第9話「トンカツから始まる兄妹?」
「我は、マリン・レヴィアタン。よろしくね♪」
ドラゴンっ娘はマリンと名乗った。
「ち、ちょっとあんた、今まで人型になったことなんてなかったじゃん! びっくりしたわよ!」
マリンが人型になれることは、ローザも初めて知ったらしい。
「特に今までは、その必要が無かったからね」
「今は、その必要があるっていうの?」
「そりゃああるよ。人の姿でさっきの料理を食べた方が、食いでがあるじゃん♪」
まあドラゴンの大きさからしたら、トンカツなんて、一粒みたいな感じだもんね。
「あ、あんた……」
ローザは、「お前は天才か……」みたいな顔して驚愕している。
揚げ物にかける熱意は二人とも似た者同士かもしれない。
いつの間にか、俺がもう一度トンカツを作ることが既定路線みたいになってる。
まあ喜んでくれるなら作るけどさ。
結局、ローザも食べられなかったしね。
◇
場所を厨房に移した。
マリンは、もう暴れるつもりはないらしく、大人しくしている。
大人しくしていると普通の女の子に見える。
髪は黒いし、角もアクセサリーに見えなくはないし、さっきまで暴れていたドラゴンには見えない。
「トンカツ、まだ~」
マリンから催促の声が飛ぶ。
「あんた、さっき食べたじゃない。今度のトンカツを食べるのは、私が先よ!」
「え~、さっきのなんて食べたうちに入らないよ~」
「はいはい、多めに作るから一緒に食べようね」
こんなところで暴れられたら、魔王城が壊れちゃうからね。
トンカツが完成したので、大皿に盛って二人の前に出す。
食べやすくするために、1.5センチ幅に細く切ってある。
ソースはさっきと同じ洋風ソースを使っている。
「やっと、魔王が食べられる……」
「ほわぁ~」
ローザとマリンが、今にもトンカツに襲いかかりそうだ。
「ほら、このフォークを使って。あと、急いで食べると苦しくなったりするからね」
トンカツは逃げないから、ゆっくり食べるようにと伝える。
ローザが、トンカツを口に入れた。
マリンがその様子を注意深く見守っている。
「……(はむはむ) うん、美味しー♪ 外がサクサクの後に、中から美味しいのが溢れてきたわ」
ローザを眺めていたマリンが、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「ローザの口に合ったようで何よりだ」
「うんうん、この噛み応えも最高ね。さすが魔王というだけあるわ。今まで私が食べてた肉は、どうやらサンダルだったようね」
唐揚げに続いてトンカツも、ローザの中で好評のようだ。
「あたしも、食べる。…………(もぐもぐ)」
マリンの一人称が、「我」から「あたし」に変わったのは人型に合わせたのだろうか。
「どう、美味しいでしょ!」
なんでそこでローザが得意気なんだろう。
マリンは、トンカツを味わって飲み込んだ後で、口を開いた。
「ヤバいね、この美味しさは! うっかり、竜の姿に戻りそうになっちゃった。これの為なら、小国一つ滅ぼしちゃうよ」
竜型に戻るのも、国を滅ぼすのも止めてもらいたい。
「トンカツは何時でも作るから、これからは暴れないでね」
良い機会だ。
ここで上手く手懐けられれば、平和にグッと近づく気がする。
「しっかし、このカトブレパスの肉、今まで食べたどれよりも断トツね」
マリンの口から不穏な単語が出た。
ゲームだと終盤に出てくる凶悪な魔物の名前だ。
「カトブレパス……?」
「うん、この肉ってそうだよね?」
マリンが、ローザに同意を求める。
「ええ、そうよ。私が、近くの樹海で狩ってきたのよ。なかなか手強かったよ」
なるほど……、どうやら魔王城の厨房には、とんでもない食材がいっぱいありそうだ。
そういえば、この前唐揚げに使った鶏肉っぼいの、あれは何の肉だったのだろう。
俺がローザに鶏肉について聞こうか聞くまいか悩んでいると、マリンが声をかけてきた。
「決めた! あたしは今から、イツキに忠誠を誓うね♪ イツキのためなら、何が相手だって戦うよ。カトブレパスとか、カトブレパスとか」
え? 何を言ってるのこの子。
それに、トンカツが食べたい気持ちが駄々もれだ。
この世界のカトブレパスが狩り尽くされるのも、時間の問題かもしれない。
俺はまだ見ぬカトブレパスを憐れんだ。
「ち、ちょっとマリン! 駄目よ! イツキは私のなんだからね!」
「いいじゃん、いいじゃん。あたしのものになったからって、何か減るわけじゃないしさ~」
「減るわ、何か減る気がするわ! それに何で急にそんなことになったのよ?」
「だって、そうすれば美味しいトンカツが毎日食べられるでしょ。そうだ、これからはイツキのことは親しみを込めて『お兄ちゃん』って呼ぶね。いいでしょ、お兄ちゃん♪」
「ちょっとマリン、何で『忠誠を誓う』がお兄ちゃんになるのよ。ううん、忠誠だって認めたわけじゃないからね」
「ふっふっふ……。世の中のお兄ちゃんは、妹に忠誠を誓うものなのよ。あれ? それだと逆になっちゃうか。まあ、いいじゃん。あたしもお兄ちゃんのために、色々頑張るからさ♪」
俺を置いて話がどんどん進んでいく。
結局、ローザもマリンの押しには勝てず、俺にはこの日、妹ができたのだった。