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季節名の道  作者: 元国麗
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十九話 謎の勇者と二代目と



 記されし暦463年。


 

 記されし暦452年に起こった戦を契機として、大陸には魔王が現れ、更には突如として思い出した(?)技術により発展した文明などの諸事情によって世界は更なる混迷を深めていた。

 戦で大打撃を受けることとなった中央は守りを固め、不干渉を貫き、中央の守護を失った四方の人々は苦しめられた。

 暗い暗い年月が過ぎ去って行った。そんな中で魔王を打倒するべく人々は立ち上がった。

 しかし、人々は人間を裏切った融魔たちの強大さを前に倒れて行き、やがて一つの伝説を思い起こす。

 人の身でありながら融魔を打ち破った剣士『季節名』の伝説を。

 人々はその姿を捜し求めた。その力を貸りて魔王打倒を目論んだのだ。

 だが、その姿は十年の歳月をかけて探してもその影すら見えずにいた。


『トッキーが死んじゃう!!放してよ!!』


『トキナ様はもう死んでいます。それでも尚、戦いを求める者を阻むことなどしてはなりません・・・』


『……トッキー……あたし、ごめんね。あたしのせいで――――』


 当然である。『季節名』と名乗った殺人鬼は、既にこの世にはいないのだから。


「蒼い真珠の耳飾り、黒に金の紋様がある異国の衣服、全長六尺を超える長刀…ようやく見つけたぞ剣士トキナ」


 ――だがしかし、『季節名』は生きていた。二人目の担い手、トキナ=エスタシアという剣士によって。


「――――誰?何しに、来たんですか?」


 わたしがこの屋敷の主になってからの初めての来客を迎え入れて、突然かけられた言葉は思いの外、わたしにはショックでした。確かにわたしは『季節名』の名を継いで型捨無流を継承したけれど、トッキーは、トキナの死はあまりにも壮絶な闘争をわたしに見せて逝ってしまった。だから、その名で呼ばれることにわたしは心を怯えで一杯にしてしまっていた。

 十年前にわたしは故郷を失った。それからの日々は、刺客に追われることもなくて、平穏無事で、けれど厳しい日々だったかな。わたしはトキナが前もって書いていた手紙に従って彼女の愛刀を譲り受けて、幼いわたしは何がしたかったのか自分でもよく解らないままずっとずっと、あの日の戦いを、彼女との日々の中で見たものを再現しようとして、刀を一心不乱に振り続けて、気が付いたらわたしはトキナの全てを身に着けていた。

 トキナと出会ってから別れるそのときまでに、わたしの心の奥深くに彼女は居て、わたしは、わたしを命を賭して守ってくれた彼女が今でも大好きで、儚げでいて、光のように強い微笑は今でも色褪せることはない。だからなのかな。わたしは彼女のようになりたかったのかもしれない。そして、トーマスに聞かされたトキナの言葉が何よりも決定的だった。


 『あの子はきっと「自分を守って、誰かも守れる」剣を振るうよ』


 わたしはその言葉を聞いたときに本当に胸の中心で何かが弾けた気がした。その剣を振るうために彼女が教えてくれた全てがどうしても欲しくて、わたしは戦いへの怖れを忘れて剣の腕を、誰かを守りたいという思いから磨き続けた。

 結局、一年前に一つの完成を見たわたしの剣はこうして屋敷に独りぼっちでいるように、振るわれていなかった。それが、わたしが独りぼっちでいる理由で、それから今までの一年をわたしは吹けば飛ぶような薄くて軽いモノとして過ごしていました。そのことを後悔はしていないけれど、夢のような曖昧なものが現実に取って代わってしまったような果てしない虚しさを胸に抱えていた気がする。

 息を吹き返したように自分を思い出したわたしは目の前の人を改めて見た。彼は随分とくたびれた格好をしていた。旅路で相当な苦労をしたんだとわたしにも一目で解るほどに。


「俺の名はフォルティス。今は魔王を倒すために仲間を探しているんだ」


 フォルティスは玄関に入っているのに頭に被ったフードを取らない。それが気になって影に隠れた目を見ると水面に映し出された月のようにぼんやりと光っているのと、黒い髪が見えた。


「フォルティスって異国の出身なの?」


「何?」フォルティスはわたしのたった一言に態度を変えた。「トキナは俺と俺の母とは同郷かと思っていたんだが、違うのか?」


「それはそうだけど」わたしは確かめるように黒く染めた髪を一束つまんだ「フォルティスはもしかして……」


 口の中が乾く。いけないと思い直して口を開いた。


「わたしの国の剣術を修めたの?」


「一応な」フォルティスはマントの前を開くと腰に差した武器の柄を見せる。「魔王の存在は海を越えた先の俺の耳にも届いていてな、父の故郷の危機を聞きつけてこうしてやって来たはいいが、敵は強い。そこで仲間を集めようと思った訳だ」


「理由は解りました。けれど、魔王が現れて早くも十年が経ちました。その間、何もせずにいたわたしのような臆病者が戦いに赴いてもお役には立てないでしょう。そんなわたしだから、大切な人たちも、みんなわたしを置いて逝ってしまった」


 思わず口に手を当てる。気を緩めたら泣いてしまいそうだった。

 フォルティスに怪しまれないよう、わたしは心を落ち着かせて言った。


「とにかく、わたしがお役に立てるとは」


 続けて言おうとしたとき、わたしは玄関の向こうに見える庭でたった今起きようとしていることに絶句して、それをやめさせるために全速力で動いて、腕を掴んでやめさせた。


「その樹を傷つけちゃダメなの!!」


 わたしは頭の中を真っ白にしながら胸の奥底から声を発して怒っていた。相手が子供でも、こればっかりは関係無い。だって、この桜の樹はトッキーのお墓なんだから。彼女の眠る桜の樹を傷つけることは許さない。


「いたい、離して…」

 

 わたしの手から逃れようとする。それが苛立たしくて強く握るとわたしの手の隙間から血が零れていくのが見えて、慌てて手を放した。頭の中に立ち昇っていた怒りの炎はたちまちに消えていた。


「いたいいたいいたいいたい」


「あ、その」


 わたしはわたしのしたことにどうしようもなくおろおろするしかなかった。手に付いた血を払って、後ろに下がる。


「聞きしに勝る速さだな。しかし、一体どうし…大丈夫か?!」


 慌てて子供に駆け寄るとフォルティスはわたしを睨んでいた。この人も、本気で怒っていた。


「子供を傷つけるとは何を考えてるんだ!」


「その子がこの桜の樹を傷つけようとしているのが見えたから、つい怒ってしまって」


「やりすぎだ……しかし、始めの非がこっちあるならこれ以上は言うまい。それより、十年もの間に全く衰えた様子が――」


 フォルティスはまた言葉を切ると、わたしをじっと見てきた。


「十年という時を経て、そこまで若くいられるはずがない。お前は誰だ?」


 彼は明らかな疑いの眼差しをわたしに向けていた。


「わたしはトキナです」わたしは言うべきかどうか少し考えた。「それ以外の何者でもないわ」


 二代目であるとか、そういうややこしいことを言っても何にもならない。わたしはトキナ、それに違いはないの。


「そうか。それなら、その力が本物か確かめさせてもらおうか」


「待って、わたしたちが争う理由なんて」


 頭よりも身体が反応してフォルティスの攻撃を避けようとして、鼻先を掠めていった。得物は丸い鉄の棒、長さは三尺ほどで、素材は墨のように黒く柄のすぐ近くで枝分かれしたかぎが特徴的だった。これは知識として知っている。確か、十手と呼ばれる打撃武器で、長所と短所が同じ重いことにあるものだけど、それを自在に、それも二本操れるということはこの人は油断ならない相手なんだ。


「今のをかわすか。どうした?抜刀しろトキナ。そして力を示せ。でなければお前のような過去の遺物は消すだけだ」


「どうして?」


「俺は戦う意志の無い奴に勝ったら協力しろなんて言わない。戦えないのなら、お前は死ぬだけだ。それだけの罪を、お前は犯している。それくらい分かるだろう?同郷の者同士な」


 この人はトキナの罪を知っている。彼女は多くの命を奪ったって。


「そうなの。なら仕方ありません。お相手します」


 それが『季節名』を真に受け継ぐということなら、わたしにはやらねばならないことがあるということ。

 名乗りを上げる。この行いに一切の偽りは許さない。それが剣で仕合うときにトキナに教えられた侍の流儀。


「型捨無流二代目 トキナ=エスタシア 故あって、戦います」


「二代目だと? 初代はどうした?」


 聞く耳は持たない。柄を握って、剣の鼓動を確かめながら抜刀する。鼓動を合わせながら八双を構えて、そこから切っ先をフォルティスへと向けた。


「わたしは戦います。それが偽りでも。知っていますか?人の為と書いて偽りと読む文字があることを……わたしは偽り、そうして人の為に戦えるということをあなたに示す」


「偽って戦う? ならお前は一体」


「お覚悟を」


「……分かった。二天一流 フォルティス=深夜しんや 手合わせ願おうか」


 鍔鳴りの音を合図として、わたしは剣を振るった。

 それはさながら居合いのように、けれどその軌道は縦に振るわれる。

 フォルティスは振り下ろされた高速の斬撃を右の十手で苦もなく受けると左の十手を首に向けて鋭く振るってきた。

 見切ってかわすと、驚いたことに肌に痛みが刺す。丸い金属の棒で切り傷を負わせるだけでなく、わたしに見切り損なわせるなんて、なんていう強者。

 お互いに颯と間合いを開いた。わたしは一点への集中と全体への集中の秤を調整する。

 

「お互いに見切りを会得した者か。面白いな。だが、俺は二天一流の二刀流はまだ使っていない」


 何を言っているのかと思っていると左の十手を腰に差して右の十手を逆手に、左の拳を引いて構えた。

 相手は不動のままわたしの動きを見ている。

 こちらから打って出る。さきほどと全く同じ力の斬撃を振るう。そして、同じように止められる。

 けれど、ここからは少し違う。互いの武器が接触したときに跳ね上げるように力を込めて右手で押し切る。それから動かさないでおいた左手で抜いておいた仕込みの短刀を使って、心臓を突きに身体を捻り込んでいった。

 けれど、フォルティスはそれを避けようともせずに足を組み替えて左の拳を前に出して鋭い拳を打ってくる。

 相討ちでも狙っているのかと思ったけど、わたしの凶刃は彼の胸を貫く事は、無かった。

 一撃が決まらない。凍らせていた心が砕けそうになる。そこに拳が顔面に入ってきて、くるくると回って倒れそうになるのを四肢を使って何とか堪えた。この着物を汚すという事は、型捨無流の歴史を汚すことになる。

 だって、彼女は「何があっても着物は汚さない。たとえ汚れが雨のように降ってきても」と言ったから。


「威力を殺した?前に踏み込んだ状態からよくもそんな芸当ができるな」


 わたしの心は萎縮してしまった。今ので決められなかったのは、もう覚悟の限界だった。


「あなたこそ、どうやってわたしの突きを受けたの?」


「それはな」フォルティスのマントの内側に見えたのは黒く染められた草を編んで作られた鎧だった。「こういうことだ」


「草の鎧なんかで……」わたしは本当に驚いていた。


兀突骨ごつとつこつの軍が用いた藤甲とうこうを改良したものだ。草だからな。軽くて動き易いぞ」


「道理で、鎧を着けているとは、夢にも思いませんでした」


「俺もまさかその長い柄の中に仕込みがあるとは夢にも思わなかったぞ。そんな長刀をそんな華奢な腕一本で振るとはまるで思わないからな」


「それじゃあ、これはあなたの夢ですね」


 わたしは短刀と長刀の二刀を振るい、それから短刀を柄に納めて正眼に構えた。


「真似事や子供騙しって訳じゃ、なさそうだな」

 

「あなたが認めると言ったら、わたしは剣を納めます。いいですね?」


「それは参ったって言うのとどう違う?俺は今のところ言う気は無いな」


「なら、夢の途中で果てなさい」


 面を打ちに行く。その起こりを察知して懐に入って来たフォルティスにわたしは先行させて短刀を抜刀して斬りに行って、続いて長刀で胴を狙い、よけられたらすぐに間合いを詰めて短刀を逆手に持って大きく踏み込んで突きを放つ。

 けれど、その全てを彼は捌き切っていた。一切の淀みなく行われるわたしの斬撃を、こうもあっさりと受け切るなんて。


「やっぱり腑に落ちないな。お前の剣の動きの全てが俺の急所に僅かな隙を作っている。にも関わらず、そこを突いてこないということは、どういうことだ?変に剣をずらすから当たるものも当たりはしない。正直、舐められている気しかしないな」


「わたしは命を奪ったりはしない」


 彼女は言ってた。命の価値は全て等しいって、だからわたしは――


「じゃあその剣の動きからひしひしと伝わってくる必殺の理は何なんだ?即斬を是とした鬼が俺には見えるね」


 型捨無流とはそういう剣術。けれど、


「見えたぞ」フォルティスは目の灯りを揺らして笑った。「トキナ。その剣技にお前の理は無い」


 わたしが黙っているとフォルティスは続けて言った。


「お前は己の振るう剣技の理を跳ねつけている。そんな剣は刃の無い刀も同じだ。幕にしようかトキナ」


 十手を二つ手に持つと同時に踏み込んでくる。わたしは先を読んで体の向きを変えてかわしていく。

 ここで、横に薙ぐ一撃が来る。飛び退いて避けると十手が飛んで来て、地に足の着いていないわたしを容赦無く打った。

 柄に付けた紐を使っての投擲。遠心力を加えた強力な一撃は一段階速い打撃となっていた。

 これほどの速さともなると、トキナでも避けられたかどうかというところでしょうか。

 それにしても、手強い。武器を素早く手元に戻して振るわれる連撃は打撃というよりもずっと斬撃に近かった。

 何度もお互いの武器を交える。一歩間違えば命を落とす綱渡りをしながら、わたしの心は戦いとは別の所にあった。

 トキナの型捨無流がわたしとは異なる理を持つというのなら、わたしはわたしの型捨無流を振るってみせる。


「誰かを守る剣を、多くの命を殺めたこの剣で、振るう」


 振れていたなら最初からそうしていたはず。それでもそうできないのは、剣の鼓動に他ならない。

 わたしの手にある『季節名』がわたしの剣の理を嫌い、わたしも同じようにこの剣が刻んできた理が嫌いで、思うようには剣を振れない。

 それでも、わたしは彼女の願ったわたしの剣を、わたしが願ったわたしの剣を振るいたい。

 その一心で技を磨いて、それでその結果として、わたしはトキナの剣を受け継いだ。けれど、それは違った。


「わたしを縛らないで」


 『季節名』に願いをかける。鼓動をわたしからは合わせず、剣に合わせさせる。そうなんだ。わたしは今まで剣に振り回されていたんだと、今になって気が付いた。なら、これからはわたしが主であると、そう認めさせなくちゃいけない。

 わたしは――――わたし自身になるべきなんだ。

 フォルティスは戦いの中でわたしの中に澱のように沈んでいたものを思い出させてくれた。

 渾身の一撃を受けて弾き飛ばされ、大きく間合いが開いていくれたのは幸いだった。


「わたしはあなたと戦えて良かったと思います」


「そうか。そろそろ幕引きか」


「あなたのそのフードを取ってあげます」


 「季節名」を上段に、短刀を下段に構えて気を高め充溢させながら威圧する。生きてきて一番、自分を力強く感じられている。

 これなら、できる。絶対に殺すことなく勝つことができる。わたしは確信を持って機を探り始めた。

 そんな場面となってフォルティスはわたしの剣気に押されたみたいで、一歩後ろに下がった。


「フードを、取るだと?俺の英雄譚を終わりにするつもりか?」


 わたしは首を傾げた。何を言ってるんだろう?


「伝説を終わらせる訳にはいかないからな。認める」

 

 フォルティスはポツリと言って、十手を腰に差すと屋敷へと向かって歩いて行った。

 呆気ない終わりに、わたしの中に満ちていた力は霧消してしまって、その場に立ち尽くすしかなかった。

 とりあえず、力は認めさせたけれど、わたしはこのまま勇者の仲間というのになってしまうんでしょうか?

 顔を隠したままのよく知らない人について行くのは何だかイヤだなあとわたしは思いました。

 


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