十二話 魔王の笑いが響く時
私たち三人を乗せた馬車は病院から出てからずっと、笑い声が溢れていた。
それを意識して聞かないようにしている私は、狭苦しいと思える小さな窓から、草原が風に揺られて波打つのを遠くに見ていた。太陽の中で動くその様子はどこか活き活きとしていて、心を和ませてくれた。
「ハハハ、噂では氷のような冷たい表情をした剣士と聞いていたが、ハハハ、笑い死にしそうになるほどによく笑うとっても愉快な女性だと分かって安心したよ。ハハハ、上司に『下手をしたらお前の命日は四日後だ』なんて四日前に言われまして、ハハハ、でも本当に良かったですよ。ええ、ハハハ」
このさっきからよく笑っている中年の男はエルムスという名で、アッチェントの騎士として私を迎えに来たらしいが、その上司の言葉は大体合っているだろう。私は火照った頬を無視しつつ、エルムスを今までには無い「理由」から殺そうと考えていたのだから。
「ハハハ、それにお友達も本当に愉快だ。アーハッハッハッハッハッハッ」
カイルは力無く笑い。ノイルは耳まで真っ赤にして俯いている。恥ずかしい三人組だと心の底から思った。しかし、最後にかなりわざとらしく、それも盛大に笑ってくれたものだ。でも、憎めないな。そうして笑っている姿はどこか、組長に似ていて、見ていると安心できるのだ。だが、その反面、あのような痴態を見られたと思うと熱病に浮かされた気分で殺したくなる。
私は馬車に揺られながら、自分にも語ることのできないこの大陸へと渡った本当の理由を考え、同時に教会という、大陸の寺院の存在を思い浮かべていた。故郷の南側にそれを真似た建物があり、何となく想像がついたので、そこで想像は終わり、そこからは少し、思い出を振り返ることになった。ほんの数日、見聞を広めるためにやって来たという貴族の少女、ほんの少ししか話をしなかったけど、彼女は私にとても特別な言葉を残してくれた。それは私が勉強を重ねるうちに罪とは何かについて思い悩んでいると打ち明けたとき、
「罪は善行と同じく積み重なります。けれど、罪がその人の心の行く末を決めることはありません。決めるのはあなたです」
そう言って、私の中でわだかまっていたものの全てを取り払ってくれた。
別れ際に尋ねた自分を今もどこか歯痒く思う。もっと話ができたなら、それはとても有意義だったはず。そう思うと、大陸に足を運んだのは彼女との再会を望んでのことだと言える。だが、それも今一つ、合点がいかなかった。ただ、多くの理由が道となって、私をここまで歩かせてきているのは確かだった。
「それがトキナ様の剣ですか?背丈に合っていないように見えますね?ハハハ、それでも自在に振るうのですから、ハハハ、本当に凄いな、ハハハ」
私がずっと無言でいるとカイルが気を利かせて事情を説明してくれた。するとエルムスは、相変わらず笑っていた。本当に、よく笑う男だと思った。
そして、四日という月日を経て、アッチェントへと私たちはやって来た。
石造りの頑丈そうな門をくぐったすぐあとには大勢の人が賑わっていて、馬車では先に進めないということで、そこからは歩いて行動を開始した。まずは、喉を直すためにエルムスに医者のところに案内してもらうことにしたのだが、
「ならさっさと城へ行きましょう。ハハハ」
と、笑い飛ばされるように言われ、あっと言う間に城の奥へと連れて来られていた。城という建物は、そこかしこに柱があり、それを見ていると順番に斬りたくなるのが不思議だった。
しばらく待たされたが、アッチェント王は急務ということで謁見は先送りにされた。ただ、この国にしばらく滞在し、暇があれば兵に稽古をつけて欲しいという旨を伝えられ、私はそれを了承した。
王の急務ということで慌ててやって来た人間の様子からして一大事なのだということが解ったが、まさか、戦でもするのだろうかと、見たことから考えを広げているうちに、私は椅子に座って見知らぬ男と対面していた。腕の良い医者らしいこの男の名はアルロといい、若いのに髪が完全に白髪と化していることと、深緑を思わせる瞳の色と穏やかな目元が印象的だった。
「口を開けてください。喉を見ますから」
周囲には誰もいない。カイルとノイルはエルムスに部屋へと案内されているからだ。
とりあえず口を開けると、アルロの瞳の色が蒼に変わって私の口の中を凝視してくる。そこはかとなく気に入らないと思い愛刀に手が伸びたところで「もういいですよ」と言われたので口を閉じると、アルロは横を向いて頬を指で掻いた。
「それじゃあ治癒のマテリアルを欠損箇所に埋め合わせます。首に触りますけど、殺そうとしないでくださいね」
しっかり見られていたらしい。私は仕方ないと頷いて、アルロの手を見ていると、太陽を模した記号がその手の平から浮かび上がり、それをそのまま私の喉に当てた。
日に当たっているときのような暖かさに目を閉じて浸っていると、やがて影が差したようにそれは唐突に無くなっていた。
「声を出してみてください」
「……」
「何でもいいです。一言お願いします。そうしないと治ったのか分かりません」
「今のをもう一度やって」
今までにないくらい快調だ。完璧だ。にわかに信じ難いことだが、私の喉は完璧に治ったようだ。
「あーあー」
声が出ることを確認している私を、アルロは驚いた様子で見つめていた。
「え?もしかして、陽術が気に入ったんですか?困った、まるで姫様のようだ」
「姫様?」
喋れる。言葉を超えた喜びの衝動が私を突き上げる。
「ええ…あの、大丈夫ですか?震えてます」
「クククク、ククッ、アァァーハッハッハッハッハッハ――――」
私は思う存分笑っていた。しかし、これを城に居た人間は「魔王が現れた」と言って大きく騒いでいた。




