八話
私がじっとしている間に光明はお雑炊を木のお椀によそい、差し出した。
「……ありがとう」
「ああ。さめない内に食べたらいい」
木の匙も受け取り、恐る恐る口に運んだ。雑穀にお塩を振りかけて煮込んだものだが。空きっ腹には丁度良かった。ほかほかと湯気が立ち上る。お塩だけのあっさり味だが。意外といける。ちょっとずつ食べた。
「あっさり味だけど。美味しいわ」
「……そう言ってもらえると作った甲斐があったな。王宮に着くまでは我慢してくれ」
「わかったわ」
頷くと光明は安堵の笑みを浮かべた。こうやって見ると男前なのよね。そんな感じの事を考えながら食事を進めたのだった。
夜になりお椀や鍋を水で洗ったりしてから毛皮や毛布を出して寝るための準備をする。光明は火の番をすると言うので先に眠らせてもらう。体は案外疲れているのですぐに眠気が来た。横向きになって瞼を閉じた。パチパチと火が爆ぜる音と互いに息の音だけが響く。静かだ。私は毛布を頭まで被ると深い眠りに落ちていった。
『……涙鳴』
低い男の声で呼びかけられる。誰だろうか。どこかで聞き覚えがあるような気もする。
『……あの。どなたですか?』
『我は先代の天帝だ。そなたからすると祖父にあたるかな』
『そうなんですか。お祖父様の話は両親から聞いた事があります』
私が言うと先代の天帝--お祖父様はふむと唸った。ちょっと考え込んでいるようだ。
『……地上は危険な所だ。我が息子である爽茗--そなたの父も心配していたぞ』
『それはそうでしょうね』
『涙鳴。そなたには強い癒しの霊力がある。我はその封印を解きに来た。今から解くぞ』
お祖父様はいきなりとんでもないことを言う。私に癒しの霊力があるって。どういう事だ?
『癒しの霊力って。私は天人であった以外は特に特殊な能力はなかったはずです』
『あえて利用されないように封印してあったのだ。それを施したのは爽茗と妃の珠嬉だが。頃合を見て解くように我は頼まれていた』
『……両親がそんな事を』
ポツリと呟くとお祖父様はふうとため息をついた。
『涙鳴。そなたの癒しの霊力はかなり強くてな。人に嫁ぐ事も考慮に入れていたんだ。なので封印をする必要があった』
成る程と思う。父上と母上は私が人に嫁ぐ可能性も考えて封印を施したのか。確かに癒しの霊力のせいで狙われたかもしれない。それを考えると仕方ないかと納得ができた。
『わかりました。では。お祖父様。早速、封印を解いてください』
『……あいわかった。そうだな。目をつむれ』
言われた通りに瞼を閉じた。するとお祖父様が祝詞を唱える。
『……今、我はかの者の封印を解かむ。我の元に集え。精霊よ!』
眩い光と温かい何かに自身が包まれるのがわかった。パキインッと陶器が砕けるような音が聞こえる。じわじわと光が収まった。
『終わったぞ。目を開けてよい』
『……あ。体が温かい』
『……それが霊力だ。連れの男が怪我をしたら使ってみるといい』
私は両手をきゅっと握った。途端に薄暗い空間が真っ暗なものに変わる。
『もう、目覚めの刻限だ。さらばだな。涙鳴……』
『あ。ありがとうございました。お祖父様!』
慌ててお礼を言う。同時に私の意識が混濁する。目の前が真っ暗になるのを感じたのだった。