二話
結局、縁談の相手を選ばされた。
奏季はほくほく顏である。私はぶすっとしかめっ面をしながら窓の景色を眺めた。雲が七色に輝いていて幻想的だ。空は青く澄み渡っている。
「姫様も最初から素直にお見合いをなさっていたらこんな風に追いかけ回される事もないんですよ。今回でよくわかったでしょう」
「……ええ。よーくわかったわ。けど今回の相手。私よりも百歳近く年上じゃないの。確か西方の国の水神様だったかしら。お名前をネプス様とかいう」
「……ネプス様ですか。確か女好きで有名でしたね」
「何でよりにもよって女好きの神なのよ。私をなめてんのかしら」
奏季はそうですねと珍しく同意した。
「姫様。あたし、ネプス様だけはお勧めできません。友人の女官が手をつけられて泣かされたと聞きましたから。天帝陛下と皇妃様には別の方に変えていただけるようにお願いしてきます」
「わかった。頼んだわよ、奏季」
「はい。では失礼しますね」
奏季は足早に部屋を出て行く。私はほうと息をつく。今は退位なさった先代の天帝陛下と皇妃の璋善様は元気でいられるだろうか。先代様と璋善様は私にとっては伯父と伯母だ。お子様がおられないので弟であった父が代わりに天帝の位を継いだという経緯がある。
私は帝位の継承権がないので天帝にはなれないが。さて、今回の縁談は代わりの誰かが来るようだし。私はそう思いながら椅子から立ち上がる。
外に続く扉に向かい、開けた。そのまま庭園に出た。さくさくと土を踏みしめながら歩く。外はいい天気で木々に牡丹や芍薬の花などが咲き乱れていた。
「……今は良い気候だわ」
一人で言っていたら人の気配を感じた。仕方なく部屋に引き返そうとする。
が、すぐ後ろに背の高い人影が地面に伸びた。私は後ろを振り返って相手を確かめようとした。
「……だ、誰?!」
そう言った途端に口を塞がれる。大きな手の平が口元を覆う。
「……静かに。ふうむ。天帝の姫と聞いたから見に来たものの。何だ。普通の娘ではないか」
「……?!」
「姫。俺はあなたの婚約者候補の中の一人で。名を朱光明と申します。地上の王族で現在はフォン国の公子ですよ」
低い声で男だとおぼしき人物は名乗った。私の口からそっと手を外す。
「……あなたね。初対面の相手に何て事してくれるのよ。大きな声は出さないけど」
「なかなか賢い姫のようですね。普通の娘と言って申し訳ない」
光明といった男はそう言って私に片手を差し出した。が、私はその手を取ろうとはしなかった。光明は怪訝な表情になったのだった。