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季節名の道  作者: 元国麗
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十三話 可能性との遭遇

 

 記されし暦452年。


 記されぬ暦と呼ばれる確かな歴史の空白は、この世界の中心が定められた瞬間に現れ始めた。

 その世界の中心を定めた存在は、自然の法則に従うことでしかその法則に抗う術を持たない人間達に自然に従わない法則、後に魔術と呼ばれるものを人類に齎した。

 一部の人々は魔術の出現と共に発覚した歴史の空白を疑問視したが、その他大勢の人々は魔術という新たな力に魅せられ、過去を振り返ることを忘れていった。

 人々は世界の変化に引き摺られるようにして、かつての世界を忘却していったのである。

 現在と未来しか見えなくなり始めた世界で、人々はひたすらに魔術を振るい、世界を変えていった。

 変化した世界はやがて、人類以外のものにも変化を齎した。それは魔物と呼ばれる存在の誕生だった。

 しかし、魔物は大陸と呼ばれる土地にのみ現れた。

 その原因は何かと考えたとき、人は空を見る。

 遥か遠く、この丸い球状だと何故か知られている世界を回す軸の如く、悠然とその中心に聳え立つ月光の柱を――。

 その月光の柱はこの世界のあらゆる力、あらゆる物質へと変わる謎の光、“アルケー”を発し続けている。

 人々はそれを創造神の力の結晶、神の柱、ヤハウェの塔と呼んだ。

 このとき、大陸の人々は魔物の存在するこの時代を「試練」と称していた。

 ある日、この世界にあって唯一、魔術の存在しない国、そんな一種の異世界に生まれた殺人鬼がこの大陸に足を踏み入れ、一つの偉業を成し遂げる。

 魔物をその血肉の一部とすることで人を超えた存在、融魔を倒したのだ。

 その者は名を季節名といい、その者の武器の名もまた、季節名といった。


 ――――『季節名』は、歴史に伝説として記される資格をその手に勝ち取ったのだ。


 私は大陸の冷たい石の床がどうしても気に入らず、エルムスに案内された部屋を飛び出し、辿り着いた先の中庭の大樹に背を預けて、ぼんやりと騎士たちの訓練を眺めていた。この大陸を隅々まで見て回りたいと思っていたのに、屋敷を建ててまで一つ所に留まっていたのは、隻眼という不利を無くすため、心眼の本格的な修行を行っていたからだった。結果から言って、半年もの時を費やしたが、未だに体得はできていない。それはともかく、騎士の剣は型にはめた綺麗な動きだった。しかし、実戦ではどう動くのかと想像していると、草を踏む音がしたので振り返る。そこには太刀を持ったカイルがいた。


「喉、治ったんだってね。おめでとう」


 カイルはよく祝ってくれる。その言葉は嬉しい限りだった。


「ありがとう。それで、それは何?」


「ああこれ?これはちょっとトキナに剣を教わろうかと思って拝借してきた」


「私に剣を?」


 喉の治療は完璧だ。アルロには何かお礼をしないとならないな。


「ケイシャリュウだっけ?何だか気になってさ」


「型捨無流だけど、縮めてもいいか。教えるのは構わないけど、カイルじゃ全ては無理」


「うわあ――トキナがこんなに喋ってくれるなんて、なんか、感動だ」


「そう?」


 カイルは笑顔で頷いた。


「それで、全部は無理でも何か一つは教えてくれるんだろ?」


「「剛」形なら、奥義以外、全て教えられると思う」


「他にも何かあるの?」


「ある」


 そう言って横目で見ると、カイルは目を輝かせていた。


「トキナすごいよ。その若さで剣の流派を作るなんて。それで、ゴウケイの他には?」


「説明するよ。型捨無流は「剛」「柔」「妖」の三つの構えからなる介者剣術。介者剣術は鎧で身を固めた相手を斬ることに重点を置いた剣術で、型捨無流は野太刀を使うから一応その傾向が強い。

 それで、「剛」形というのは、刀の扱いにおいての基礎をひたすらに磨き上げた。剣の振りと呼吸を一体にしたうえで敵に防ぐことのできない斬撃を放つ、小細工一切なしの、欲を捨てた構え」


「そういえばさ、奥義っていくつもあるの?何だか、聞いた感じだとそんな風に聞こえたんだけど」


「一つの構えに一つずつ奥義があるよ」


 その三つのどちらも、カイルには伝授することができない。だから、細かく教える気はしなかった。カイルも教えてはもらえないと諦めがついているようで、それ以上の追及はしなかった。


「へえ、まあ俺はカタナの扱いを教えてもらえればそれでいいかな。使う側になってみれば、色々分かるだろうし」


 カイルの目に宿る闘志から私は悟った。いずれまた挑んでくるつもりなのだろう。大した男だと思った。


 正眼の構えから一つ一つ、動きを見せて模倣させていく。そうして剣の指南をしているうちに騎士たちが手を休めてこちらをじっと見ているのが解った。

 鬱陶しい。そう感じた。


「あれ?トキナ、どこに行くんだ?」


「気分が悪くなった」


「一人で大丈夫?」


「私を、見くびるな」


 心配無用だと言いたかったが、私は不機嫌になっていたので、言い方を尖らせていた。

 それからしばらく城の中を彷徨するうちに、ノイルの気配を見つけたので素早く背後に回る。数秒が過ぎた頃にようやく気が付いたノイルがこちらを肩越しに振り返って見た。


「サムライさん、勢いよく近付いて急に止まるから、風で髪が乱れちゃいましたよ」


 ノイルは手で髪を梳きながらこちらに体を向けた。


「ああ、すまない」


「うわ、何でいきなり喋るの?!」


 ノイルはぎょっとして、その場から後ずさった。


「喉が治ったから喋れるようになった。だから喋ってるんだ」


「声…何だか怖いですね。澄んでるんですけど、冷たい感じがします」


 そう言って身震いしてみせる。私は、これも才だと思うことにした。


「それは良いことだ」


「そうですか?人が寄りつきませんよ?」


「私は、人の鳴き声の種類が多いのは好きじゃない」


 人々の喧騒は好きになれない。あれは、五月蝿いのだ。


「はあ…サムライさんって人嫌い?」


 どちらからともなく歩き出し、並んで歩きながら話を再開する。


「嫌いじゃない。ただ、大勢の人を見ているのが苦手なだけ」


「それで?サムライさんは私に何か御用ですか?」


「一つ訊きたいことがある。ノイルは不思議な夢は見る?」


「見ませんよ」と言って、前髪をかき上げると額を縄で縛った。「ただ、興味あります。その夢に」


 突然の変化だった。生え際から髪の色が濃紺に変わり、肌は褐色に変わる。変化の後には、金色の瞳が私を見つめていた。

 私は驚きのあまり、目をこすって目の前の光景を見直したが、何も変わることはなかった。


「これは、どういうこと?」


「今までの姿ですか?あれはまあ、事件の被害者に変装してたんです」


「それは何故?」


「ほら、似た人が生きてるって分かれば、気にする人が出てくるんじゃないかということでの変装でした。それが今の今まで続いてしまった、そういうことです。その理由はなんというか、サムライさんが犯人でないと判明した後も妙に気にしてたからなんですけど……どうなんです?もしかして、夢に出てくる人に似てるとか」


「よく分かるね」


「ふう、それならいいです。こうして会話して確かめたかったんです。これでようやく、元の姿で過ごせます」


 大した仕事ぶりだと感心してしまう。ノイルは確証を得ない限り、行動を起こさない性質らしい。変装を半年もの間続けた根気強さは本当に見上げたものだった。しかし、


「何と面妖な…いえ、不思議な術を使うね」


 教育の残り糟とでも言うべきものが表に出そうになったので、袖で口許を隠した。


「不思議ですよね。私も不思議なんですよ」


「そうなん、だ」


 花畑が目に留まったので、興味を惹かれ、そちらに歩き出したときだった。


「――――わーッ!」


 頭上から何かが降ってくる気配と、声がしたので避ける。そしてさっき私が居た場所に幼い女の子が綺麗な着地を決めていた。藍晶石らんしょうせきのような不思議な濃淡のある宝物のような髪を持ったその子は、幾度か屈伸運動を繰り返したあとで、こちらを怒りの形に変えた愛らしい瞳で見てきた。瞳の色も髪と同じ色をしていた。

 ……何だろうか。この胸の奥を暖かくする何かは――――。

 私がぽかんとしてその子を見るのと同じように、その子も私のことをぽかんとした様子で見ていた。


「おねえちゃん変な格好」


「君は、動き易そうな格好」


「うん、そうだよ」


 にっこりと笑うその子は、私には考えられないくらい露出の多い格好ではあったけど、その笑顔に似合う活発な印象が感じられたので、すんなりと受け入れられた。


「おねえちゃんのお名前はなんていうの?あたしはエスタシア=アッチェントっていうの。わーい」


 両手を挙げて喜ぶエスタシア。私はどうして喜んでいるのか解らないので、事の成り行きを見守る事にした。


「名前ちゃんと言えたよー。えらいでしょ」


 子供とはこういうものなのだろうか?同意を求めようと視線を送ろうとしたら、ノイルが逃げて行くのが解った。私だって子供は苦手なのに…まあ、この子の相手なら別に構わないか。


「えらいえらい」


 組長の真似をして頭を撫でると、エスタシアは嬉しそうに目を細めている。私はその姿の愛くるしさに微笑を浮かべていたのだが、突然、後ろから突然怒声を浴びせられ、エスタシアは怖がって身を縮めた。私は、気分が悪くなった。


「無礼者がっ!姫様に何をしているんだ?!」


「頭を撫でていただけだよ。五月蝿いやつだ」


 肩越しに振り返ってそう言うと、騎士は怒りの度合いを上げた。それはともかく、エスタシアがアルロの言っていた姫様なんだ。あちこち走り回ったり、飛んだり跳ねたりして、怪我をしてきては治療をねだるという困り者らしいが、あの身のこなしからするとそうそう怪我はしないように私には見えた。


「おのれっ、騎士をぶじょ……その剣、そしてその格好…あなたはもしやトキナ様ですか?」


「そうだけど?」


「そうですか。でしたら、仕方ありません。しばらく姫様のこと、よろしくお願いいたします」


「分かりました」


 相手をきちんと見ることができる相手で助かった。騎士の背を見ながらそう思っていると、着物の袖を引かれる。下を見るとエスタシアが不安そうにこちらを見ていた。


「どうしたの?」


「トーマスがいつもとちがうの。あたしを置いて行っちゃった」


 あの騎士はトーマスというらしい。覚えておこう。


「それは、私にエスタシアのことを任せてくれたんだよ」


「そうなの? おねえちゃんはトキナっていうの?」


「そうだよ。私の名前はトキナっていうんだよ」


「よろしくね」


 差し伸べられたのは小さな手。


「よろしく」


 私は、その手を取った。





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