四話
私は奏季に言われた通り次の日も自室で過ごした。
日がな一日中、読書をして刺繍に精を出していたが。半日で読書は飽きた。
刺繍で今は天界も初夏なので菖蒲の花を選んだ。それをチクチク一針ずつしていたら奏季が光明はこちらで一晩泊まる旨を伝えてくる。
「……涙鳴様。光明様が天界で一晩お泊まりになるようです」
「ええっ。あの人、一晩天宮に泊まるの?!」
「そのようです」
奏季は頷いた。私は驚きのあまり針に指を刺しそうになった。大丈夫ですかと奏季も慌てる。
「危なかったわ。でも光明様って。私と縁談が出てたと聞いたわ」
「そうだったんですか。あの方が姫様の……」
奏季はまた考え込んでしまった。もういつもの事なので気にせず、刺繍に集中する。少し経ってぼそりと呟く声で意識は浮上した。
「まさか、陛下と后妃様は姫様と光明様を娶せるおつもりかしら。けど姫様は嫌がっているし」
「……あの。奏季?」
「……何でしょう。姫様」
私が刺繍を中断して呼びかけると奏季は俯けていた顔を上げた。
「光明様と結婚って。父上と母上は本気で考えているの?」
「ううんと。言いにくいんですが。陛下は光明様との縁談に乗り気のようですよ」
「そうなの。光明様が私の将来の夫君になるのね」
私はため息をつく。父上が本気で考えているとなったら抵抗のしようがない。仕方ない。母上に要相談だ。そう思ってまた刺繍に集中した。夕刻には手巾も二枚目が出来上がりつつあったのだった。
「……姫様。戸締まりはしっかりしておきましたよ」
「あら。気が利くわね」
私は夕餉を食べたらまた刺繍に精を出していた。とりあえず、父上と母上に。兄様二人に弟たち二人の分ーー六人だから六枚作らないと。後は鳳音と奏季。自分のも作っていたら九枚か。一日で二枚作っていたら五日は掛かるな。
そう思いながらチクチクと針を進めていった。気がつくともう真夜中だ。さすがに奏季に止められた。
「姫様。もう真夜中の刻限ですよ。お休みになってください」
「……あ。本当ね。寝るわ」
「そうしてください。でないとお肌にも体にもよくないですよ」
手厳しく言われて私は苦笑する。奏季はなかなか口が悪いというか。意外と主人に対しても歯に衣着せぬところがある。まあ、私はそこが気に入っているんだが。
奏季に手伝われながら寝衣に着替えて寝室に入った。やっと自分の肩と腕が筋肉痛になっていたのでかなり没頭していたのに気づく。ふうと息をついて深い眠りについたーー。
翌朝、奏季と鳳音の二人がやってきた。珍しいなと思いつつ顔を洗ったりする。衣も着替えてお化粧を薄くした。髪を結い上げて簪で留める。今日は下の髪をおろして上だけを結い上げてみたが。まあ、大人びて見えるかなと思う。
その後、鳳音が光明が挨拶をしに来ると告げた。私は自分の機嫌が急降下するのを感じたのだった。