二十話 同じであって、違う道
それから数日間、フォルティスは特に何をする訳でもなく屋敷に滞在していました。ただ、その間に一度としてフードを取ることはなく、顔を隠し続けています。
わたしは彼を遠巻きに見るばかりで、彼と一緒に居る盲目の少女は出会い方が良くなかったから、すっかり避けられていた。
「トキナの屋敷は故郷を思い出す。特に畳は居心地が良くて、ずっとここに居座りそうになる」
桜を縁側から眺めていると隣にはフォルティスが立っている。彼は気配を消すのが癖だった。
「魔王を倒す仲間を集めるんじゃないんですか?」
わたしは初めに聞いた目的について訊いてみた。
「仲間を集めるためにはとりあえず中央に行かなくてはならない。しかし、上陸してからそう離れていないトキナの屋敷へと行き着くまでに三ヶ月もかかった。分かるか?仲間を探しに行く前にお陀仏になるようではいけないんだ。今のところはここでのんびりさせて欲しいものだな」
「わたしなら三日で海まで行けますけど」
「それはお前は俺よりもずっと足が速いからな。剣速と最小の動作になら差が無いから上手く立ち回れるが場所をもっと広く使えば、お前は俺よりもずっと強いはずだろう?」
わたしはよく解らないから、あははと笑って誤魔化した。
「わたしはよく解らないかな」
「型捨無流はよほど特殊な才能の持ち主にしか体得できないと思うんだが、二代目なんだったな?」
「うん」
「はいと言ったり、うんと言ったり、心は子供の頃のままのようだな」
「失礼だね。わたしは立派なレディですよ」
「見てくれからすれば分かる。それで俺は初代とお前のどちらが強いのか知りたい」
それを聞かれたわたしは膨らませていた頬から空気を抜いて、じっくりと考えてみた。
トキナはわたしと違って迷い無く命を奪えるし、世界を傷つけるほどの強力な剣を持っているだけではなくて、指先ひとつで剣の切っ先を逸らす水のように静かな技も持っていて、とにかくすごい。わたしの「妖」形は殆どオリジナルになっているから奥義も違う。その違いが、わたしとトキナのどちらが強いのかを計る物差しになるのだけれど、わたしはトキナよりも強くなくちゃいけない。
「わたしは初代よりも技は立ちます。けれど、強いというのがその、命を奪うということなら」
「初代の方が強いと?」
「はい。そうなります」
「それにしても、お前の作る飯は上手いな。あの子もすごく喜んでいたぞ」
フードの陰に隠れて表情は無いのに、笑っているのがはっきりと解る明確な感情表現だった。
「あの子って、あの盲目の子供ですか?」
「ああ、さすがにトキナには分かるのか。あの子はすごい。盲目でありながら物をはっきりと見ているからな」
「フォルティスはどうしてあの子を連れているの?」
「あの子は秋という名でな。ふっふっふっふっ、懐かれたからそのまま、な」
「懐かれたからそのまま? そのまま連れてるの?」
子供を危ない大陸に連れてきても良かったのかな?わたしは何だかややこしくなってきたと思いました。
それにしても、さっきからフードを取ろうと頑張っているのに巧みに逸らされ、よけられている。いい加減にしないとやり過ぎになってしまうから手を止めると、フォルティスは息を細かく切っていた。
「はっははは、フードは取らないでくれ。と、お願いしたら分かってくれるか?」
「うん。いいよ」
「無邪気だな。そんな大人のなりをして、そんな無邪気に振舞われると御伽の国にでもいるみたいだ」
わたしとしては、フォルティスみたいに顔を隠し続ける人のほうがお伽噺の中の人に思えた。
「ねえねえ、わたしってどう見えるの?」
とても気になるから訊いてみると、フォルティスの目の光が揺れた。
風が桜を揺らすのが見える。わたしがその花びらを目で追うとフォルティスもそれを目で追っていた。
「…それはおいおいな。それよりこれは桜なのか?」
「そうですけど、何か気になりますか?」
いつの間にか自然と笑いかけて言うと、フォルティスは溜め息を吐いていた。
「こんな紅い花びらの桜を、俺は見たことが無い」
「でもこれは桜なの。世界でただ一本の、わたしの大事な桜の樹」
「まあ、美しいからいいがな。それより秋と仲直りしたらどうだ?」
わたしはそのことを思うと気持ちが落ち込んで俯いていた。仲直りと言われても、わたしにはどうしたらいいのか解らないから、気持ちがますます落ち込んできた。
「ああ、その剣の腕と暮らしぶりからしてそういうことには疎いのか。でも、誰か大事な人がいたんだろう?ならそいつとのやりとりを思い出してみろ。喧嘩したり気まずくなったりして、仲直りくらいはしたことはあるだろう?」
「ええまあ」
トーマスにはごめんなさいって謝って、それで終わりだったな。
「そっか、謝ればいいんだ」
考えてみれば簡単なんだと思ったのも束の間、許してもらえるかどうか解らないという不安が心を重くした。けれど、それは、わたしとあの子次第だ。とにかく謝ってみよう。
「あ」
そんなときに秋ちゃんが桜の樹にふらふらと近付いていくのが見えた。わたしはとりあえず後ろに立って声をかけた。
「おおお、おはよう」
すごく緊張したのでわたしは思い切り噛んでいた。秋ちゃんは驚いてしまって飛び跳ねて木の陰に隠れてしまった。
「あ、あの……」
「……」
秋ちゃんは怒りを通り越して恨むようにわたしを見ていた。そんな怖い目で見られるのは辛くて、その目から逃げようとそっぽを向こうとすると、秋ちゃんはわたしの前に立ち塞がった。
「…………」
何も言わずにただ見てくる。その目は何も見えていないのに、わたしに恨みを見せてきて、とにかく怖かった。
「ごめんなさい」わたしは頭を下げた。「あんな酷い事をしてしまって、ごめんなさい。許して欲しいの」
「…許さない」
身の毛もよだつとはこういうことなのかと、わたしは思った。それくらい底冷えする声で言われた。
「今は許さない。でもいつか、許してあげる。オマエが私を許したように」
秋ちゃんはそう言うと笑ってくれた。でも、その笑顔は何か不吉なことを考えてのものだと解ったから、わたしは何も言えなくて、何だかとても怖かった。
「それよりオマエにお願いがあるの」
「わたしは秋ちゃんに訊きたいことがあるんだけど、」
わたしの言葉に秋ちゃんは首を傾げるだけで、何も言ってこない。それがわたしに対する催促なんだと気が付いたわたしは質問をした。
「秋ちゃんはどうしてこの桜の樹を傷つけようとしたの?」
そもそもの原因について訊いてみると、秋ちゃんはどこか遠くを見つめながら言った。
「嫌な感じがしたから。私…目が見えないから、その分だけ自分の勘は信じてるの」
「そう、なんだ。けれど、この樹は傷つけちゃいけないの。この樹の下にはわたしの剣のお師匠さまが眠っているから」
「分かった。それで私のお願いだけど、私に剣を教えて」
「え?」わたしはしばらく言葉を失っていた。「剣なら、フォルティスに教わればいいと思うのだけれど」
わたしがそう言葉を返すと、秋ちゃんは大げさに溜め息を吐いて見せた。そんな態度を取られたわたしはちょっと怒った。
「いいもんいいもん。そんな態度取るならもう教えてあげないもん」
「……ガキ」
「むむむむむーっ」なんて言いながら、トキナだったらどうするんだろうと考えてみたら思い付いた。「いいよ。教えてあげるよ! わたしがすごいんだって認めさせてあげるんだからね!!」
トキナだったら威厳のある言葉を言えるのだろうけれど、わたしは、そんなに大人じゃない。だからこんな言い方しかできないのは仕方のないことだった。
「ありがとう。トキナ」
トキナ……まだ、そう呼ばれることに慣れないわたしは複雑な気分だった。
「う、うん。けれど、そんなすぐには教えられないの。それでもいい?」
「一週間のうちに教えてくれるなら別にいい」
そっけない言葉で話を終えたところで、秋ちゃんとわたしはフォルティスの所に行った。彼はわたしたちを見るとフードの奥にある目の輝きを楽しそうに揺らして言った。
「仲直りは一応したみたいだな。それで、トキナは俺と共に魔王を討つ気にはなってくれたかな?」
そういえば、そんな話があったことを思い出したわたしは考えた。考えるまでもありませんでした。
「わたしは魔王を討ちたいと思います。だって、それは人の為だから」
本当のところはあまり気が進まないけれど、『季節名』を継いだなら、わたしにはやるべきことがある。
ここで、風の音に交じって電話のベルがうるさいくらいに鳴るので、急いで受話器を取った。
「もしもし」
『お久しぶりですね。今はトキナとお呼びした方が良いのでしょうか?』
「シルクリム!」わたしはとても動揺した。「あなたが生きているということは?」
一年前に魔王討伐に派遣されていった部隊の隊長である彼女がこうして電話をかけてきている。それはつまり、凱旋してきたということで、そういうことなら、みんな帰って来てくれるかもしれない。わたしの心臓は期待と不安で早鐘を打った。
わたしはシルクリムの次の言葉をじっと待った。
『朗報です。みなさんはとても元気ですよ。ですが、魔王も元気にしているのですからそう浮かれてもいられませんが。それより、貴女にこうして連絡を入れているのには理由があります』
思い当たる節はひとつしかないので、わたしはそれを口にした。
「わたしに魔王を討伐してほしいと言うんですか?」
『そうです。簡潔に言いますと今が好機なんです。今、貴女に出てもらえれば確実に我々は勝つことができます』
「わたしの剣は、肝心なときにきっと鈍ってしまいます」
『…………』
緊張に固くなる体を解すように一息吐いてから、わたしは言った。
「それでも、それでも良いのなら、わたしは剣を振るいます」
『残っているのは魔物の群れと魔王だけですから、遠慮は要りません。融魔の裏切り者は全て始末しておきましたから』
人を裏切った者たちへの粛清。それが、シルクリムが戦場へと赴く事を許された理由だった。
彼女はトキナと肩を並べる実力者、そんな彼女が一年経っても戻って来ないことはわたしにとって魔王という存在を大きくしていた。けれど、彼女は帰って来た。そして、わたしに魔王を討てと言っている。わたしになら討てると信じての言葉に、わたしは正直なところ、喜んでいた。
「シルクリム。わたし、頑張るね。みんなにもそう伝えておいて」
ともかく、みんな無事だった。この嬉しい報せにわたしは飛んで跳ねて踊りだしそうな気持ちだった。
『まずは二つ先の町でお会いしましょう。頑張ってください。魔王は…貴女にしか倒せない相手でしょうから』
急に元気の無くなった声をおかしいなと疑問に思ったときに、通話はシルクリムに切られてしまっていた。
受話器を置いて、今さっきのことを考えようとしたとき、フォルティスが目の前に立っていた。
「カラクリか。誰かと話してたみたいだが?」
「フォルティス。わたしはこれから魔王を討ちに行きます」
「俺も討ちに行くが、そうか。何となく分かったが、とりあえずは一緒に行こう」
わたしはわたしで、彼は彼でやっていくという形で、魔王を討つための旅が始まろうとしていた。




