でも握力はみかんさんの方が強いんだよね、ふっしぎー。痛。
「うふふ。見苦しい者どもですわね」
「……何かしら?」
「このちづるは、何も言われずとも主様のために必要な手配を済ませ、主様に仇なす者を排除し、常に主様の役に立つことだけを考えて生きておりますわ。
それしきの努力も覚悟もない姿で、ただ主様を責めるばかりなど……愚かにも程があると言うものではなくて?」
ぼくの前に立つちづるは、とても嬉しそうに微笑みながら、目を細めてはるまきさんを煽る。
間に、ぼくを挟んだままで……!
「役に立つ……ああ、あなたは便利な道具としてライナに使用されているのね」
「そうですが、それが何か?」
はるまきさんの返しに、余裕の笑みでちづるは頷く。
「わたくしは、主様の全てを支え、あらゆる欲を満たしますわ。
富も、名誉も、地位も。全て、主様に捧げるためにご用意しておりますもの」
ねえ、主様? と唇の動きだけで告げてくるちづる。
「何その重たいの、重すぎるんですけど?」
「うふふ。主様は、好きな時に、好きなだけちづるを使っていただければよろしいのですわ。
ちづるは主様のあらゆる要求を完璧にこなしてみせますわよ?」
思わず漏れたつっこみにさえ、嬉しそうに返事をしてくるちづる。
あー、何なのこのパーフェクトやんでれ。困るんですけど……
「ま、町中で、えっちな服装は良くないと思います!」
はるまきさんが黙り、今度はみかんさんが控えめに抗議する。
「これが、えっち、ですか?
お子様には刺激が強かったなら、ごめんあそばせ」
「おこっ、お子様じゃないです!」
「わたくしはいつでも、主様に一番悦んでいただけるような装いを選んでおりますの。
愛しい殿方の御前に姿を現すのに、町中で過ごすような普段着でいる事こそ恥ではございませんこと?
ああ、おこちゃまには理解できない感覚でしたかしら。ごめんなさいね?」
「おっ、そんな、うー、ううー!
おこちゃまじゃないです、私だってもう高校生です!」
「「えええ!?」」
みかんさんの必死の叫びに、ぼくとはるまきさんの驚愕が重なる。
咄嗟に振り返る。あ、両肩の束縛から逃れられてる、らっきー。
「えっ……
ま、まさかお二人とも、私が中学生だと思ってたんですか?」
「あ、えっと……はるまき様?」
「いや、そんなのしょうがく……ちょっとライナ、あなたがなんとか言いなさいよ」
「ううー、ひどいです、ひどいです!」
いや、小学生だとは思ってなかったよ?
小学生でこの胸は犯罪だから、中学生だと思って───いやそういうわけじゃないよ、ほんとだよ。
「うふふふ。まさか主様がそう思ってらしたとは、わたくしが警戒するまでもございませんでしたわね。
柑橘の方。良かったですわね、主様に可愛らしいと思われていて?」
「うー、うー!
しょ、小学生や中学生は、こんなに胸がおっきくならないもん!」
「そ、そういう問題じゃないでしょ?
その、私も高校生にしてはみかんはちょっと背が低いわねと思ってたけど、落ち着きなさい、ね?」
「お二人の方が胸が大きいですけど、お腹回りは私の方が細いんですから!」
「みかん様それは発言が爆弾過ぎる!?」




