四話 夢の意味は?
空が広くなったような錯覚を覚えつつ、私は砂利道ばかり歩いたから、ぽっくりに付けた爪皮は大丈夫か確認をした。一見する限り何も問題は無く、鼻緒が切れる心配も無さそうだ。
カイルとはとりあえず別れた。明日あたりにでも何か良い依頼を見つけてくると言っていたから、そこは信用しよう。ダメだったら、これから先は疑おう。そう心に決めておいた。先立つものは手に入れたのだし、買い物でもしようかなとも思ったけど、特に欲しいものが無いというのが本音だし、行きたいところもない。したいことがないと、人生はつまらない。改めてそう思う。
考えるのは面倒だと視覚を頼りに街の中を彷徨する。確かに文化の違った建物を眺めるのは面白いけど、はっきり言って風情がない。
……風情、うん。風情とはまた違うけど、大陸では宝石や硝子を使ったきらびやかな細工が良かったということを思い出して早速、それらしい店を探して回ることにした。宝石は無理でも硝子細工くらいは売っているはずだ。
そんな私の希望に応えたかのように、その店はあった。
しかし、店の中はやたらと影が濃い。要するに、暗い。けど熱気が肌に伝わってくる。中に人がいるのは確かだし、奥の方から私の嫌いな色合いの光がちらついている。どうやら硝子細工を作っている最中のようだ。
それにしても、あの光を見ているとどうにも足が進まない。だが、それでは何時まで経っても店には入れない。私は恐怖心を押し殺して中に入る。すると店の中が明るくなった。何かのカラクリなんだろうか?
驚く私の前に、一人の少女が走り寄ってくる。その姿を見たとき、私は危うく叫びそうになるのを何とか堪えた。叫んだりして傷に響いた時のことは想像すらしたくない。
簡素な服に身を包んだまだどこか幼さを残した女は、不気味に赤い光りを照り返す黒髪に蒼い瞳をしていた。無駄の無い造りの顔で唇は桜色。それに頬はバラ色をしていた。夢で見たのとは多少の違いはあるが、間違いなく、あの女だった。
「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくりご覧ください」
女の反応は普通だった。ハハ、そうだ。夢で見た相手とそっくりの人がいたからと言って何をそんなに取り乱しているのだろう私は。
まったく、侍の魂を欠片でも持ち合わせているならこれくらいで動揺してはいけない。
目を閉じた状態でそう自分に言い聞かせて、意を決して目を開くと、女が興味深そうにじっと見てきている。何故だか解らないが、居た堪れない気持ちになる。
「何?」
「お姉さんとっても綺麗…その服も、とっても綺麗です」
「そう、ありがとう」
姿見もろくに見たことが無いから私は自分がどんな顔をしているのかよく知らない。ただ、綺麗だと言われるのは滅多に無いことだった。こんな風に店に顔を出すこと事態、滅多になかったのだと重ねて思う。
段々と気になってきた。愛刀を鞘から少しだけ抜いて、自分の顔を映して見る。鷹のような鋭い目つきに緑の黒髪、死人のようでいて確かに生きていると感じられる白く透き通った肌。何だか蒲柳の質のような華奢な女だと我がことながら思う。そうして顔の造りなども見て私が下した評価は、確かに美人だということだった。しかし、瞳孔がはっきりと見えない死んだ魚のような目は、いつか見せてもらった人形を連想して気味が悪い。
「それ、剣ですか?」
怯えたように言われてはっとする。女からすれば私が抜刀しようとしているように見えるのだろう。
「少し姿見代わりにしただけ、他意は無い」
言葉と共に刀を鞘に収めると女は安心したらしい。「それじゃあ、ごゆっくり」と言って店の奥へと消えていった。
真っ先に興味を引かれたのが耳飾りだった。ああでもないこうでもないと、時間をかけて幾つか選んだ物の中で、一番気に入ったのが、真珠のような光沢を持った不思議な蒼い石の嵌まった板を吊り下げたやつだった。これを買うと決めて店の奥に声をかけると女が慌てて走って来た。
「ありがとうございます。こちらはシンフォニーガラスというのが使われてますから、他の物より少し高いですよ?」
「おいくらですか?」
大陸での金勘定の仕方は事前に学習してある。値段を聞かされて確かに高いとも思ったけど、換金して得たお金にはそれを差し引いてもまだ余裕があるということで、財布の紐を緩めることには全く抵抗が無かった。
買った耳飾りをさっそく着ける。どこか新鮮な気分だった。
「その耳飾り、大事にしてくれると嬉しいです」
どこか祈るようなその声から、切実な願いだということが解った。
私はそれに頷いて踵を返そうとした、そのとき、
「…あのっ、私、お姉さんとどこかで会ったりしてませんか?」
と言われた。
刹那、全身が金縛りにあったように動かなくなったことに気付かれていないかと心配していると心臓が暴れ始めた。死線を潜り抜けるよりも遥かに困難な壁にぶつかった気分ではあるが、落ち着けば何ということはない。正直に答えればいい。
「会ったことは、ない」
その答えに女はすっかり意気消沈した様子で「そうですか…」と言うと暗い影を引き摺って店の奥へと消えた。
この答えが違っていたら、どんな未来があったのだろうと、そう、思わされる事になる。




